2014年に売れた洋書写真集
何かと話題の多いヴィヴィアン・マイヤーがなんと3連覇!

アート・フォト・サイトはネットでの写真集売り上げをベースに写真集人気ランキングを毎年発表している。2014年の速報データが揃ったので概要を紹介する。

一番売れたのは、3年連続でヴィヴィアン・マイヤー(1926-2009)の「Vivian Maier: Street Photographer」(powerHouse Books
2011年刊)だった。どうも彼女の初写真集が代表作として定番化してきたようだ。昨年は”Vivian Maier: A Photographer Found“や”Eye to Eye” などの新刊が発売されている。いずれも研究が進んだことで内容が豊富になり、分厚い高額の豪華本になってしまった。結果的にそれらの売り上げは伸びていない。
「Street Photographer」は、今までに刊行された彼女関連の5冊のフォトブックの中でも値段が最も安く、コンパクトかつ的確に作品エッセンスを伝えている。一般の写真ファンは、写真界で話題性のある彼女のキャリアや写真には興味があるものの、特に深く研究する関心まではないのだろう。そのあたりがこの1冊に人気が集中した背景だと推測できる。

また最近のフォトブックは、アート表現の一環だと認識されている。写真家のアイデアとコンセプトが注目される傾向が強まっていることも影響していると感じる。やはり本人が亡くなっていることから、ここの部分の探求は難しいだろう。どうしても膨大な写真アーカイブスからの新たなヴィジュアル探しに関心が集中してしまいがちだ。研究者と一般写真ファンとに、関心の強さの違いが出始めているのではないだろうか。

私は彼女の作品はメッセージ性の弱さを十分に補える可能性を持つと考えている。そのためには、彼女の写真が時代の気分と雰囲気をとらえている点への注目が必要なのだ。つまりドキュメント系の流れで見るのではなく、広義のファッション写真なのだと見方を変えればよいということ。米国ヴォーグ誌のアート・ディレクターだったアレキサンダー・リーバーマンは、ウォーカー・エバンスがハバナの街角で撮影した白いスーツの男性のドキュメント写真のことを、”これはファッション写真ではないが、本質的にスタイルを提示していると思う”と述べている。これはアートとしてのファッション写真を解説する際によく引用される発言だ。多くのマイヤー作品にも当てはまるのではないだろうか?その視点でセレクションすれば、彼女の新たな写真世界が提示できると考える。彼女の作品を扱うハワード・グリンバーグはファッション系写真を取り扱っているギャラリーだ。もしかしたら、その視点で作品を評価して取り扱いを決めたのかもしれないと想像している。

2014年は、ヴィヴィアン・マイヤーの著作権に関して裁判が起こされたことも話題になった。いままで著作者ではない関係者が数々のビジネスを行っていることへの違和感を多くの人が感じていた。ニューヨーク・タイムズの記事によると、ネガ発見者のジョン・マードフ氏は、最も近いフランスの親戚から彼女の作品の著作権を購入したことになっていた。ところが写真家・弁護士のデビッド・C・ディール(David C. Deal)氏が、彼女の血筋の再調査をフランスで敢行して、なんと新たな親戚が見つかったのだ。そしていま正式な相続人を明らかにする裁判が進行中とのこと。海外在住者が関わるこの種の裁判の場合、判決に数年の時間がかかるという。
マイヤー作品の約15%を占める”Jeffrey Goldstein Collection”のネガは、将来的な法的混乱回避のため、昨年末にカナダのStephen Bulgerギャラリーに一括売却されている。同ギャラリーも判決が出るまでコレクションを保存しておくしかない。
やはり、世界中での複数の展覧会開催、5冊の写真集刊行、商業ギャラリーでのプリント販売と、ビジネスが大きくなりすぎたことから色々な問題点が顕在化してきたのだろう。

コラムニストが書きそうなまとめ方をすれば、”天国のヴィヴィアン・マイヤーは、地上のこの騒動をどのように見ているだろうか?”という感じだろう。この件は、今後どのような展開を見せるか興味深い。

2014年ランキング速報
1. Vivian Maier: Street Photographer, 2011
2. Stephen Shore: Uncommon Places – The Complete Works, 2004
3. William Eggleston’s Guide, 2002
4. Lillian Bassman: Lingerie, 2012
5. Patrick Demarchelier, 2014
6. Stephen Shore: From Galilee to the Negev, 2014
7. Danny Lyon: The Bikeriders, 2014
8.Lillian Bassman: Women, 2009
9. The Americans, 2008
10.Vivian Maier: Out of the Shadows, 2012

