アーティストに求められる素養 バランスのとれた思いやりのある性格

ショーペンハウアーの「『幸福について」(新潮文庫)という古典本が今年の春にミニブレイクした。本の帯によると、きっかけはテレビ東京の経済番組「ワールドビジネスサテライト」の本を紹介するコーナーで作家の本谷有希子さんが取り上げたことらしい。私は、「大反響いま売れています」のキャッチコピーにひかれてアマゾンで購入してみた。
アルトゥルト・ショーペンハウアーは19世紀のドイツの哲学者。彼の考えは欧州のペシミズムの源流になったともいわれる。文章はそんなに難解ではないが、内容は時間をかけて集中しないと理解できない。もっと分かりやすい本はないかと探した結果、彼の発言のエッセンスをシンプルにまとめた「ショーペンハウアー大切な教え」(イースト・プレス)を見つけた。現在、2冊を併せて読み進めている。彼の人生論にはアート関係の人にも参考になるアドバイスが書かれている。これから機会を見つけて紹介していきたいと思う。

“他人に対するとるべき態度”として以下のような項目がある。
「礼とは道徳的にも知性的にも貧弱なお互いの性質を互いに見て見ぬふりをしてやかましくとりたてないようにしょうとする暗黙の協定である。礼とは利口さ、非礼は愚かさである。敬意を表するに値しない人間にも、全ての人間に最大限の敬意いを表することを要求し、関心がないのに、関心を装うことを要求するという意味で礼は実行の困難な課題である。侮辱とは相手に敬意をいだいていないことの表明だ。世の常の礼は仮面に過ぎず、その下では舌を出していることを念頭におけ。礼をわきまえない人間は裸になったようなようなもので見られた様ではない。」

ショーペンハウアーによると、関心がないのに、関心を装うのが礼というわけだ。なかなか本質をついたやや皮肉が強い人生哲学だと思う。これを一番実践しているのはビジネスマンだろう。会社を代表して行動するのできわめて礼をわきまえている風に見える。彼らは個人対個人でつきあうのではなく、メリットがあるかないかで判断して会社の肩書で付き合いをしている。ビジネスを円滑に行い、自分自身や会社を不利な立場にしないように、相手の立場や意見を尊重して、不愉快な思いをさせないようなこころ配りを行う。
学生が会社に入るとその点を教育される。一流企業、大企業ほどそれは徹底している。まず彼らは若くても笑顔での挨拶ができる。それは自然にできるのではなく、意識的になされるのだ。就職活動の競争を勝ち抜いた学習能力の高い人がさらに高い社会性を身につけるわけだ。

個性が尊重されるアート関係の仕事はその対極のように思われている。アート志望の若者のなかには学生と変わらない態度の人もいる。相手に挨拶しない、関心を表さないのは敬意を持ってないことの表れだ。自分の考えだけを話したり、相手の意見をきかないどころか平気で反駁、否定する人もする。自分のことだけを一方的に話されては聞く側はうんざりしてくる。不愉快な気持ちになる人とは誰しも距離を置くようになる。会社ではそんな若者を上司が叱り、鍛え直すわけだ。しかし、組織に属していないと誰も社会性のなさを指摘してくれない。
ショーペンハウアーは、「交際している人が不快な態度をとったり、腹を立てる態度をとった場合、よほど大事な人間でないかぎり永久に付き合わないことが必要だ。」と書いている。ビジネスの世界では、単純にそんな個人とは距離を置くようになるだけだろう。

アーティスト志向の人は自分の気持ちに素直すぎるのだ。これは単純に世の中の仕組みを教えてくれる人が周りにいないからだと思う。私はアート関係の人は一般ビジネスマン以上に礼をわきまえた方がよいと考えている。
ワークショップでもよくいうことなのだが、ビジネスマンはたとえ性格が悪くても会社組織が身分を守ってくれる。しかし、礼をわきまえないアーティストは誰も守ってくれない。勢いがある時はメリットを感じて付き合う人もいるだろう。しかし、勢いがなくなったら落ちるところまで簡単に行ってしまう。

ニューヨークのアート・ディーラーのアレックス・ノバック氏の上げているアーティストに求められる条件は非常に興味深い。彼は”バランスのとれた性格”を”才能”よりも高い優先順位に上げている。才能があればどんな態度でも許されるとの考えは欧米のアート界では通用しないようだ。また、才能があることは当たり前で、評価はそれ以外の要素で決まるという意味でもあると思う。

