2013年に売れた洋書写真集
偉大なアマチュア写真家ヴィヴィアン・マイヤーが2連覇!

 

アート・フォト・サイトはネットでの写真集売り上げをベースに写真集人気ランキングを毎年発表している。2013年の速報値が出たので概要を紹介する。

一番売れたのは、2年連続でヴィヴィアン・マイヤー(1926-2009)の「Vivian Maier: Street Photographer」(powerHouse Books 2011年刊)だった。
なんと2位にもマイヤーの2012年年末に刊行された「Vivian Maier: Out of the Shadows」(Cityfiles Press 2012年刊)が入った。
彼女は2007年にシカゴの歴史家ジョン・マーロフにより発見された米国人アマチュア写真家。彼女のストリート写真は、ヒューマニストの視点による戦後アメリカの都市部のリアルライフが写されている。社会のマイノリティーの人たちへの暖かなまなざしも好印象の理由だと指摘されている。 またヴィジュアは高いレベルの、美しさ、感動、ユーモアを持ち、ダイアン・アーバス、ロバート・フランク、アンリ・カルチェ=ブレッソンと比較されることすらある。エステート・プリントはニューヨークの老舗ギャラリー、ハワード・グリンバーグが取り扱っている。

2位の「Out of the Shadows」は上記のマーロフではなく、約2万点に及ぶ”Jeffrey Goldstein Collection” からセレクトされたもの。1949年~1970年代中盤までの作品が収録。マイヤーを知る人物とのインタビューなども収録されている。
彼女の写真アーカイブスにはまだ膨大な写真が残っており、調査が進むに従って今後も写真集が刊行される予定だ。

3位はウォーカー・エバンスの歴史的名著「American Photographs」(MoMA、2012年刊)の再版。ながらくランキングしていたロバート・フランクの「アメリカ人」の代わりという印象だ。 それ以降は、長期にわたるベストセラーのスティーブン・ショアー、ファッション系の、ギイ・ブルダン、リチャード・アヴェドン、ジャンルー・シーフが続いている。

ランキングの順位を見るに、2013年は特に目新しい動きがなかった印象が強い。不況による読者の保守的な購入傾向が続いていて、当たりハズレのない定番が売れるのに変わりはないようだ。ヴィヴィアン・マイヤーが上位を占めたが、彼女の写真は伝統的なクラシック写真に分類されるので意外性は少ないと思う。

2013年の一番大きなニュースは、外部環境の激変が売り上げに大きな影響を与えたことだと思う。つまり外為市場で進行した急激な円安だ。2012年はだいたい1ドルが75円から85円以内の円高水準に推移していた。それが2013年になると年初からドル高/円安が進み一気に100円を突破していく。1年間でだいたい20~25%くらいも円安に動いたことになる。写真集は欧州からも入ってくる、ユーロ/円は2012年はだいたい1ユーロが75円から110円のレンジだったのが、2013年は120円~145円のレンジになった。こちらはさらに大幅な円安水準に振れていたのだ。

外為市場での急激な円安は、仕入れ価格、輸送コストの上昇により洋書写真集の販売価格上昇に直結する。その結果、2013年の売り上げ金額は前年比約35%減と大きく落ち込んだ。これは東日本大震災の影響で約18%減少した2011年を上回る減少となる。金融緩和で株価は上昇したが、そもそも何でそのような金融政策が必要かというと景気が良くないからだ。本当に景気が良ければ長期金利が上昇するはず。そのような状況での円安による輸入コスト20%超の上昇は売り上げを直撃する。いままでは安く買えたと思うと、なかなか新しい価格を心理的に受け入れにくい面もあるだろう。
アートフォトサイトでは写真集を紹介した段階の為替レートで参考価格を表示している。特に円高だった2012年刊の写真集の販売価格はいま大きく上昇している。2位のマイヤー「Vivian Maier: Out of the Shadows」は、4,571円から6,076円に約30%上昇、ウォーカー・エバンスの「American Photographs」は2,590円から3,503円に約35%上昇している。
今後の為替レートも円安傾向が定着すると思われる。4月には消費税率が上昇する。もし欲しい洋書がある人は3月中に入手しておいたほうがよいだろう。