若きロバート・フランクのインテリジェンス 「Robert Frank: In America」(パート2)

前回に引き続き、ピーター・ガラッシ著作による「 Robert Frank: In America」の解説を行いたい。

・「The  Americans」の内容分析
この写真史上の名著の内容については多くの専門家が多方面から分析している。「Robert Frank: In America」でガラッシが行っている同書の分析にも触れておこう。

内容に関しては、一般人が反応するようなアメリカ的なありきたりのフォトジャーナリズム的な題材が多く取り込まれており、それらが全体の1/4を占めているとしている。
いくつかのテーマに対応する明確なイメージがあり、そこからアメリカ国旗、自動車、ジュークボックスなどのシンボルを導き出される。またページ展開の中でそのバリエーションが続き、そこからテーマを掘り下げていく。 この流れの繰り返しは、ジャズの即興演奏のようだ、と指摘されることもあるアプローチだ。
旅の行程の検証からも、フランクがどのようにテーマを膨らませていったのがよくわかる。まず彼が題材にしたのは自動車のアメリカ社会や文化への影響だ。フランク最初の旅はデトロイトのフォード工場の撮影だった。関連する、生産工場、ガソリンスタンド、石油精製所、ボディー素材となる鉱山などを幅広く計画的に撮影している。
そしてウォーカー・エバンスが奨めた南部の旅では、社会における黒人の存在とそのコミュニティーを追っている。その他、普通の市民生活における「富と階層」、「政治」、「映画とテレビ(メディア)」 などを意識している。

また「The Americans」では、取り上げていない項目にも注目して紹介。それらはドラッグ・ストアー、ファイブ&ダイム ストアー、ナショナル・チェンストアーなどを通して表現されている「消費文化の状況」。「郊外化の波」、「高速道路」、「モーテル」、「多民族の移民」、「少数民族」などにおよぶ。
フランクは、奨学金リニューアル時の応募テキストに「いまのアメリカ人の日常生活のポートレート、平日と休日、現実と夢、町やハイウェイのながめ」を撮影するのがプロジェクトの目的と記載している。彼は、当時のアメリカ社会における幅広い様々なテーマを意識しながら各地でかなり計画的かつ慎重に撮影していたのだ。「The Americans」には、テーマを慎重に絞り込んで83点をセレクションしたことがわかる。
・フォトブックとして評価

フォトブックにおける写真の見せ方についても分析されている。写真を見開きページに2枚配置するのと、同書のように右側に1枚の写真を置き左側には短いキャプションをつける流れを意識した方法との違いについては、いままで多くが語られてきた。
「The Americans」はウォーカー・エバンスの「American
photographs」を意識していたことは良く知られている。ガラッシによると、見開きはページでは、イメージの類似性やコントラストを強調する。また2枚の写真の関係性はシークエンスよりも強い。しかし1枚の写真でも、それらが慎重に系統だってイメージが並べられるととても強く、複雑になる、と分析している。
そして本書「Robert Frank: In America」では、あえて見開きページに2枚の写真を見せることで、イメージの類似性や関係性を強調している。これにより、いままであまり意識されなかったフランクの写真スタイルが明らかになる。
ライカという小型カメラが人に気付かれることなく様々な状況での撮影を可能にしていた。
もちろんこれは作品テーマとの関係性がある。彼が多く撮影している被写体には、社会の周辺の「孤立している個人」、社会的な存在としての「カップル」、様々な種類の人をとり入れている「多人数」に分類できることが例示されている。特に正面から被写体が平行に並んでいる写真は、シンプルなフォルムのまとまりを作り、黒人と白人の違い、貧富の格差、差別意識などの対比を表すことに成功している。
典型的なのが「The Americans」表紙のトロリーの窓を撮影した”Trolley-New Orleans, 1955″、「Robert Frank: In America」表紙の信号待ち人々をとらえた”Main Street – Savannah, Georgia,

