アート写真の新しいトレンドになるか?注目されるイコン&スタイル系作品

先日、2014年春のロンドン・オークションのレビューを紹介したが、今年は常連のクリスティーズがオークションを行わなかった。どうもロンドンの市場があまり良い状態ではないようで、彼らは7月1日にパリでアート写真オークションを行うとのことだ。なんでロンドンでなくパリかというと、まず世界的なフォトフェアのパリフォトが秋に開催される点が重要視されているようだ。ロンドンでもフォトフェアは開催されているが、ローカル色が強く規模も小さい。ちなみに2010年11月には、クリスティーズ・パリはリチャード・アヴェドンの単独オークションを開催して大成功を収めている。ここには名作”Dovima
with elephant,1955″の、1978年のメトロポリタン美術館の展覧会時に展示された約216X166cmの1点ものの巨大作品が出品された。なんと、841,000ユーロ(当時の為替レート換算・約9671万円)という作家オークション最高金額で落札されている。今回のオークション・タイトルは、”Photographs Icons & Style”。私はこの動向を非常に興味深く見守っている。今回の特徴は、通常の複数コレクター出品によるオークションではなく、有名写真家による、ファッション、ポートレート、花などのイコン的な作品だけがセレクションされている点だ。出品数が多いのは、アーヴィング・ペン、ロバート・メイプルソープ、リチャード・アヴェドン、ヘルムート・ニュートン、デビット・ラシャペル、ホルスト、荒木経惟など。開催時期もちょうどファッション・ピープルがパリに集うコレクションと重なっているそうだ。

このオークションは、落札率を気にする大手が、いま市場で何が実際に売れているか(売れそうか)を意識したものといえるだろう。私は最近「写真に何ができるか」(窓社刊)という本の中で「デジタル革命第2ステージを迎えて」というエッセーを書いた。そこで現代アートが市場を席巻したことで、従来の写真市場の眺めがかなり変化していることを指摘している。イコン的な作品は単に知名度が高い写真家の代表作というだけではない。 つまり、現代アートでは時代の持つアイデア、コンセプトを重視するが、ファッション系(スタイルも同様の意味)は、それよりも時代の持つ気分や雰囲気が作品に反映されている点が評価されているのだ。この分野の作品に関心が集まる背景には、やはり現代アート的な視点を持つコレクターの増加があるのだろう。そしてこの分野のコレクターには不況にあまり影響を受けない富裕層が多いのが特徴なのだ。

一方で、従来のモノクロームの抽象的な美しさやファイン・プリントの美しさだけを追求したものは、アート的というよりも歴史的な工芸品的な価値しか認められないとも指摘した。実は、ロンドンの大手のオークションの後で、欧州の中小ハウスによる写真オークションが開催された。こちらの出品作は特に意識的にイコンやスタイルを意識したものではない。
中小ハウスは出品作品をエディティング(選択)してセールの方向性を明確化する余裕はない。どちらかというと、大手が取り扱わない作品を拾ってオークションを開催する傾向がある。大手では絶対に取り扱わない、無名写真家、プレス・プリント、状態の劣る作品などが出品されることもある。ここでよく取り扱われるフォトブックは、一部を除いて典型的な反イコン、反スタイルのアート写真作品になるだろう。作品の絞り込みをあまり行わないので、結果的に出品数も約240~300点とかなり多めになっている。

結果は、Grisebach(ベルリン)”Photographs”の落札率は約64%、Lrmpertz Cologne (ケルン)”Photography”の落札率は約48%、Dreweatts & Bloomsbury (ロンドン)”Photographs &
Photobook”は落札率約57%だった。トータルすると落札率は約53%、つまりほぼ半分の作品には買い手がついていない。
最近の欧州地域では、中央銀行がマイナス金利を導入したり、景気テコ入れ策が次々と実施されている。企業の経済活動はようやく回復傾向にあるようだが、一般の人が本格的な景気回復を実感するにはまだ時間がかりそうだ。つまりイコンやスタイル以外の写真作品を買っていた一般の写真コレクターは、いまだ景気回復を実感していないのだと思う。趣味的なコレクションにはまだお金が回らないのだろう。

しかし、これはアート写真コレクターの初心者には決して悪くない状況だと思う。イコンやスタイルを意識したものではなくても素晴らしい作品は数多く存在する。もしそれらが、富裕層があまり興味を示さないという理由でリーズナブルな値付けがされているのなら、絶好の買い場ではないかと思う。もし景気が本当に良くなると、そのような周辺銘柄の作品価格が上昇してくるのだ。