アーティストの思考を写真で提示する「MACK」マイケル・マックの挑戦

英国の出版社「MACK」のディレクター・マイケル・マックが、アートフェア東京2015での川田喜久治「The Last Cosmology」新装版の発表のために来日した。フェアに先立ち、彼の出版ポリシーに関してのトークイベントが河内タカ氏とともにIMAコンセプト・ストアーで行われた。そこでは彼がどのようなポリシーでフォトブックを制作しているかが語られた。「MACK」のフォトブックは、幅広い写真家による、多様なテーマを取り扱うことで知られている。一見、一貫したポリシーが何か理解しにくい。ここでは彼の発言から、出版の本音がどこにあるのかを独自に分析してみたい。

マイケル・マックが繰り返し主張していたのは、重要なのはアーティストが制作する作品の中身だということ。できる限り多くの本を作らないようにを心がけているとも話していた。ちなみに彼が以前働いていたドイツのシュタイドル社は年間120冊以上発売しているが、「MACK」は年間24冊を目指しているとのことだ。この姿勢は、多少高くても良い本を少数制作して完売させるという高利少売を目指すスモールパブリッシャーの典型的な経営方針だろう。
彼は、写真表現はギャラリー展示には向いていないという考えでフォトブックに取り組んでいる。空間での展示と比べると、フォトブックの形式は写真のシークエンスや配置を利用してアーティストのメッセージを見せ伝える可能性が多様だ。またブック・デザインやタイプクラフィーとの組み合わせもできるだろう。彼は、本フォーマットの特性を生かしたアーティスト・ブック作りの可能性追求を心がけているのだ。

私は以前から、マイケル・マックはアーティストだと理解すべきと感じていた。今回のトークを聞いてそれを確信した。ではパブリッシャーがアーティストとはどういう意味か説明しよう。
2000年代になってから、アート写真界でいくつかの価値観の変化が起こった。まずデジタル革命が起こり、写真の技術的な敷居が無くなったことで、非常に多くのアーティストが写真表現をとり入れるようになった。同時にテーマ性重視の現代アート市場が急拡大し、従来の写真市場を飲み込んでしまった。その結果、写真でもアイデアやコンセプトが重要視されるようになり表現が一気に多様化する。世の中に流通している広告や報道などの様々な写真、ネット上の写真、作者不詳のファウンド・フォトなどをどのような視点で集めて、どのような考えで提示するかでさえもがアート表現だと理解されるようになった。
写真を撮影しないで、他者の写真で自己表現する新種アーティストが次々と生まれてくる。その提示方法にしても、従来のフレームに入れる平面作品、彫刻作品、そしてフォトブック型式も登場してくるのだ。従来はアーティストの資料的な意味合いで考えられていた写真集が写真表現の一形態だと認識されるようになる。
さらに写真でアート表現する担い手までもが拡大解釈される。従来はアートの周辺業務に携わっていると考えられていた、パブリッシャー、編集者、キュレーター、ギャラリスト、評論家など。彼らの中にはアーティストと同様の仕事を行っている人もいると考えられるようになる。従来の人たちは、写真家の知名度、ヴィジュアル、ドキュメント性、話題性、市場性などを重視していた。再評価されたのは、写真家のメッセージが今の時代の中でどのような価値があるかを解釈して提示する人たちの仕事だ。写真の内容が重要なので彼らは写真家の知名度をあまり重要視しないのも特徴だ。
出版界の、ゲルハルド・シュタイドル、クリス・ピヒラー、そしてマイケル・マック。またジョー・シャーカフスキー、ピーター・ガラッシをはじめとする有名美術館のキュレーター、ハワード・グリンバーグ、ジェフリー・フレンケル、ピーター・マクギル、フェーヒー・クレインなどのギャラリストもアーティストに近い存在だと理解されるようになってきた。

「MACK」は独自の流通を作り上げている点もユニークだ。同社新刊はアマゾンでは購入できない。大手オンライン・ブックショップに対抗する姿勢を明確に持っている。新刊が刊行されるやいなや、大幅に値引きして売られるシステムが出版業界を破壊しているという理解なのだ。「MACK」は定価の40%オフで、専門書店と直接取引を行っており、返品は認めないという形態をとっている。近年は大手は値引き販売を前提としており、アジアで印刷してコストを下げたりしている。最近定価が高い本が多いのは、実売価格を別に想定している点もあるのだろう。