1955″だろう。

・フランクの際立ったインテリジェンス
若いアーティストは自信過剰だが人生経験が不足しており、なかなか優れたアート作品を作り上げることができない。当時30歳前後だった若きフランクは、なんでこれほどの名作を制作できたのか?
本書を通して見えてくるのは、フランクが多くの専門家のアドバイスに真摯に耳を傾け、 また多くの写真家の過去の作品を研究し参考にしていた事実だろう。真の個性や創造性は、周りの影響を受けたからかわるものではない。”絶対的な価値があるものは、人がどんな状況であっても決して失わないものだけだ”とドイツの哲学者アルトゥル・ショーペンハウアーは語っている。才能は多くの経験や学習の上で花開くもの、若くても経験知を上げることは可能なのだ。

全米の旅に出る時点で、彼の頭の中には既に膨大なヴィジュアルとコンセプトのデータベースが出来上がっていたのだろう。その状況で、今のありのままのアメリカを表現しようというアイデアが浮かび、結果として「The Americans」誕生につながったのだ。フランクは、考え抜いて撮影された複数テーマと、多種多様なスタイルを持った写真イメージを自分の中で総合化して、新たな作品として提示する高いインテリジェンスを持っていた。ここの部分は才能と呼んでもよいだろう。USカメラ1954年9月号に掲載された、バイロン・ドベル(Byron Dobell)のフランクに関するテキストはその点に触れ”小さいカメラで人は直ぐに良い結果を得ることができるでしょう。しかし、多くの人はテクニカルなレベルで止まってしまう。良い仕事をするためには、更に知性が必要になる”と指摘している。彼は知的作業とヴィジュアルを駆使して行うアート表現に本当に喜びを感じていたのだろう。好きだったからこそ、継続して制作作業を行い作品にまとめることができたのだ。しかし、ここでフランクのことを、現在の現代アーティストのように頭でっかちだったと誤解してはいけない。彼は、フランス人作家アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの、”心でしかよく見えないんだよ。大切なものは目には見えないんだ”という言葉を好んで引用するといわれている。これは写真の表層を見たり、作品テーマを考えるだけではその本質は理解できない。写真家の感動に共感できることが一番重要なのだ、という意味ではないだろうか。かれはアートとして写真の本質をちゃんと理解していたのだ。

 最後に本書31ページに掲載されているジョナサン・グリーン(Jonathan Green)の文章を紹介しておこう。”「The Americans」は写真のフォルムとスタイルの小さな百科事典だ。写真史において、写真家が、これほど作風、異なるスタイルを混ぜ合わせて、途方もない効果をもたらす新しい企画の作品へと発展させた例はない”。そして、ガラッシは「The Americans」は革新的なスタイルというよりも、異種のパーツから強く引き出されて統合することができた勝利だ、としている。

本書の、ガラッシによる制作背景、時代考証、撮影スタイルの解説・分析により、「The Americans」はより魅力的なフォトブックに感じてくる。2冊を見比べて、フランクの1枚1枚の写真が何を伝えたいか、どのテーマとつながるかを読み解く行為はアート写真ファンの知的好奇心を刺激してくれる。アート写真での表現者を目指す人にとっては、多くを学ぶことができる教科書になるだろう。

 

若きロバート・フランクのキャリア形成方法とは 「Robert Frank: In America」(Steidl、2014年刊) (パート1)

ロバート・フランク(1924-)の「The Americans」(1959年刊)は、誰もが認める写真の教科書だ。しかし、意外なことに写真集掲載83点以外の50年代の初期作品の存在はあまり知られてない。フランクは同書刊行後すぐに映画制作に転向し、また70年代に全く新しいスタイルで写真界に復帰していることが影響しているといわれている。

本書”Robert Frank: In America“はスタンフォード大学のカンター・アート・センター(Cantor Arts Center)で2014年秋に開催された、50年代アメリカで撮影された作品に初めて注目した展覧会に際して刊行。1984~1985年に同館に寄贈された約150作品からなる企業コレクションがベースとなっている。
1991~2011年までニューヨーク近代美術館の写真部門のチーフ・キュレーターだったピーター・ガラッシ(Peter Galassi)が企画を担当。彼のロバート・フランク論が、イントロダクションとして、9~43ページに展開。写真界の当時の状況、フランクの仕事や人間関係、本が生まれた背景、撮影旅行の過程、 本のレイアウトやシークエンスなどの、検証と分析が行われている。
収録131点中の多くが未発表作品。22点は「The Americans」と重複している。

