2010年秋アート写真オークション速報 不況でも根強い希少作品への需要

 

春と比べて景気の先行きにはやや雲がかかってきたという状況だろうか?
2008年のリーマン・ショックで大きな痛手を被った世界経済は各国政府による財政出動で徐々に回復し始めてきた。しかし、景気刺激策が終了するに従いその勢いが止まってしまった。内需が回復しないので日米欧は異例の金融緩和を続け、通貨安戦争へと発展した。輸出により自国経済を立ち直らせようということだ。もしかしたら先進国の景気低迷はまだしばらく続くかもしれないと多くの人が考え始めてきた。

今秋のニューヨークのアート写真オークション。主要3社の総売り上げは1,739万ドルだった。春は約1,777万ドルだったのでほぼ横ばいという結果。
しかし今年は6月に、ササビーズでポラロイド・コレクション485点のオークションが開催されている。総売り上げは約1,246万ドル、落札率約89%と好調だった。これを無事に消化した上での今秋のオークションだったので、結果は上出来だったと評価できると思う。質の高い作品を集めて、編集したオークションハウスの専門家たちの努力の結果だろう。

市場状況は、ササビーズのクリストファー・マホニィー氏のコメントに集約されている。彼は、”市場に初めて出てくる、真に貴重な作品に対して、市場は非常に強い関心を持っていることが証明された”と語っている。逆にいうと、凡庸なモダンプリントに対する需要はまだ回復途上ということだ。

高額落札は、クリスティーズに出品されたアンセル・アダムスの裏打ちされた雄大な”Grand Tetons and the Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming,  1942″。
60年代にプリントされた約77X115cmの巨大作品。現存するのはわずか6点とのことで、338,500ドル(@85.約2877万円)で落札されている。
ちなみに、上記ポラロイド・コレクションのオークションでは、アダムスの同様の巨大作品”Clearing Winter Storm,Yosemite national Park, 1938″が作家のオークション最高価格の$722,500.(@85.約6141万円)落札されている。
ササビーズのトップは、ロバート・フランクの”U.S.90, En Route Del Rio, Texas,1955″。266,500ドル(@85.約2265万円)で落札されている。
全体の印象としては、クラシックなモノクロ作品が増えて、ファッション系と現代アート系の出品が目立って減少していること。現代アート系の作品がカタログ表紙を飾ることが多いフィリップス(Phillips de Pury & Company)だが、今回はアンドレ・ケルテスだった。ササビース、クリスティーズのカタログは90年代を思い起こさせてくれるような内容だった。ファッション系のニュートンやペンは慎重にセレクトされていたものの、絵柄によっては不落札なものが散見された。

個人的に嬉しかったのは、丸山晋一の作品Kusho#1がフィリップス(Phillips de Pury & Company)に出品され、$18,750.で落札されたこと。同イメージは10枚のエディションが既に完売している。現代アート系でも人気のある作品には需要があるようだ。ちなみに、Kusho#1の大判銀塩写真版は現在東京広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターで開催中の”Imperfect Vision”で展示中です。

私が気になるのは、以前も触れたが米国で起きている株価の上昇予想の変化だ。いままでの写真オークションでの落札額の推移はほぼニューヨーク・ダウ株価と連動していた。株価上昇の背景には中長期的に価格が上昇するという一種の共同幻想があったと言われている。写真も同様に、有名作家の優れた作品を買っておけば値段はあがると信じられていた。実際に過去20年くらいの相場はその通りに動いていたのだ。
ここにきて専門家が指摘しているのは、長引く不況の影響で投資家の運用姿勢が慎重になり、株価の上昇神話が揺らいできたという事実だ。中長期的な株価上昇期待の減少はアート写真市場にも影響してくると思う。投資的見地で買っていた人は慎重になり、本当にアート写真を愛するコレクターが適正相場で買う市場になるだろうということだ。大幅な価格上昇見通しがないので、貴重な作品以外は高値での競り合いもなくなるだろう。
相場の上昇期待で買われるのは決して好ましいことではない。しかし、それが市場規模を拡大させ、新人や若手までもが注目されたのも事実だ。ブランド未確立の作家は苦戦する時代になる気がする。
今後のコレクターの志向は、多文化主義から自国主義、新人から中堅作家へ、サイズは大から中小へ、数から質へ、アバンギャルドからクラシックへと、いままでの揺り戻しがしばらく進む感じだ。

詳しいオークション結果については後日、アート写真の総合情報サイトのアート・フォト・サイトの海外オークション情報欄で紹介します。

初めて写真を買う人へのアドバイス 作品を見て、感じて、考える!

