コレクションの基礎(4) 資産価値を持つ写真作品の見分け方

前回は、市場には一般商品であるインテリア向け作品と、資産価値を持つファイン・アート作品が混在しており、コレクション初心者には見分けが非常に難しい状況を説明した。最も手っ取り早く、信頼できる判断基準はオークション市場での作品の取引実績だ。大手のササビーズ、クリスティーズ、フィリップスでの取り扱いと落札実績は資産価値の裏付けの指針になる。ただし、それは個別作品の人気度とも関わるので注意が必要だろう。
また、オークションでも、中小業者や、ネット・オークション、大手でも新人に特化した実験的オークションでの取り扱いは重要視されない。参考程度にとどめ、あまり過大に評価しない方が賢明だろう。

さらに状況を分かり難くかつ複雑にしているのは、インテリア向け作品の中にもレアなコレクター向け商品と同様の理由で値段が上昇するものも存在することだ。実際に、オークションではポスターのカテゴリーが存在しているくらいだ。多くの場合、ポスター分野で取り扱われるのは現在の有名作家の過去に制作された印刷物になる。それらで特に価値が上昇しているのはサイン入り展覧会ポスターだ。
ただし、価格の上昇率がアート作品と印刷物は全く違う点への留意が必要だ。有名作家による作品の上昇率は、1位が絵画のような1点もの作品、2位が版画や写真のようなエディション付き作品、3位がサイン付きオープンエディション作品、4位サイン入りポスターとなる。上昇率は1位以下は逓減していくような曲線となる。
同じエディション付きでも、数が少ない方が上昇率が高くなる。一般的な傾向として、アート系はエディション50点くらいまでと少なめで、インテリア系は1000点に近いものも存在している。また、銀塩写真の方が、インクジェット作品より上昇率が高い。

インテリア向けでも、サイン、エディションがついていれば、上記の3~4位の上昇率の範疇の作品に入る可能性を持つのだ。ただし、それは作家がその後の創作活動を通して。アート界で作家性が認知されることが前提となる。判断基準は、その写真家が単に商品開発やデザインをしているのか、それとも社会と接点を持つアート表現を試みているかだろう。そして以前も指摘したように長期にわたり作品制作を継続できるかが重要だ。可能性としては、高いアート志があるが生活のために確信犯でインテリア作品を制作しているような人や、キャリア中途で作家に転身した人だろう。ただし、確信犯でも売れたら今度はインテリア系のレッテルを張られるリスクを合わせもつ。アート指向の強い人は、このレッテルを張られるのが嫌なので、インテリア向けの写真の専門業者での作品販売はあまり行わない。

販売されている現場での見分け方についても触れておこう。ヒントはスタッフやオーナーのセールストークの中にある。注意が必要なのは「海外で注目されている、話題になっている、いま人気が高い、評価されている」というようなワンフレーズのアピールだ。海外での評価を謳い、国内市場をせめるのはマーケティングの常套手段だ。世界には膨大な数の写真展示を目的としたフォトフェスティバルが行われている。そこで展示されたことが、アート界の普遍的な評価に直接つながらことにはならないのだ。しかし実際には「海外で人気の高く、評価されている日本人作家」のような意味不明の説明が普通にされている。
見極めのポイントは、どのような点での話題性、評価、高人気なのか、その理由が明確に語られているかどうかだ。それも、作品のヴィジュアルの表層面や方法論ではなく、表現者としての作家性の評価が具体的に提示されなければならない。ただ上記のようなセールストークしかされない作品は、インテリア系だと疑った方がよいだろう。

見極めには制作技法も多少のヒントにはなる。インクジェット作品はインテリア系に圧倒的に多い。しかしもし作品テーマとの関わりが明確に語られている場合は問題はない。この点の見分けは経験がないと難しいだろう。