・グラフ雑誌が写真界を席巻
本書には、50年代の写真界の状況が詳しく紹介されている。写真史には、50年代ころまではグラフ誌が写真界を席巻していた、などとさらっと記述されている。ここでのエピソードは、写真でのアート表現を志す写真家には非常に厳しい環境だったことを詳しく伝えている。
フランクはハーパース・バザー誌でのファッション写真の仕事をやめてアート的な傾向のマガジン・フォトグラファーを目指す。しか写真界は、グラフ雑誌が社会的評価、金銭面、読者数でも圧倒的な存在で、それは美術館プログラムにさえ影響を与えていたのだ。写真家のアート性は全体の雑誌作りの仕事の補助的なものと考えられていた。当時は、あのアンデレ・ケルテスやウォーカー・エバンスさえ作家性を発揮する場所がなかったという。 雑誌の仕事でもフランクのフラストレーションがたまる一方だった。

・フランクの多様な人間関係
そのような厳しい状況でのフランクの活動は、今の日本の若手写真家にも参考になると思う。自分の思うとおりにならないのはいつの時代も同じ。その状況への現実的な対応が求められる。どのように自らの能力を高め、自分の信じる道を追求できるかが問われるのだ。フランクは本当に多くの人と関わりを持ち、影響を受けながら行動し、成長してきた。本書にはその様々な例が紹介されている。

・アレクセイ・ブロドビッチ
まず伝説のアート・ディレクターであるブロドビッチ(1898-1971)。フランクは一時期ハーパース・バザーのスタッフ写真家として働いている。ブロドビッチのアドバイスと激励により、1948年後半に敢行した南アメリカ旅行からカメラをローライフレックスからライカに変えている。ブロドビッチは1945年に写真集”Ballet”(J.J.Augustin刊)を発表している。35mmカメラでアレ・ブレ・ボケを多用してダンサーの動きと雰囲気を表現した。フランクは、構図、デザイン、トーンバランス、プリント・クオリティーにおいて、先人たちの価値観を覆した写真を制作している。その影響をブロドビッチから受けているのは明らかだろう。

・エドワード・スタイケン
そしてニューヨーク近代美術館(MoMA)のスタイケン(1879-1973)だ。彼はフランクを「カメラを持った詩人」と呼び、作品を購入したり、グループ展での展示を行って支援し続けた。彼の紹介で、雑誌”U.S.camera”がフランクに注目してくれる。ライフ誌が掲載拒否した英国ウェールズ鉱山で撮影された作品を1955年版の年鑑で紹介している。また、35mmカメラを特集した1954年9月号にもフランクを紹介している。

・ルイス・ファー
フランクは色々な写真家からの影響を認めている。ハパース・バザー時代に知り合ったのが、年上の友人である写真家ファー(1916-2001)。彼はフランクよりも早く、40~50年代にニューヨーク、フィルラデルフィアのストリートを小型カメラで撮影している。大都市の片隅のアウトサイダーにも目向け、またブレ、アレ、多重露光、光の反射、スローシャッターなど様々な撮影方法を自己の感情表現のために試みている。二人は同じ眼差しで世界を見ていたのだろう。ファーのシティー・スケープ作品は、間違いなくフランクの写真スタイルに影響を与えている。
しかしファーはフランクとは違い、写真群をテーマとコンセプトを明確にして作品としてまとめていない。これが現在の二人の大きな知名度の違いにつながっているのだろう。

・ビル・ブラント
英国の写真家ブラント(1904-1983)の存在も大きかったようだ。30年代、ブラントは英国のあらゆる階層の人たちをドキュメントして”The English at Home” (1936年刊) や” A Night in London”
(1938年刊)などのフォトブックにまとめている。フランクはこれらを通して彼の作品とロンドンの生活に触れていた。”ブラントの写真は、目から、心、体内まで入り込んでいった。私は内部の感情が沸き立つのを感じた。リアリティーがミステリーになった”とフランクは語っている。

