第2回日本のファッション系フォトブック・ガイド 篠山紀信「オレレ・オララ」&「ハイ!マリー」

いまでもグラビアの第一線で活躍している売れっ子写真家の篠山紀信(1940-)。2009年には美術手帳で特集が組まれるなど、アートの枠組みで彼の仕事を再評価しようとする動きも散見される。
写真集で市場が最も高く評価しているのが、「晴れた日」(平凡社、1975年刊)だ。”The Photobook:A History Volume 1 “(Mrtin Parr &Gerry Badger,2004年刊)、と”802 photo books from the M.+M. collection”(2007年、 Edition M+M刊)に掲載されている。また、フォトブックのオークションにもたびたび出品されている。これは1974年に起きた様々な出来事を無造作に配列したもの。写真はスタジオ・ポートレートから、自然風景、ニクソン大統領のテレビ映像など無作為なセレクション。ガイドブックの解説では、日本人の予測不能な自然への不安、日米関係など、を無作為に並べることで当時の日本人にとっての重要な出来事を提示している。自然と社会の中で任意に生きる人間の人生が表現されていると評されている。なかなか難解なのだが、時間が連続していないという禅的な視点での評価なのだろうか。その他、彼の写真集では、「食」(潮出版社、1992年刊)がたまにレアブックのオークションにでてくる。
前回の横須賀 功光 「射」でも指摘したが、篠山の場合も欧米的な感覚を持ったクールでドライな写真を収録したものは市場で高く評価されていない。その他、初期のヌード作品を収録した2冊の写真集、「篠山紀信と28人の女たち」(1968年、毎日新聞社刊)、「Nude」(1970年、毎日新聞社刊)は、ヌード写真集のガイドブック「BOOKS OF NUDES」(2007年、Abrams刊)に収録されている。
特筆すべきは、金子隆一編の「日本写真集史」(2009年、赤々舎刊)には上記2冊が掲載されている点だ。私は金子氏にお会いして話したことがあるが、同氏は70年~80年代日本では商業写真に才能のある写真家が集まっていた事実を良く理解されている。その分野の代表として確信犯で篠山の2冊を収録したのだと思う。

日本には欧米にない雑誌の増刊形式で刊行されるタイプの写真集がある。それらはどうしても欧米の感覚では写真集と認められないだろう。雑誌のほうが書店で売りやすいこと、既存雑誌のフォーマットを使用できること、企業のタイアップ広告を掲載できることなどが登場してきた背景だろう。
今回は篠山の70年代前半に出されたこの雑誌形式の写真集2冊を紹介する。これらはフォトブックとして評価しても全く問題がない高いアート性と完成度を持っている。

まず、1971年5月に集英社プレイボーイ特別編集として刊行された「オレレ・オララ カーニバル 灼熱の人間辞典」。1971年のブラジルのリオ・デ・ジャネイロのカーニヴァルを4日間でドキュメントしたもの。当時まだ30歳だった篠山の写真撮影への凄まじいパワーを感じる。人間の欲望、エネルギー、汗臭さ、サンバのリズムまでがカーニヴァルの熱狂シーンとともに伝わってくる珠玉のドキュメント。男性誌プレイボーイ特別編集ということもあり、セクシーなダンサーや、解放的なヌードも全編に散りばめられている。カラー、モノクロ、様々なトーンの単色カラー印刷が全体のリズム感を作り出している。
リオを撮った有名写真集には現代で最も影響力あるのファッション写真家であるブルース・ウェバーの「O rio de Janeiro」(1986年、Alfred A.Knopf刊)がある。内容は、ドキュメント手法を取り入れ、完全に計算尽くされて制作されたリオの魅惑的シーン。洗練された、ときにゲイ・テイストが入ったウェーバーの世界観が見事に再現されているのだ。この本も、「オレレ・オララ」と同様に、カラー、モノクロ、様々なトーンの単色カラー印刷を駆使したデザインになっている。この点に関しては、同書は「O rio de Janeiro」のブックデザインに影響を与えた可能性があるといわれている。

もう1冊は、週刊プレイボーイ別冊としてでたアサヒカメラ1972年10月号臨時増刊の「ハイ!マリー」だ。日系ファッションモデルのマリー・ヘルヴィン(Marie Helvin)とその姉妹の7日間のハワイ・モロカイ島での休日をドキュメントした作品。美しい常夏のハワイの自然の下での、水着あり、ナチュラルなヌードありで、憧れの彼女と自由にヴァケーションを過ごす男性のファンタジーの世界だ。
計算されているのだが、果てしなく自然でモデルとの距離感を感じさせない写真が続く。被写体への愛さえ感じさせるスナップ風のイメージの完成度は高い。「オレレ・オララ」と同様に、カラー、モノクロ、様々なトーンの単色カラー印刷などが混在したページ展開はいまでも斬新だ。
マリー・ヘルヴィンはその後ロンドンに渡り、写真家デビット・ベイリーと結婚する。1980年刊の写真集「Trouble and Strife」のモデルといえば思い出す人も多いだろう。ちなみにこのタイトル名はロンドンの下町言葉で「奥さん」という意味。
今回紹介した2冊ともにアート・ディレクションは鶴本正三(1935-)が行っている。これらは篠山と鶴本とのコラボレーション作品でもある。

上記2冊とも雑誌形式のペーパーバックのため、傷みやすいのが欠点だ。古書市場では状態によって販売価格にはかなり幅がある。経年経過による、傷み、汚れがある普通状態で、「オレレ・オララ」は7,000円~。「ハイ!マリー」は更に傷みやすい雑誌と同じ製本なので状態の悪いものが多い。こちらは普通状態で、4,000円~。個人的には、この2冊の方が「晴れた日」よりもポップで素直に篠山らしさが出ていると感じている。この時代の篠山の作品は、私が専門のアートとしてのファッション写真のカテゴリーに入る。
2冊とも雑誌形式なので発行冊数は多いと思われるが、状態よく保存されていたものは少ないだろう。間違いなく市場では過小評価されているので、状態のよいものはいま買っておきたい。