写真オークション・レビュー(ロンドン)少ないサプライズ、平均的な落札結果

5月のニューヨーク・アートシーンではとんでもないことが起きている。5月15日にクリスティーズで開催された、 「Postwar and contemporary」のイーブニングセールでなんと、4億9502万ドル(約495億円)もの売り上げを記録した。 これはアートオークションの歴史上最高売り上げ記録になる。ロットでの落札率は94%とほぼ完売状態。本セールでは12作家のオークション落札記録が樹立されている。その極めつきはジャクソン・ポロックの“Number 19, 1948”。落札予想価格上限の3500万ドル(約35億円)を遥かに超える約5836万ドル(約58億円)で落札。もちろん本セールでの最高額。
最近相場が急上昇しているジャン・ミッシェル・バスキア。彼の“Dustheads,1982”も落札予想価格上限3500万ドル(約35億円)を遥かに超える約4884万ドル(約48.8億円)で落札されている。

歌手の故アンディー・ウィリアムスと慈善家セレステ&アーマンド・バートスという、二つの優れたコレクションからの最高の来歴を持つ作品が出品されたことがコレクターに大きくアピールしたらしい。外国資本やヘッジファンドによる購入が見られたとのことだ。相次ぐ高額落札と記録的売り上げに、”アートの新しい時代の到来”や、”過剰流動性によるバブル”という報道が乱れ飛んでいた。
東証一部上場企業で年間売上が500億円前後の会社は数多くある。一回のアート・オークションでそれに匹敵する落札額を記録するのは驚異といえるだろう。お金が市場にだぶついていて、希少性と資産価値のある投資先を求めているのは間違いないだろう。
歴史的に評価の定まった有名アーティストの、優れた来歴を持つ美術館級の貴重作品はその可能性があると考える人が少なからず存在するようだ。

さてそれでは5月にロンドンで開催されたアート写真オークションはどうだったのだろうか?
複数枚作品が制作可能であることからアートの中では低価格帯と考えられているアート写真。ロンドンでは特にこの分野で大きなサプライズはなかったようだ。上記のトップエンドのアート市場の活況とは裏腹に、絵にかいたような普通の結果だった。

5月8日にフリップス・ロンドンで開催された複数委託者によるアート写真オークションはほぼ予想通りの結果だった。出品数は123点、落札率は約70%、総売上高は落札予想価格のほぼ中間値の合計の1,291,750ポンド(約2億円)。ただし、高額な作品の落札がやや弱かった。最高売り上げは、荒木経惟の77点の一括販売。落札予想価格の範囲内の110,500ポンド(約1712万円)で落札された。
続くのはアービング・ペンのダイトランスファー・プリント”Bee on Lips, New York,September 22, 1995″。落札予想価格上限を超える98,500ポンド(約1526万円)で落札されている。
ロバート・メイプルソープの”Self Portrait, 1980″も落札予想価格を超える86,500ポンド(約1340万円)で落札された。

5月15日にクリスティーズ・ロンドンでは複数委託者による108点のオークションが開催された。落札率はほぼ70%。売り上げはほぼ落札予想価格の範囲内の結果となる1,485,375ポンド(約2.3憶円)だった。
最高落札は今回15点も出品されたピーター・ベアートの中の約100X150cmサイズの大作”Tsavo National Park, founded April Fool’s Day, 1948, 1968″。落札予想価格上限60,000ポンドを大きく上回る103,875ポンド(約1610万円)で落札された。
個人的にはファッション写真の巨匠ホルストによるカラーの約50X60cmサイズの花の作品、”Narcissus, O.B., N.Y., 1992″が落札予想価格上限8,000ポンドを大きく上回る27,500ポンド(約426万円)で落札されたのが驚きだった。

ササビーズ・パリでは5月29日にアート写真221点のオークションが開催される。ヘルムート・ニュートンの巨大作品などの出品が注目されている。
なお、ニューヨークで開催された主要ハウスの現代アートオークションでは写真で表現しているアンドレアス・グルスキー、シンディー・シャーマンなどが出品されている。それらの結果については機会をあらためて紹介したい。
(1ポンドは155円で換算)

横須賀美術館「街の記憶」写真展レビュー

横須賀美術館で「街の記憶-写真と現代美術でたどるヨコスカ-」が開催中だ。
同館は2007年にオープンした比較的新しい施設。コンセプトは「環境全体が美術館」とのこと。ガラスに覆われたモダンな低層の建物は広大な観音崎公園のなかの山の斜面に建てられている。前面には広大な芝で覆われたガーデンスペースがある。遊歩道のゆるやかな坂を歩き建物の裏に回ると屋上広場につながっている。そこからは目の前に東京湾が広がっている。
最近はアートとグルメの共存はお約束。海を見ながら食事やお茶が楽しめるイタリアンレストランも併設されている。美しい環境の中にたたずむモダンな外観から、雑誌のファッション・ページの撮影にもよく使われている場所だ。
横須賀市と同館は集客プロモーションに力を入れており、2012年には人気ロックバンド「ラルクアンシエル 20周年特別展」なども開催している。ハイアートとポップカルチャーが混在している日本ならではの企画だ。

