2014年後半のアート写真市場見通し 市場2極化進行の中でフォトブックに注目

米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、今秋からは緊急的金融緩和からの出口戦略を始めるといわれている。しかしまだ景気は本格回復したわけではなく緩和的政策は続くといわれている。そのような背景からいま米国株式市場ではNYダウが史上最高値近辺で取引されている状況だ。 世界的な超金融緩和策による弊害も散見されるようになり、米国債、社債、クレジットカードの与信などのバブルが発生しているという指摘もある。
アート市場も特に高額セクターの売り上げが順調だ。大手オークションハウスは、2014年前期に軒並み歴史的な売上を記録している。
ササビーズの上半期のオークション売り上げは昨年同期比約24%増の27億ドル(@100、約2700億円)。なんと百万ドル(@100、約1億円)以上の値を付けた落札が487点もあった。同時期のクリスティーズの売り上げも、昨年同期比約13%増の36億ドル(@100、約3600億円)だった。

オークション全般では特に現代アート系、印象派などが好調。アジア部門もやや売り上げを落としているが存在感は相変わらずだ。高額セクターのアート市場はややバブルが発生しているのではないかと感じられる。今秋にかけてオークションハウスは、落札保障金額を増加させる傾向にあるという。これは、貴重で高額落札が見込める作品に関しては、彼らが委託時に金融的落札保証をつけること。委託者はその条件が良い、会社を選ぶということだ。これはオークション市場の活況や過熱を示す指標と考えられている。ITバブル崩壊やリーマンショック時にはオークションハウスはこの保証で多額の損失を被っている。大手はこれから益々ハイエンド作品での勝負の時代になると考えているのだろう。貴重作品を持つ委託者の熾烈な奪い合いの構図が見て取れる。

アート写真の市場はどうだろうか? 前期の売り上げは昨年下期は上回っているが、昨年前期よりは下回っている。一時よりは活況だが、決してバブルと呼べる状態ではないだろう。売れている中身をみると、高額落札されているのは、7月にクリスティーズ・パリで開催された「イコン&スタイル」で象徴される、誰でも知っている有名アーティストの有名イメージが中心だ。リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートンなどファッション系もその中に含まれる。ヴィジュアルの親しみやすさが好人気の背景にあると思われる。
これはアート界で良く言われる「目ではなく耳で作品を買う」コレクターが増加しているのと考えられる。いわゆるブランド志向の人たちだ。彼らは業界ではあまり良い意味ではとらえられていない。この種のコレクターは継続して作品を買わないし、ある程度の期間が経過すると興味が他分野に移ってしまうことがあるからだ。つまり現状は、表面の売上的には順調に推移しているものの、中身は新しいシリアスなコレクターが増えているわけではないということだ。何らかの政治経済上の外的ショックなどが発生すれば相場環境が急変する危うさを抱えている。

以前に欧州の中小オークションハウスの売上状況を紹介したように、100万円以下の価格帯の市場はいまだに低迷しているのだ。これはリーマンショック後の景気回復では、中間層がその恩恵を受けていないことが大きな原因だと思われる。どうもこのような状況は一時的なことではないようだ。いま欧米ではフランス人経済学者トマ・ピケティの著書「21世紀の資本論」が話題になっている。最近の格差拡大は資本主義システムに内在する要因により引き起こされており、グルーバル資本主義の先に中間層のさらなる減少の可能性を示唆している。最近の状況を分析するに、もしかしたらその兆候や影響があらわれているのかもしれないと感じる。
現在のメイン・プレーヤーの富裕層は、前述のようにアーティストの評判やブランド性で作品をコレクションすることが多い。その結果、彼らが興味を示さない若手や新人の市場で競争激化が起きている。また知名度の高いアーティストでも、不人気作品は売れない状況になっている。特にアート写真では、自分の眼を信じて無名や新人アーティストを買っていたのは主にアッパー・ミドルクラスといわれる上位中間層の人々だった。この市場の主な担い手だった層の減少は、コレクターの世代交代とともに中期的に市場に影響を与えるだろう。それはプライマリー市場でのコレクター数の減少、セカンダリー市場では彼らの既存コレクションの換金売り増加による低中価格帯作品の供給過剰として現れるだろう。そのような状況では、アーティストの階層化と人気作品への需要集中が一段と進むと思われる。今後はブランドが確立できないアーティストの作品は、インテリア向けの低価格帯以外はかなり苦戦するのではないか。当然それらを取り扱うギャラリーも同様だ。サイズが大きく、製作費がかかる現代アート系が一番苦戦するだろう。公務員夫婦が優れた現代アートコレクションを構築する映画「ハーブ&ドロシー」的なストーリーは本当におとぎ話になってしまうのだ。

アートでは心は豊かになるがお腹は膨らまない。不況時のアートが売れない理由にされる例えだ。しかし、食事をした次に何にお金を使うかは人によって様々だろう。知的好奇心が強い人は、心を豊かにしてくるアートに目を向けると思う。もし中間層が今後減少していくのなら、彼らの収入減に合致した優れた低価格のアートが求められることになると思う。彼らは目が肥えた人たちなので、値段に関係なく価値が見いだせない作品は絶対に買うことがない。そこで注目されているのがフォトブックなのだと思う。これは本ではなくアート写真の一つの表現形態のこと。欧米ではフォトブックをアート写真のコレクションの対象にしている人が増加しているのだ。

Twelvebooksの濱中氏によると、最近のロンドンではMACKをはじめ優れたスモール・パブリッシャーが乱立しているという。これは間違いなく新しい需要が世界的に生まれているからだろう。私はこの状況はパブリッシャーのアート工房化、アーティスト化だと理解している。MACKの本は市場で高い評価を受けているが、これをフォトブック単体で評価するだけではなく、制作しているマイケル・マックのアート作品だと理解することが必要なのだと思う。フォトブックは写真集としては高価だが、アート写真としては低価格だ。今後の社会経済状況を予想するに、フォトブックはアート写真分野の中の成長分野になると思う。