またコスト回収の手段として、値引きしなくても売れるサイン本、プリント付本などの限定版を制作することが多くなっている。しかし、「MACK」は定価販売の高利少売の独自のビジネスモデルを作り上げようとしているだ。本だと考えると違和感を感じるが、「MACK」のフォトブックはマイケル・マック作のアート写真のマルチプル作品と考えると理解できる方法だろう。ギャラリーでは、アーティストの新作の値引き販売はあり得ないのだ。最近は、米国の大手書店チェーンの「バーンズ&ノーブル」での取り扱いが決まったそうだ。質の高い本作りが認められてきた証しといえるだろう。

さてマイケル・マックはドイツ人写真家マイケル・シュミット(Michael Schmidt, 1945-2014)に影響を受けたという。ちなみに「MACK」からはドイツの風景をモノクロで撮影した”Michael
Schmidt NATUR”が2014年に刊行されている。シュミットの写真はまさに正統派といえるが、写真展示はかなり工夫が見られる。画像資料を見ると、グリッド状や、シーク―エンスにしたり、組み写真での作品提示を行っているのがわかる。たぶんマイケル・マックは彼の写真の見せ方に影響を受けているのだろう。これは、彼がどのような問題意識で写真に接しているかのヒントを与えてくる。人間の頭の中で展開される、連なる体験と記憶、社会や時代の価値観との接点、その延長上にあるテーマへの気付きと思考のようなものを写真のシークエンスや並べ方などを通して伝えたいのだろう。それゆえ1点の写真は特にインパクトが強いものである必要はない。
つまりアーティストが実体験を通して記憶化したもの、頭の中で意識に上った気づき、考えをフォトブックの2次元時間軸のなかで写真を通して再構築する。そのような視点で写真表現を行っているアーティストを好んで取り上げているのではないか。映像作家をよく取り上げるのは、彼らの動画的な写真へのアプローチがマイケル・マックの好みに近いのだろう。一見フィーリングの連なりのように感じられる写真の提示なのだが、実は最初に写真家の思考がありきで、その後にヴィジュアルのリズム・流れやフォーマットが決められているのだ。この点が理解できるかによって、「MACK」のフォトブックの評価が大きくわかれると思う。日本では、コンテンツのエッセンスを伝えようとするアプローチが結果的にミニマル的なデザインとなりその点がデザイン・コンシャスな人に受け入れられている気がする。また日本の写真家に多い、感情の連なりのように感じられる写真の提示方法が好まれている面もあるだろう。しかし彼はあくまでも最初にコンテンツでありきの姿勢で、グラフィック・デザインに関してはそれを邪魔しないものであればよいとしている。

日本のオーディエンスも、デザインやヴィジュアル以外に、ぜひ内容にもう一歩踏み込んでみてほしい。そうすることによって、「MACK」のフォトブックは現代アート作品を理解する格好の教材にもなるのではないか。アーティストが写真で提示している思考内容は、見る側が世界をどのように認識しているかによって理解度が違ってくる。社会のグローバル化の中で、欧米人とアジア人が共通に反応する内容も多い一方で、地理的、歴史的、文化的な背景の違いによって理解できないこともあるだろう。英国人のマイケル・マックは自分の信じる価値基準でアーティストを評価しフォトブックを制作しているのだが、それと私たち日本人との認識が違っても当然なのだ。絶対的な基準などはなく解釈は人によってすべて違う。
アートの面白い点は、その違いに気付くことで自分自身が何を考えているかに気付かされることなのだ。ブックデザインや収録写真を愛でるだけでなく、作品の中身を読みとこうとすることで、知的好奇心を満たしてくれるという全く別の楽しみ方が見つかるだろう。ぜひ「MACK」の数多いフォトブックを通して、自分が何に反応して、コミュニケーションできるかを発見してほしい。その経験の蓄積を通して自分なりのアートの評価基準が出来上がっていくのだ。

「MACK」の日本での取り扱い代理店
Twelvebooks
http://twelve-books.com/