「街の記憶-写真と現代美術でたどるヨコスカ」は、横須賀の街や人を題材とした、戦後の写真と現代美術作品を展示するグループ展。15名の作家による2部構成の展示になっている。1部は街の記憶を呼び起こすとともに現在を感じる写真作品を展示。2部では、美術館が作品制作を依頼した、いまの横須賀をテーマとした二人のアーティストの現代アート系作品が展示されている。
戦前の横須賀は軍事施設の存在や東京湾を望む地形から写真撮影が厳しく制限されていた場所だった。それを踏まえて、アートの題材となった戦後の横須賀を写真作品で振り返っている。
1960年代~1970年代の日本は写真史的に最も活況を呈した時代だったと言われている。冷戦時代の日本は、米国の軍事的傘の下で過去の歴史を否定されるとともに進駐軍から文化的影響を多大に受けた。戦後の日本社会が抱え込んだ矛盾がこの時代の写真家のテーマとなる。戦後の横須賀は、米国軍基地の存在が色々な面で市民生活に影響を与えている。横須賀の戦後史は日本の縮図的な面もある。横須賀の記憶をたどるのは、日本の記憶ともリンクしてくるのだ。
園部澄、東松照明、北井一夫、森山大道、浜口タカシなど、写真家がこの時代を強く意識して取り組んでいるモノクロ写真からは感情のエネルギーを感じる。これらの写真作品の展示が本展の見どころだろう。
それ以降は横須賀をバックグラウンドにパーソナルな視点で世界をとられた、田村彰英、石内都の作品が続く。本展では写真を使用した現代アート系作家も展示されている。なかでも若江漢字による写真、鉄、ネオンなどを組み合わされたインスタレーションは街の記憶を喚起させることを意図した作品だ。
現代アートの範疇で捉えられることが多いホンマタカシのタイポロジー的な代表作「東京郊外」からの作品も展示されている。一瞬、横須賀との関連に戸惑うのだが、実はこの街の郊外には東京近郊の典型的な新興住宅地が広がっており、ホンマタカシはこの地の家や人々を撮影していたのだ。
高橋和海の「ムーンスケープ」シリーズからも瞑想的な巨大作品が2点展示されている。彼は夜空の月と、シースケープを対比して見せることで、宇宙の営みの中で生かされている人間を喚起させようとしている。実は、彼は横須賀出身で展示作を含む多くの写真はこの地で撮影されている。夜の浦賀水道を眺めると作品が生まれてきた背景に思いをはせることが出来る。禅的なエッセンスを持つ本シリーズは海外で絶賛されているのだが、この地で鑑賞すると作品と地元とのつながりも意識される。グローバル性とローカル性を併せ持った優れた作品なのだと思う。

第2部の鈴木昭男、秋山さやかの展示を地元住民はどのように感じるかとても興味がある。これは美術館から彼らへのメッセージなのだと思う。ただし作品がコンセプト重視の現代アートであるがゆえに、もう少し丁寧な接し方のガイダンスが必要かもしれない。ここから何らかのコミュニケーションが生まれるのなら、それは美術館が横須賀の未来を提示する役割を果たしていることになるだろう。
本展は、独自の歴史を持つ横須賀の過去をアートで振り返るとともに、様々な価値観が混在する現在のこの地の状況をも伝えようという優れた企画だと思う。

ここは交通のアクセスが良いとは言えない。東京からならばクルマで訪れるのが現実的だろう。道が空いている平日ならば1時間くらいで行ける。もし時間的余裕があればついでに横須賀や三浦半島観光を行えばよいだろう。周りには立ち寄り温泉施設も数多くある。横須賀では有名な海軍カレーやハンバーガーなどのB級グルメも楽しめる。
アマチュア写真家にお勧めなのが「走水坂上」。ここは横須賀随一の富士山の撮影スポットなのだ。横浜横須賀道路終点の馬堀海岸ICから美術館へ通じる海沿いの国道16号の小さな峠にある。天気が良ければ東京湾、横須賀市越しの富士山が拝める。近くの走水水源地に広い駐車場もあるのでそこから歩くのがよいだろう。

横須賀美術館は、関東地方で気軽な「アートな旅」、「建築を見る旅」を楽しめる最適の目的地だと思う。ただしこの季節の海沿いは紫外線が強いので注意が必要。特に女性の人は予防をお忘れなく。