実際に私の会った成功しているアーティストはみんな、相手に対する気遣いができ、話していて気持ちよくなるような性格の人ばかりだ。成功者から礼を尽くされたら誰でもその人を更に好きになり応援する。コレクターやディーラーは作品の購入を考えるだろうし、マスコミ関係者ならば良好な作品評を書くことになるだろう。売れる人の人気が更に上昇していく背景には本人の態度が影響しているのだ。

しかし、ショーペンハウアーが指摘しているように、売れている人の性格が元々よいというわけではない。彼らはあくまでも意識的に自分に有利になるように行動しているのだ。なんで彼らが他人に礼をつくせるかというと、彼らが高い目的意識を持っているからだと思う。
アーティストは、自己表現を通じて自己実現ができる選ばれた人なのだ。彼らにとって、自分の自意識の充実などよりも、そのキャリアを追求できることのほうが人生でより重要なのだ。だからそのために必要なら、またメリットがあると考えれば、確信犯で自分の嫌いな人に対しても関心があるように装うことが出来るだ。それが出来ない人は、結局アーティストの幻想だけを追っているのではないだろうか。彼らの多くは、高い自己評価と社会評価とのギャップが広がることへの不満が態度に表れるようになる。結果的にさらに人心が離れていくという悪循環に陥ってしまうのだ。

アーティストは自らの考えを追求して表現していくのが仕事だ。しかし、情報化社会が進行したことで考える力が急速に失われているともいわれている。 私は優れたアーティストが日本から生まれない原因はここにあるのではないかと疑っている。
今回取り上げたショーペンハウアーのメッセージは一回読んですぐに理解できる内容ではない。上記の本谷有希子さんは、「何度も繰り返して読んでいる」という。何度も読むとは、そのたびに自分の頭で作家のメッセージの意味を考えることだと思う。原点回帰ではないが、あんがい古典を読むことがアーティストの考える力を鍛えてくれるのではないだろうか。

国際的なフォト・フェアに急成長 東京フォト2012・レビュー

今年の東京フォトは予想外に高いクオリティーの国際的なフォトフェアーだった。昨年とは全くの別物といっても過言でないと思う。海外ギャラリーが参加約30のうち14を占めていたのが大きな特徴。同じアジアのフォトフェアと比較しても、地元業者の参加がほとんどでローカル色が強い韓国のソウルフォトとは対照的だった。

今回は、国際市場で取引されているセカンダリー、プライマリー作品の販売を本業とするギャラリー、ディーラーの参加が中心だった。欧米の業者は以下のような優れた作品を多数出品していた。
スティーブン・ショアー、マーティン・パー、トッド・ハイド、E. J. ベロック、ギイ・ブルダン、ハーブ・リッツ、レニー・リーフェンシュタール、イネス・ヴァン・ラムスウィールド&ヴィノード・ マタディン、サラ・ムーン、ソール・ライター、リゼット・モデル、マイケル・ケンナ、ライアン・マッギンレイ、アウグスト・サンダー、スティーブ・シャピーロ、パオロ・ロベルシ、ウィーリー・ロニス、ベルナール・フォーコン、エドガー・マーティンス、マーティン・ショーラーなどだ。

国内ギャラリーも、市場性はともかく日本写真史で知られる作家の展示が中心だった。 昨年までは、企業系、イベント業者系ギャラリーや広告写真家の作品を展示するプロジェクトなどによるブースも見られた。コンテンツがやや弱い作品も散見された。今回は国内写真家による現代アート風作品の展示が少なかったことも良印象だった。長引く不況の中、コレクターは資産価値がある作品しか購入しなくなっている。ディーラーも売れない作品の展示を多数行う余裕もない。今フェアでも世界的なクオリティー追求の傾向が明らかになったと思う。

セミナーとして海外のコレクター、ディーラーのトークイベントも多数開催された。残念ながら接客に忙しく全部の人の話しは聞けなかった。コレクターでアート・フォト・サイトで写真集を紹介したビル・ハント氏の話には興味があったのだが・・・。
ニューヨークの有力ギャリスト、ジャームス・ダンジンガーとベルリンのカメラ・ワークのギャラリストのウテ・ハーティエンの「ヨーロッパとアメリカの写真市場展望」はとても参考になった。参加者はアート写真作家を目指す人にとってアートギャラリーが何を考えているかが理解できたのではないだろうか。かれらは写真史を念頭に置いてオリジナルな表現を探しているのだ。ただし、彼らは業界の世界的プロファッショナル。観客がアートの色々な考え方や写真史を理解していることを前提に話していた。日本ではそれらの知識を知らない人が多い。やや専門家向けの内容だったかもしれない。