 

経験豊富なベテラン・コレクターは自分のテイストと客観評価をバランスさせた絶妙な作品選択を行う。しかし、経験が全くない人はいったい何を基準に決定を下せばよいのだろうか。今回はいつも店頭で行っている、初心者向けアドバイスをいくつか紹介しよう。

値段によって判断基準を分けてみるのもひとつのアプローチ。まずフレーム込みで5万円以内くらいまで。これくらいなら、単純に自分の作品の好き嫌いの感じで買ってみてもよいだろう。この価格帯の作品は、作家性よりもイメージ優先の場合が多い。インテリアに飾って違和感を感じることはまずないだろう。

この段階で満足する人が多いのだが、中にはよりよいものが欲しいと考える人もいる。彼らは、感覚重視で買った作品は時間がたつと何か物足りなくなることに気付くのだ。そのような人はアート作品を一種の知的遊戯としてとらえてみてほしい。それらは5万円以上の作品になる場合が多く、必ずしも第一印象が良いイメージではない。重要なのは目で見るだけではなく、心と頭でも作品と向かい合うことのだ。アート作品は単なるビジュアルではなく、作家が伝えたい何らかのメッセージの入り口なのだ。もし、作品を見て何かを心で感じたならば関連する情報を集めてみよう。見る側の持つ情報量によって作家のメッセージの意味が左右されるからだ。疑問点があればギャラリーのスタッフや、アーティストに投げかけてみよう。もし得られた情報で作品がより良く感じられたなら、それは1枚の写真を通して作家とコミュニケーションができたこと。作品が自分にとって価値を持つという意味でもある。そのような作品は購入を検討してみるとよい。

作品の将来性から判断するのもひとつの基準だろう。自分が良いと判断した作品の価値が上昇するのはうれしいものだ。作品価格は作家の仕事の継続性により左右される。通常、新作の個展開催を期に価格は上昇していくのだ。しかし初心者の場合、作品を1回見たぐらいではなかなか判断できないだろう。ここでも作家本人やギャラリーと話してみることがヒントになる。
ただし、これは本人がこだわりを持って作品制作するのとはやや意味が違う。注意が必要だ。例えば商業写真に携わる人は、撮影方法や機材、プリント用紙などへこだわりを持つ人が多い。これは作品判断上の重要な要素の一つだが逆にその部分のこだわりが作家性と勘違いしている人もいる。そんな自分のこだわりを熱心に話す人も多いがこれに惑わされてはいけない。それはどちらかというと職人気質のようなもの。
注目してほしいのは外見ではなくソフト面。つまりその作家はどのようなメッセージを見る側に伝えたいかということだ。それらは本人やギャラリストがいなくても、ウェブサイトやブログなどで語られているはずだ。もし色々と調べても、作家の視点がわからない場合は購入は控えた方がよいだろう。もちろん見る側の経験不足の場合もあるので情報収集をさらに進めて自らを高める努力の継続は必要だろう。写真で何を私たちに伝えたいかが作家の原点になる。ここの部分の強い動議づけがない人は困難に直面した場合の忍耐力が弱い。視点を見極めることが継続できる人かどうかの重要な判断基準になるのだ。

アートは自分の好きなもの、感性を刺激するものを買えばよいという考えがある。それは全くまっとうな考えだと思う。しかしそれでは一般の消費物を買うのとなんら変わらない。アートの魅力は作品を通して、自分が気付かなかった文化的、思想的な視点を獲得できることでもある。そのような作品判断が出来るようになるには、自らが能動的な学習や情報収集を行いし、アート経験を積み重ねていくしかない。単純な感動が一般化しているいま、やや複雑だが知的好奇心を刺激しているアートを求める人は確実に増加している。

10月8日(金)から東京広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターで開催される「Imperfect Vision(侘び・ポジティブな視点)」は初めて写真を買いたい人にぜひ来てほしい写真展だ。

日本の伝統的な美意識を作品に取り込んでいる日本人写真家7人によるグループ展だ。
撮影されている対象は、ファッション、ランドスケープ、シティースケープ、抽象などバリエーションに富んでいる。最初は全く異なるヴィジュアルが並列されているので驚くかもしれない。しかし、その制作背景を読み解こうとすると一貫性があることに気付く仕掛けになっている。
サイズは8X10″から、1メートルを超えるものまで。値段も1.5万円~から数10万円のものまでが幅広く揃っている。作家やキュレーターは出来る限り会場にいるようにしている。作品制作の背景や疑問点などの質問は大歓迎だ。買う買わないはともかく、アートを見て、感じて、考える機会にしたいと考えている。