・ウォーカー・エバンス
本書を読むまで、エバンス(1903-1975)のフランクへのこれほどまでの大きな影響は認識していなかった。二人は1950年に初めて会う。エバンスは、彼の才能を見抜き、グッゲンハイム奨学金への応募を後押した。フランクのために応募書を書くとともに自筆の手紙も添えている。これにより「The Americans」のプロジェクトが動き出し、フランクは、雑誌仕事からのフラストレーションから解放され、自身のアート性追求が可能になる。また奨学金を得てからの南部への撮影旅行は、彼の提案によるとのことだ。
ガラッシは「The Americans」の基本コンセプトは、エヴァンスがかつて行った、アメリカにおける現代性への疑問符の探究とつがると分析している。フランクが撮影した50年代は、一般的には経済的に繁栄して楽観的な雰囲気だった。しかしその中に、厳しくて陳腐に見える状況があるのは、エヴァンスのテーマは恐慌による一時的な苦悩ではなく、その後も続いている社会の工業化発展による一種の搾取だったと見ることができる、と指摘している。21世紀の現在でも格差拡大や貧困は続いている。ガラッシの分析は非常に説得力を持つといえるだろう。

 (パート2に続く)
次回は「The Americans」の内容分析に触れます。

セレブリティ―の写真はアート作品になり得るのか? アート写真の新ジャンル誕生の予感

有名ミュージシャンや映画スターを撮影した写真作品はアートギャラリーとしては非常に扱いにくい。どうしても作家性ではなく、セレブリティ―である被写体で写真が評価されてしまうのだ。世界的に、それらが被写体のオリジナル・プリントが数多く販売されている。それらは、アート作品ではなく有名人のブロマイド写真のような扱いになっていることが多い。海外ギャラリーでの販売価格は、インテリア系写真とほぼ同じ相場になっている。だいたい1000~2000ドル(約12~24万円)くらいだ。日本から考えたら高価だが、海外ではインテリア系写真でも相場はそのぐらいするのだ。

かなり以前から、有名写真家が撮影したセレブリティ―の写真作品は存在していた。ホルスト、リチャード・アヴェドン、アービング・ペン、ジャンルー・シーフ、ハーブ・リッツ、ブルース・ウェバーらのフォトブックにはそれらがポートフォリオ作品の一部として収録されている。被写体が有名人でも特別扱いはなく、写真家の作品相場が販売価格の基準だった。いまでもそのように販売している人もいる。

ところが最近になって、有名写真家が撮影した一部アイコン的なセレブリティ―の作品を、特別に販売する新市場が生まれつつあるようだ。それらは、少数限定、大判サイズという、現代アートのマーケティングを利用して、従来よりもかなり高額の値段設定を行っている。
2015年、大手出版社のタッシェンが米国西海岸ビバリー・ヒルズにギャラリーを新規オープンさせ、ローリングストーズが被写体の複数写真家による写真作品の販売を開始した。昨年、彼らはローリング・ストーンズのメンバーのサインが入った豪華写真集を制作。 デビット・ベイリーのオリジナル・プリントが付いたアート・エディションは、限定75点、15,000ドル(約180万円)で販売している。今回、ギャラリーでは写真集に収録されている作品を販売。主目的な豪華写真集の広告プロモーションだと思われる。しかし巨大サイズ(一番大きいのは約139.7x 143.5cm)、エディション5~10と限定数を少なくすることで、販売価格は非常に高価になっている。デビット・ベイリーやアルバート・ワトソンが撮影した作品の中には1000万円近くするものもある。
サイズとエディションがこれまでとは違うので直接の比較はできないが、それらは写真家のギャラリー店頭での作品相場とかなり離れている印象だ。あるコレクターからの情報によると、被写体のミュージシャンに多額のコミッションを支払っていることが理由らしい。どうもこの新ギャラリーは、アート市場の従来のコレクターではなく、富裕層を顧客相手と想定した、時代のアイコンをテーマとした「ラグジュアリー・アート写真」というような、まったく新しいカテゴリーを意識しているようなのだ。
ギャラリーがアートの中心地ではないビバリー・ヒルズに設置されたのも納得する。つまり、富裕層は誰でもわかる時代のアイコン的な作品を好み、特に写真コレクターのように写真家の適性相場などを気にしない。銀塩写真に対するこだわりもないので、すべてインクジェットで制作されているのだと解釈できるだろう。