参加者の売り上げにはかなりばらつきがあったようだ。海外ギャラリーは欧州系は売れていたものの、米国系は低調だった印象だ。全体的には資産価値が認知されている作品が売れていた。コレクター以外にも、美術館による購入や業者間の購入も散見された。Jpadsは広告宣伝を主目的に参加したのだが、予想外に多くの作品が売れた。全くの偶然なのだが、Jpadsが考えたセカンダリー中心の出品がフェアの方向とかなり重なった。上記のようにリーズナブルに値付けされていた有名写真家の作品の人気が高かった。また新規カスタマーとの出会いがあったことは予想外の嬉しい成果だった。

ブースに来てくれた人からはできるだけフェアの意見、感想を聞くように努力した。日本には全く存在しないアート写真の販売の場があることを実体験できたというアマチュア写真家の声が多数聞かれた。また広告、ファッション系の写真家には写真をアート作品として売る行為の意味が実感できるフェアだったと思う。実力差に愕然としたという素直な意見も聞かれた。作家を目指す中堅写真家にとって、自作がでていないフェアに来るのはつらいと思う。しかし、そこでの様々な実体験は必ずや自作のレベルアップにつながると思う。全ては正しい現状認識から始まるのだ。

今後は、日本人のプライマリー写真家中心の各種フェアと、国際的なセカンダリー作品中心の取り扱いを行う東京フォトとの棲み分けが起こってくる可能性が高いと感じた。前者は例えば東京フロント・ラインなどだ。Jpads主催のクリスマス・フォト・フェアもプライマリー作家中心の展示を考えている。 21世紀になり現代アート系写真の登場とともに、様々な写真が混在してカオス化していた国内マーケット。やっとフェア主導の展示作品の整理整頓が行われる兆しが感じられる。マーケットが最初にあってギャラリーがその流れに続くのでも良いと思う。

日本は世界第3位の経済大国。市場の可能性を信じてアート・フェアに参加する海外業者は後を絶たない。しかし春のアートフェア東京などの場合、期待に反して市場が薄いことに失望して1年で参加を止める業者が多いと聞く。円高とはいえフォト・フェアのブース代は欧米の主要フェアより比較的安い。彼らにはアジアでの広告宣伝と割り切って参加を継続してもらいたい。
今回の東京フォトは主催者がずっと描いていた国際的なフォトフェアのイメージにかなり近かったと思う。主催者の地道な努力の継続と実行力に敬意を表したい。また今回のフェアの内容充実が偶然だったと言われないように、実行委員会の更なる営業活動にも期待したい。

2012年秋のアート・シーズン到来!ニューヨーク・アート写真オークション・プレビュー

米連邦準備制度理事会(FRB)は9月の連邦公開市場委員会で「住宅ローン担保証券」の購入額を追加する量的緩和第3弾いわゆるQE3の導入を決めた。またゼロ金利政策の継続期間も15年半ばまで延長。これは、リーマンショック以来ずっと低迷している住宅市場を活性化させるための措置。 経済の波及効果が大きいこのセクターを刺激して雇用を回復させようという意図があるという。
その後、日銀も追加緩和を実施、南欧の国債の買い取り決めた欧州中銀とともに日米欧の中銀が経済活性化のために連携して動き出したということだ。中長期的には中央銀行の財政赤字の引き受けは問題があると識者が指摘しているが、景気悪化を抑えるために短期的にはやめられない政策だろう。
その後、とりあえずは世界的に株価は上昇傾向となったものの上値は限られている感じがする。
米国では上位10%の高額所得層が株全体保有の75%を占めるという。オークションでアートを購入するのは富裕層なので、株価による資産効果は高額作品には間違いなくあるだろう。ただし写真に関しては中所得者層の占める割合が現代アートなどと比べて高いと言われている。ここの部分のセンチメントどう変化しているかが入札結果を左右するだろう。
NYダウは2007年の水準である13,500ドル台に戻している。市場のセンチメント自体は悪くないと思う。