2013年ランキング速報
1.Vivian Maier: Street Photographer, 2011
2.Vivian Maier: Out of the Shadows, 2012
3.Walker Evans: American Photographs, 2012
4.Uncommon Places: The Complete Works, 2004
5.William Eggleston’s Guide, 2002
6.Avedon: Women, 2013
7.Jeanloup Sieff: 40 Years of Photography ,2010
8.The Last Resort: Photographs of New Brighton: Martin Parr, 2010
9.Lewis Baltz, 2013(European Retrospective)
10.The Mexican Suitcase, 2010

詳しい全体順位と解説は、近日中にアート・フォト・サイトで公開します。

リリアン バスマン写真展
「Signature of Elegance」

リリアン・バスマン(Lillian Bassman、1914 – 2009)は、米国を代表する女性ファッション写真家。日本での本格的展示は、1994年に三越美術館新宿で開催されたファッション写真のグループ展「VANITES」以来ではないだろうか。
本展では彼女の1940年代からのキャリアを振り返る約47点が、白色と、黒色の箱型のフレームに分けられて展示されている。その中で約7点は大きく引き伸ばされている。作品はすべて透明アクリルなしで直接フレーム上にセットされている。いかにも粗いモノクロのインクジェット出力のように感じられるが、マット系の印画紙にプリントされたオリジナル作品の質感はかなり展示作品に近い。もしアクリル入りフレームに額装されていればたぶん見分けは難しいと思う。

彼女は写真表現の可能性を広げる努力を行ってきたことでいま高く評価されている。その背景には写真も現代アート表現の一つの分野と考えられるようになったことがある。 それは従来の写真プリント自体よりも、写真家の作家性により重点を置くという意味だ。 いまでは多くのアーティストがデジタル技術を駆使して、写真での様々な表現探求を行っている。彼女はなんと1940年代からアナログでそれを実践していた。ティッシュやガーゼを使い、暗室作業で写真トーンの調整なども行っていたのだ。
特に女性ランジェリーの仕事で高い評価を得ていた。それまでのイメージは男性写真家の撮影が多く、非常に堅苦しくて面白みがないものだった。モデルが同じ女性であるから親しみのある雰囲気のヴィジュアルを作れたこともある。 当時はいまよりもはるかに撮影時間に余裕があり、写真家とモデルは撮影に1日を費やすことも多かったという。おしゃべりをして、ランチをともにすることで肩の力抜けたモデルの表情を引き出したとのこと。
彼女の写真は戦後の自由に生きるアメリカの女性像を様々なセッティングや技法を駆使して表現しようという試みだったのだ。

しかし当時はストレート写真に絶対的な価値が置かれていたので絵画的なヴィジュアル作りは写真界からはあまり評価されなかったと思われる。いまでこそ、ファッション写真はアートになりうると考えられているが、当時はファッションは作り物の商業写真で、アートとは最も縁遠い表現と考えられていた。またファッションが巨大産業化し、次第に写真家の自由な表現が難しくなっていく。彼女はファッション写真の先に自由なアート表現の可能性はないとしだいに考えるようになる。
1969年に広告関連のネガを全て破壊し、エディトリアル・ページで使用されたネガをゴミ袋に入れて物置に放置してしまう。それらは長らく忘れ去られてしまい、やっと1990年代になってから写真史家のマーティン・ハリソンにより発見される。時代の価値観がやっとバスマンに近寄ってくるのだ。彼女の本格的な再評価は、1991年にヴィクトリア&アルバート美術館ロンドンで開催されたファッション写真のグループ展「Appearances: Fashion photography since 1945」での紹介がきっかけだ。
その後、彼女はかつてのネガを再解釈して新たな作品として提示するようになる。最終的には画像処理ソフトのフォトショップを使用していたとのことだ。
今回の展示でも90年代以降に再解釈された作品が多く含まれている。彼女の再解釈作品とは、アナログ写真の技術的限界により撮影時やプリント時に自分の思う通りにできなかった表現を、デジタル技術を駆使することで新たに実践しているということだろう。サイズもそれに含まれる。たぶん大きな作品を作りたかったのだろう。

