写真コレクションを始めたい人へ アート写真コレクション指南書ガイド

写真を売買する仕事柄、写真コレクションの解説書を見つけたら絶対に買うことにしている。残念ながら、いまのところ系統だって書かれたものは全て洋書。どうしてもある程度の英語読解力が必要となる。私はこれが日本で写真コレクションが低調は理由の一つではないだろうかと考えている。日本語のコレクション・ガイドはいつかぜひ作ってみたいと個人的に考えている。
さてこの種類の本は、写真分野のコレクションを始めたい人に対し基本的な情報提供を目的に編集されている。どの本にも定番になっているのは、写真史の解説、専門用語の意味説明、写真技法や種類の紹介、市場で取引されている作家のリストや相場、写真の展示・保存方法、購入可能なギャラリーのリストなどだ。近年に刊行された本には専門家へのインタビューなども収録されている。
アート写真を勉強する時、写真史から入るとつまらないので長続きしない。これは私の経験だが、市場との関わりとともに歴史が書かれ、写真家が紹介されていると興味が長続きする。
ただし、これら指南書の情報や意見を妄信してはいけない。アート写真市場の評価基準、トレンド、価格は流動的だ。特に最近は、現代アート市場とのかかわりが強くなったことで動きは複雑で早くなっている。また写真分野のカテゴリは非常に幅広い。著者はあくまでも得意分野の専門家であり、全ての動向を把握しているわけではない。また国によっても市場特性が違う。著者の出身国や仕事をしている国によっても見方がかなり違うのだ。
思い込みが危険なのは何でも同じ。本だけでなく、専門家たちの意見を聴くなど、できるだけ広い情報収集を心がけて欲しい。

以下に簡単なアート写真コレクション指南書ガイドのリストを掲載している。
記載されている情報は新しい方が良い。コレクションに興味ある人はまず21世紀に書かれた本を買うのがよいだろう。ただし、情報は非常に古いが1979年刊の”The Photograph Collector’s Guide”は基礎的情報が最も充実している。著者のLee D.Witkinは1969年に写真専門ギャラリーをニューヨークに開いた業界の伝説的人物。彼は作品購入時に、”自分の心が動かされるかどうか、プリント自体が高いクオリティーを持つか”の二つを心がけており、決して作家のブランド買わなかったという。これらの彼のアドバイスは多くの人に影響を与えている。また本書の特徴は写真家のサインの写しが多数掲載されていること。資料的価値も高いのだ。改定版が再版されるとの情報がずっと流れているがまだ現物はみていない。編集作業が続いているのだろうか?

1.”Photographs: A Collector’s Guide”
By Richard Blodgett (April 1979, Ballantine Books)
2.”The Photograph Collector’s Guide”
By Lee D.Witkin & Barbara London(1979, NYGS)
3.”How To Buy Photographs”
By Stuart Bennett(1987, Phaidon/Christie’s)
4.”Collecting photography”
By Gerry Badger (2003,Mitchell Beazley)
5.”The Art of Collecting Photography”
By Laura Noble (2006, An AVA Books)
6.”The Collector’s Guide To Emerging Art Photography”
By Alana Celii, Jon Feinstein and Grant Willing (2008, humble arts foundation)

これらの本の特徴は既に市場で資産価値が認められている写真家を中心に取り扱っている点だ。15~20年くらい前までには作品価格は非常に安かったので、実際に解説書に紹介されているような作家の作品をギャラリーやオークションで入手できた。1985年当時の写真作品の中間価格帯は200ドル~1500ドルだった。ロバート・メープルソープのエディション3のプラチナ・プリントが5000ドルという、 当時としては高価で販売されたことが”How To Buy Photographs”には紹介されている。

まだ写真史で評価軸が明確でない分野を見つけ出して、ひと足早くコレクションを始めることもできた。この20年間で市場価値が大きく上昇したファッションやドキュメント系だ。ちなみに70年代後半のロバート・フランクの”The Americans”からの作品価格は、500ドル~1200ドル、アーヴィング・ペンも700ドル~2500ドルだった!
1979年時点では、ダイアン・アーバスのサイン入りプリントは500ドル~2500ドルだった。現在アーバスの価値は10万~35万ドルと100倍以上だ。
上記のメープルソープのプラチナ・プリントの相場は3万~5万ドルと約25年で6倍以上。ロバート・フランクの”The Americans”の相場は1万ドル~、表紙イメージ”Trolley, New Orleans, 1956″は10万~15万ドルだ。ペンの相場は1万ドル~になっている。
アーバス、フランクは極端な例だが、過去に起きたことは未来にもかならず起きる。10年~20年後のスーパースターは現在、市場のどこかに必ず存在しているはずだ。これから写真コレクションを始める人は、既に有名になった人よりも未来のスーパースターに注目して欲しい。

将来性の高い作家を集めたのが、”The Collector’s Guide To Emerging Art Photography”(2008年刊)だ。これはhumble arts foundationというニューヨークのアート写真の普及を目指す団体が出版したもの。世界中から163名の写真家がセレクションされている。同団体からは、私はまだ購入していないが続編の”The Collector’s Guide to New Art Photography Vol. 2″ (2010年刊)もでている。
しかし、上記の本には多くの写真家の写真が1枚掲載されているだけ。彼らが何を意図して作品を提示しているかは不明だ。連絡先、メールアドレス、ウェブサイトが掲載されているので、興味のある作家は読者自ら調べて欲しいという意図だろう。現地では写真展やイベントなども本と連動させて開催されているようだ。その場では写真家の作品解説も生できけるのだろう。
海外作家の場合、本からだけだとはなかなか詳しい写真家のメッセージや情報は入手し難いと感じている。日本から海外の将来性のある作家を見つけ出す場合は、ギャラリーのプライマリー市場で活躍している人に注目するのが賢明だろう。彼らは数多いる写真家の中からギャラリーが有力と考えている注目株だ。そのなかでも有力作家は写真集が連動して発売される場合が多い。気になる人の本は要チェックだろう。

実は日本において将来性のある写真家たちをコレクターに紹介するこころみはJPADSが行っている。今年開催した”ザ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト2012″はまさに新人発掘を意図している。実際に行うことで数々の反省点が明確になってきた。まだまだ小さな活動だが、来年はより充実したイベントにレベルアップさせるつもりだ。現在は、小冊子の制作にとどまっていいるが、将来的には写真集化を考えている。

今回、久しぶりに過去約30年に書かれたコレクションガイドを見返してみた。写真史が書き継がれるのと同様に、アート写真コレクションの探求も専門家やコレクターの間にずっと受け継がれ、歴史が積み重なっていることがよくわかる。 “The Photograph Collector’s Guide”の著者Lee D.Witkinは1984年に亡くなっているが、彼の精神は受け継がれているのだ。”The Art of Collecting Photography”の著者のLaura Nobleは1974年生まれのまだ30歳代。彼女は過去の先人に実績を踏襲して新たな視点で書いている。
読む側がその流れをフォローしていることが前提に書かれている部分もある。コレクター予備軍の人のなかにはコレクションガイドの内容がわかり難いと指摘する人がいる。その原因は、前提となっている知識をまだ十分に獲得していない場合が多いのだ。

さて日本ではコレクターが育たないという嘆きはよく聞く。コレクションを行う基本となる、考え方、方法論などの探求と、その積み重ねがほとんどないのだから当たり前かもしれない。しかし、アートとして写真を認識するコレクター予備軍は確実に増えている。優れたコンテンツが増えれば市場は拡大するのではないか。いま優れた作品を市場に送りだす継続的な努力が関係者に求められているのだと思う。