欧州アート写真オークション結果 コレクションの歴史が作り上げた多様で重層的な市場

ここ数年はパリ・フォトが行われる11月中旬に合わせて欧州各都市でアート写真オークションが活発に開催されている。ついに今年は以下のような凄まじい過密スケジュールになっている。出品作の種類も、19世紀写真、20世紀写真のヴィンテージ・プリントやモダン・プリントから現代アート系まで本当に雑多。大手業者は、クリスティーズが  “Kaspar M. Fleischmann”コレクションの単独セール、 ササビーズがマン・レイ作品に絞ったセール、フィリップスが現代アート系のエマージング作家を中心にした”Ultimate  Contemporary”を開催するなどかなり力を入れている。中小業者は、大手が扱わない知名度の低い作家の作品、サインがないヴィンテージ作品やフォトブックなども出品。
全体を俯瞰するに、富裕層から中間層までのあらゆる種類のコレクター向けの多種多様な作品が提供されている印象だ。

*11月中旬に欧州各都市で行われたオークションのリスト
  • 11/13
    Christie’s Paris  “Collection of Kaspar M. Fleischmann”
    148点、70%
  • 11/14
    Christie’s Paris “New York par Berenice Abbott Collection
    Kaspar M. Fleischmann” 67点、76%
  • 11/14
    Christie’s Paris “20/21”
    113点、76%
  • 11/14
    Sotheby’s Paris “Photographies”
    196点、57.6%
  • 11/15
    Sotheby’s Paris “MAN RAY”
    272点、65%
  • 11/14
    Artcurial Paris “Andre Kertesz: An Important French
    Collection”  99点、69%
  • 11/14
    Artcurial Paris “Photography”
    142点、58%
  • 11/18
    Phillips London “Photographs from the Collection of the  Art Institute of Chicago” 86点、64%
  • 11/18
    Phillips London”Photography”
    122点、62%
  • 11/21
    Dreweatts & Bloomsbury London”Photographs & Photobooks”
    224点、47%
  • 11/21
    WestLicht Vienna “Photographica”
    191点、75%

(記載の数値は、出品作品数、落札率)

高額落札は、やや場違いの感じがする現代アートの巨匠アンドレアス・グルスキー(Andreas  Gursky)の”Sans titre、2006″が、ササビーズ・パリで落札予想価格上限の2倍を超す409,500
ユーロ(約5937万円)で落札。
Dreweatts & Bloomsbury・ロンドンでは、イアン・マクミラン(Ian Macmillan)がビートルズのアルバム・アビーロードを撮影した”The Abbey Road Session, The Complete Set、1969″が、驚異の179,800ポンド(約3326万円)で落札された。作家の知名度は低いものの、イコン的な作品への強い需要が改めて印象付けられた。
フィリップス・ロンドンでは、ロドニー・グラハム(Rodney Graham)の”Welsh Oaks、1998″が122,500ポンド(約2265万円)で落札されている。

単純に計算すると上記オークションの平均落札率は約64%。もちろん最近はネットが普及したことで中心市場の米国のコレクター、業者も参加している。しかし米国と比べて低成長が続く欧州で、約1週間強の期間中に約1000点もの写真作品が活発に売買され、約19億円を売り上げたことになる。

興味深いのは、中小業者開催のオークションでは地元密着の写真家の作品が数多く出品されていることだ。世界的に知名度がない写真家は高額落札されることはないが、重要なのはローカルの写真家の作品でさえ市場で流動性のあることだ。たぶん買い手は地元欧州のコレクター・業者と思われる。
オークションのセカンダリー市場は、これまでのギャラリー店頭で売買された膨大な写真作品の積み上げがあるから成立している。セカンダリー市場の存在は、ギャラリー店頭で購入する写真作品は資産価値を持ち、将来的にオークションなどで売却できることを意味する。フォトフェアやギャラリーで写真が売れるのは、このような重層的なセカンダリー市場が背景にあるからだともいえる。
翻って日本には、日本人写真家のセカンダリー市場自体が存在しない。過去にギャラリーで売られた作品でも、写真家が世界的に知名度のないと相場が存在しない。売ろうとしてもネット・オークションくらいしかなく、値段がついても二束三文のことが多い。ギャラリーで高い写真が売れないのは当然のことなのだと思う。

さて次のマーケットの関心は12月11~12日にササビーズ・ニューヨークで開催される”175 MASTER WORKS TO CELEBRATE 175 YEARS OF PHOTOGRAPHY”となる。これはアート写真の振興のために活動を行っている”Joy of giving something foundation”コレクションからのセールとなる。内容は、銀塩写真だけでなく、ダゲレオタイプ、ダイトランスファー、デジタル写真までを含む写真史を包括的に網羅する多様なコレクション。非常に貴重な、アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・スタイケン、エドワード・ウェストン、ポール・ストランドなどの20世紀写真の珠玉のヴィンテージ・プリントが複数点出品される。落札予想価格の上限が50万ドル(約6000万円)を超える多数作品もあり、年末の市場にどれだけのエネルギーが残っているかが試されることとなる。(1ユーロ/145円、1ポンド/185円、1ドル/120円で換算)