ファッションの流行は20年周期で繰り返すといわれている。彼女が再評価された90年代は、ちょうど40~50年代から二周りした時期にあたっていた。当時は忘れ去られていた、アレクセイ・ブロドビッチが再評価を受けており、その流れで彼の愛弟子だったバスマンにも注目が集まったという事情もある。2010年代もちょうど90年代から20年経過している。バスマン作品を斬新に感じる若い世代の人は多いのではないだろうか。

作家としてのりリアン・バスマンはもちろん才能のある人なのだが、今回の例のようにいったん忘れ去られた才能を新たに見つけ出して評価する欧米アート写真界のダイナミズムにはいつも驚かされる。世の中の価値観の変化に合わせて歴史の評価軸も巧みに修正していくのだ。日本でも同じように優れた才能が歴史に埋もれているのではないだろうか?まずアートの視点から、日本のファッション写真、商業写真界の歴史が書き直されることが必要になるだろう。

アート写真の市場が存在するという意味 国内市場のいま

アートとして販売されている写真の市場は突然うまれるのではない。欧米市場は長い歴史の積み重ねにより現在の姿に成長してきた。最初の写真ギャラリーが生まれた20世紀の初めまでさかのぼる。
まず写真家が継続して作品を制作することからはじまる。それらの中の優れた写真をコレクターや美術館がコレクションするようになる。その後、売買規模の拡大からアート写真のマーケットが成立し、商売として写真を扱う商業ギャラリーが増加する。ギャラリーで売られた作品の中から資産価値が高まったものが生まれ、それらを定常的に扱うオークションハウスが参加し、 さらにギャラリーやディーラーが販売機会を拡大する目的でフォト・フェアを行うようになった。

資産価値を本源的に持つ作品群が生まれると若手や新人市場が活性化する。それらの中から同じような成功例が生まれると市場参加者が考えるようになるからだ。 株式市場で将来上場するかもしれない未公開株を物色するのに近い感覚といえるだろう。
個性が強い市場参加者だが、自らの利益拡大という目的のために妥協を重ねて共通の基準をつくりだす。現在はその結果として、美術館、オークションハウス、ギャラリー・ディーラー、コレクター、メディア、出版者などによる業界が成立しているのだ。アート写真の世界は参加者の利益拡大という資本主義の原理で成り立っているのだ。

残念ながら日本では上記のような歴史的な市場の発展が起きていない。外国人写真家の場合は、海外の延長上の市場が存在するが、日本人写真家の市場がほとんど存在しないのだ。
いままで、写真を販売する数々の試みが行われてきた。しかし、それらが中途半端に終わった理由は、写真をいかにもインテリア用の商品のように取り扱ったからだと思う。商品開発と同様のアプローチで作品が作られ、 マーケティング的な販売の仕掛けが用いられてきた。一般商品のように、単純に投資をすればすぐに結果に現れるような単純な仕組みではないのだ。
写真をアートとして販売することは、作品に資産価値を持たせるという意味。長期にわたる作家のブランディングを行っていく必要があるのだ。しかし現状は、作品を制作する人は数多くいるが、短期的に、金銭的、社会的な結果がでないのでほとんどが継続できない。
作家の継続的な作品制作なくして作品の価値は維持されないし、まして上昇することなどはない。

現状をみるに、突然アート写真ブームが到来するなどとは思わない方が良いだろう。関係者が日本で市場を作り上げていく地道な努力を行うとともに、優れた若手新人が海外市場に挑戦できる仕組みを整えていくのが重要だと考えている。 彼らの海外での評価は国内市場の活性化につながるだろう。
デジタル化した日本のアート写真市場の詳しい解説については、近いうちに紹介する機会があるだろう。