商業ギャラリーでも、有名写真家が撮影したアンコン的なセレブリティ―作品を、少数限定、大判サイズで販売する例が散見されるようになってきた。上記の写真家と重なるが、ピーター・リンドバーク、アニー・リーボビッツ、アルバート・ワトソン、デビット・ベイリー、ピーター・ベアードなどだ。
しかしミュージシャンに限ると、高額でも売れるのは、熱狂的なファンがいるザ・ビートルズ、ローリング・ストーンズ、デビット・ボウイ、ボブ・ディランくらいになる。リンドバークがキース・リチャーズを撮影したシリーズは、エディション3、サイズ120X180cm、裏打ちされた銀塩写真で、1000万円以上するイメージもある。インクジェット作品でないのが商業ギャラリーのこだわりだと感じている。

英国を代表するファッション・ポートレート写真家のテリー・オニールは、本人と被写体のサインが入った、極め付きのセレブリティ―作品を制作して話題になっている。いままでに、フェイ・ダナウェイ、ブリジット・バルドーのダブル・サイン作品を発表している。(上記の掲載イメージ)こちらはエディション数が50点と比較的多く、サイズも50X60cm程度で、当初販売価格が80万円くらいからと、上記の例よりもはるかに買いやすく商品設計されている。少し前に在庫状況聞いたところ何とほぼ完売状態とのことだった。今度は、ロジャー・ムーアとのダブル・サイン作品がリリースされる予定らしい。
また、デビット・ボウイの代表作「アラジン・セイン」(1973年リリース)のLPカヴァーを撮影したブライアン・ダフィー(1933- 2010)の財団も興味深い作品制作を試みている。ダフィーは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で行われたボウイの回顧展開催がきっかけで作家性が再評価された。写真家本人は亡くなっているものの、なんと被写体のデビット・ボウイがサインした約100㎝四方の大判作品を制作したのだ。エディションは25点なのだが、売り上げは好調のようで、現在の価格は300万円以上だという。
いずれにしても、このようなプロジェクトは、写真家と被写体とが相当に尊敬し合う関係性を構築してないと実現できない例だ。現代ではちょっと考えられないだろう。

私がいつも主張しているように、ファッション写真でも、単に洋服の情報提供だけでなく、撮影された時代の気分や雰囲気が作品に取り込まれていればアートになり得るのだ。現代アートが時代のコンセプトを提示するように、それらは時代が醸し出すフィーリングを表現しているのだ。セレブリティーは、その顔や存在自体がファッション同様に時代を反映しているといえる。優れた時代感覚を持った写真家が撮影したセレブリティ―写真のなかにも、アートになり得る作品が存在すると考える。

それでは、いわゆる「ラグジュアリー・アート写真」の高額な販売価格は正当化できるだろうか?見方を変えると、それらはアート写真としては高価なのだが、現代アートと比較すると決して高価とは言えない。いままで、アート写真の相場が現代アートと比べて安すぎたということもあるのだろう。

少数限定、大判サイズの現代アート的なアート写真作品が市場に登場してきたときにも値段の正当性についての議論がなされた。しかし、従来のアート写真コレクターが疑問符を投げかける中で、現代アート分野のコレクターにより作品は受け入れられてしまった。2012年の、ウィリアム・エグルストン初期作品を大判作品化で行われた単独オークションは大成功だった。
この流れは、難解なコンセプトを持ち、コレクターの高いアート理解力を求める現代アート作品に対するアンチテーゼでもあるだろう。時代のアイコンの写真作品は、誰にでもわかりやすく、受け入られやすいのだ。そして欧米では有名写真家自体がアーティストでセレブリティ―であることも忘れてはならない。有名写真家と時代のアイコンとのコラボレーション作品とも解釈できる。限定、大判サイズとともに、ダブルネームにより値段が高くなったといえないことはない。
上記の販売例をみるに、実際の市場では、現代アート・コレクターや富裕層がそれらの作品の価値を認めつつあるようだ。また投資的な視点を持つアート写真コレクターも買っているという。大きなくくりの現代アート市場が、従来のアート写真市場を飲み込んでしまった状況が改めて印象付けられる。その流れの中でセレブリティー写真が独自の進化を始めているようだ。

個人的には、現在のような一部セレブリティーがアイコン化する以前に撮影された70~80年代くらいの銀塩写真作品に注目している。それらは、サイズは小さめで、エディション数が多めなので、相場も比較的リーズナブルだ。現在のセレブリティ―写真の活況を見るに、優れた写真家によるそれらのファッション、ポートレート作品は明らかに過小評価されていると感じる。もしかしたら、単に現代アート・コレクターや富裕層がまだ気づいてないだけかもしれない。