2013年秋のロンドン現代アートオークション グルスキー、シュトゥルート人気は続くのか?

最近の米国では、経済状況は決して楽観できるものではないのに株高傾向が続いている。 実態は企業の労働生産性が伸びない中で低賃金労働に従事する人が増加しているようだ。 これだと企業収益や消費の見通しも明るくないだろう。そのような状況で中央銀行の金融緩和策が継続されている。結果的に資産インフレが起こり株高や貴重なアート作品の高騰を招いているのだ。資産を持つ人と持たない人との格差が拡大しているわけだ。

この流れの影響をアート写真セクター、特に現代アート分野の作品も受けている。有名作家の貴重な作品の相場は上昇傾向にある。
10月中旬にロンドンで大手オークションハウスの現代アートオークションが開催された。この時期のロンドンは、11月のニューヨークの現代アートアートクションの前で、またフリーズなどのアートフェア開催期間中に行われるので大きな目玉がないことが多い。しかし、写真作品では案外ドイツ系の注目作が登場することがある。今シーズンも、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトルートをはじめ、シンディー・シャーマン、ジェフ・ウォールなどが出品された。

落札予想価格の上限を超えるサプライズの落札はクリスティーズのトーマス・シュトゥルート”SAN ZACCARIA, VENICE,1995″だった。これはヴェニスのサン・ザッカリア教会内を撮影した185X234cmの巨大作品。中央にはイタリア・ルネッサンス期の画家ジョヴァンニ・ベッリーニの祭壇画があり、それを鑑賞している観客も含めて撮影されているミュージアム・シリーズの1枚。シュトゥルートの写真の中で、ベッリーニの絵と前景が違和感なく完璧に一体化している。絵の中の光と同じヴェネチアの光線を取り入れて空間を撮影しているのでそのように見えるのだろう。
作品の中に、時間の永遠性と移ろい、また理想と現実を同時に表現している点が高く評価されている。

落札予想価格150,000 – 200,000ポンド(約2400~3200万円)のところ、上限を3倍も超える698,500ポンド(約1億1176万円)で落札された。エディション10だがその他の作品はニューヨークのメトロポリタンなど多くの美術館のコレクションになっている。要は美術館は売りだすことはあまりないので市場で入手することが難しい名作ということだろう。

写真作品のロンドンでの最高額落札はササビーズに出品されたアンドレアス・グルスキーの”PARIS, MONTPARNASSE,1993″だった。新国立美術館の個展でも展示されていた彼の代表作品の1枚だ。1993年制作の本作はデジタル技術を最初に作品に取り込んだ彼の転換点にもなったものといわれている149X395cmにもなる横長巨大作品。パリのジャン・デュビュイッソンによる戦後の代表的なモダン住宅を撮影したもの。グルスキーは2枚の写真を完璧に合成。建物の余計な部分をトリミングして抽象的なグリット状の構図の人工的な構造物を作り上げている。それは画面の左右に果てしなく連続しているかのような印象だ。同時に精緻な画像の中には750のアパートの画一化したユニットに閉じ込められた住民の生活までもが描かれている。システムの中に閉じ込められて価値を与えられている都市住民の姿を象徴的に表現しているのだ。

本作は企業コレクションから売却だった。落札予想価格1,000,000 – 1,500,000ポンド(約1億6000万~2億4000万円)のところ、 1,482,500ポンド(約2億3720万円)で落札された。

その他の高額落札は以下の通り。
クリスティーズのジェフ・ウォール”THE CROOKED PATH,1991″が落札予想価格250,000 – 350,000ポンド(約4000~5600万円)のところ、上限を超える482,500ポンド(約7720万円)で落札。
シンディー・シャーマンの”UNTITLED (#201),1989″落札予想価格120,000 – 180,000ポンド(約1920~2880万円)のところ、132,100ポンド(約2113万円)で落札されている。

ここ数年続いている有名作家の代表作が物色される傾向はまだ続いている印象だ。上記のシュトルートの例のように、作家の代表作の場合は、既に美術館や有名コレクション所有が多くエディション作品でも希少性が高いのだ。
しかし今回のグルスキーは、高額価格帯作品が全体で6点出品されたが、”CHICAGO MERCANTILE EXCHANGE,1997″と”STATEVILLE, ILLINOIS,2002″は不落札だった。
当たり前なのだが、グルスキーならどんな作品でも高額で落札されるわけではない。代表作が高額で取引されるとどうしても周辺の作品の落札予想価格も高めになる傾向があるのだ。しかし、いくら人気作家でも人気作と不人気作ががより明確に意識されており、その価格差が拡大している。どうせ買うのなら、高くても人気作、貴重作が良いという心理が働き、同じ作家の作品の中でも2極化が進行している印象を持った。

今後の市場の関心は、11月開催のササビーズ・パリ、フィリップス・ロンドンのアート写真オークション、ニューヨークの現代アートオークションへと移っていく。

(為替レートは1ポンド160円で換算)