今秋のオークションの各社の目玉作品を見てみよう。
フィリップス(Phillips de Pury & Company)は、10月2日に開催。270点が出品されている。
クラシック作品では、エドワード・ウェストンの”Pepper No. 30, 1930″が注目作。これは1949年にプリントされた作品。落札予想価格は20万~30万ドル(約1600万~2400万円)。
ポール・アウターブリッジのプラチナムプリント”Standing Nude with Chair, circa 1924″は1点物の可能性が高いとのこと。落札予想価格は15万~20万ドル(約1200万~1600万円)。
現代アート系ではピーター・ベアード作品の出品が目につく。評価が高いのは”Happy Easter/ Alia Bay Croc Hatchery. Lake Rudolf for Eyelids of Morning, 1965″。落札予想価格は12万~18万ドル(約960万~1440万円)。
またトーマス・デマンドの182.9 x 269.9 cmの巨大作品”Wand / Mural, 1999″も注目されている。エディション6で、落札予想価格は12万~18万ドル(約960万~1440万円)。
ファッション系の目玉は表紙を飾るスティーブン・マイゼルの187 x 147.5 cmの巨大作品”Walking in Paris, Linda Evangelista & Kristen McMenamy, Vogue, October, 1992″。これは貴重な1点もの。落札予想価格は4万~6万ドル(約320万~480万円)。オークションにはめったに登場しない作家なので、今後の相場に影響を与えると思われる。

ササビーズは10月3日にオークションを開催。19世紀から21世紀までの幅広い作品約271点が出品される。
カタログ表紙の作品はハンス・ベルメールの”Self Portrait with die Puppe,1934″。これは作家本人が写ったドール・シリーズの1枚。美術館での展示など輝かしい来歴を持つ1枚。落札予想価格は10万~15万ドル(約800万~1200万円)。その他、マン・レイ、ラウル・ユバックなどのシュルレアリスム系の良質作品が多く見られる。
アルフレッド・スティーグリッツの季刊”Camera Work”の1903~1917年の完全セットも注目のロット。落札予想価格は20万~30万ドル(約1600万~2400万円)。
現代写真で興味深いのは、日系アメリカ人イチロー・ミスミのエドワード・ウェストン作品のコレクション4枚。ニューヨーク近代美術館とウェストン本人から1946年に購入したという来歴だ。当時は美術館は展示作品を販売していたという。ちなみに当時の販売価格は25ドル。出品作の1枚、”Nude on sand, Oceanno, 1936″の落札予想価格は15万~25万ドル(約1200万~2000万円)。
現代アート系では、シンディー・シャーマンのUntitled #19 と Untitled #83、ピーター・ベアードの1点ものの巨大作品”Rothschild’s Giraffes from The Uganda Line”が注目だ。
個人的には丸山晋一の”Kusho#2″の動向が気になるところだ。

クリスティーズは10月4日~5日に渡って開催。プライベート・コレクター所有のリチャード・アヴェドン作品28点の単独セールに続いて、複数委託者の約347点がオークションにかけられる。今春の売り上げトップに躍り出たクリスティーズは出品数で今秋もリードしている印象だ。
アヴェドン・セールとともに話題になっているのが、20世紀写真界の巨匠カルチェ=ブレッソンが彼のプリンターVoja Mitrovicに寄贈した貴重な作品コレクション32点のセールだ。
クラシック写真ではエドワード・ウェストンのプラチナ・プリント”Piramide del Sol, Mexico, 1923″の入札が楽しみだ。落札予想価格は12万~18万ドル(約960万~1440万円)。
今回は春の単独セールいらい話題が多い、ウィリアム・エグルストン作品7点が出品される。最も関心が高いのがエディション13/20のダイトランスファー作品”Memphis (Tricycle), c. 1970″。有名な写真集の表紙作品だ。落札予想価格は25万~35万ドル(約2000万~2800万円)。現代アート系では、杉本博司の”Colors of Shadow, C1032, 2006″、落札予想価格3万~5万ドル(約240万~400万円)。 トーマス・ルフの”09h 58m/-40°,1990″、落札予想価格8万~12万ドル(約640万~960万円)などが出品される。
カタログ・表紙を飾るのは人気の高いピーター・ベアード。”Orphan Cheetah Triptych,1968″は127X248cmサイズの大作。落札予想価格は10万~15万ドル(約800万~1200万円)。

オークション主要3社の総売り上げはリーマンショック後の2009年春に急減しその後、 株価同様に回復トレンドが続いている。2010年春以降は1600万ドルから1900万ドルの範囲内に落ち着いている。最近はレンジの下限に向かいつつある感じもする。外部環境の先行きがやや不透明な中、今回のオークションも上記レンジ内の売り上げに収まるか注目したい。