こうやって、あれこれと色々な情報を例外もあることを前提に提供し続けると、コレクター初心者は情報過多で判断不能に陥るだろう。
ここでコレクター初心者にもお薦めしたいのが、誰でも知っている有名アーティストのプリント付の限定写真集だ。写真集刊行時に、普及版とは別にボックスにサイン入りプリントと写真集が入れられた特装版が用意されることが多い。数はだいたい50~100点程度。これらは写真集としては高価だが、オリジナル作品としては非常にリーズナブルに価格設定されている。オリジナルプリントが高価で手が出ない人でも、購入できる可能性があるのだ。ただし世界的人気作家の場合は、予約時点で瞬く間に完売してしまう。普段から、取り扱いショップやギャラリーからの情報収集が重要だ。

リチャード・アヴェドンが亡くなる前の2001年にフレンケル・ギャラリーから刊行したプリント付写真集「Made  in  France」がある。限定100部で、当時としては異例に高価な約25万円だったが、市場に出る前に完売。作家が亡くなったこともあり、いまではかなり高額で、アヴェドンのオリジナル・プリント相場と完全にリンクして流通している。
普及版フォトブックでさえ、限定5000部と数が多いのに関わらず古書市場で5万円以上する。
プリント付のほかに、サイン入り限定特装版が刊行されることもある。ただし、写真家によっては普及版にサインすることも多いので、こちらの上昇率はあまり高くない。ただしもし好きな作家で、金銭的な余裕があるならば限定特装版を選んだ方がよいだろう。いまは、知名度が低い写真家もプリント付の限定写真集を発売する。いくら限定でも人気がなければ資産価値は出てこないので、十分に作家の将来性を吟味して購入してほしい。いままで色々と思いつくままに書いてきた。将来的に資産価値のある作品を見分けるのはかなり複雑で分かり難いと感じている。骨董収集などでは、贋物を買ってしまう人は、頑固で専門家の言うことを素直には聞けない人が多いという。アートの判断は個人の感覚が重要だと考えられているからだろう。もしこれから真面目にアート写真コレクションを始めたい人は、業界で長く営業をしている複数の専門家の意見を素直に聞くことをお薦めしたい。情報収集した上で、最終的な判断は自分の好みで下せばよいのだ。アート写真では、骨董の世界のように偽物を掴まされることはない。しかし知識と経験がないと、資産価値がまったくない見映えだけのインテリア系写真を高額で買ってしまうのだ。

コレクションの基礎(3) インテリア向け写真作品の現状

今回はインテリア展示用に商品開発された写真作品の現状を説明しておこう。これらは呼び方を変えると、応用芸術のデザインの範疇に含まれる一般商品だ。アートを拡大解釈するとそれに踏まれるともいえる。しかし、ここでのアートはファイン・アートのことを意味しているので混同しないでほしい。
多くの人は、欧米にはアート写真市場しか存在しないと誤解している。実はインテリア用写真の巨大市場が存在するのだ。専門の販売店が存在しており、見本市もある。最近はオンラインでの販売が増加している。
それらの写真はインテリア展示に合うように、綿密なイメージのマーケティングが行われている。わがままな顧客ニーズに対応するように、様々な作品サイズや豊富なフレームの選択肢も用意されている。モチーフのカテゴリーも豊富で、抽象、建築、海外シティースケープ、自然風景、音楽、 モノクローム、夜景、ポートレート、ヌード、ヴィンテージ、クルマ、海景、動物などの作品が提供されている。商業写真家が商品開発の一環として制作する場合もある。
またアイコン&スタイル系で、作家のアート性が低い作品はこのカテゴリーで販売されることが多い。物故作家の財団から権利を買ってエステート・プリントを制作するケースも散見される。

専門販売店は大都市やリゾート地などの集客が期待できる場所に、複数のフランチャイズ店舗を構えている。一般的にアートギャラリーは高利少売だが、インテリア系は薄利多売のビジネスモデルとなる。デジタル技術の発達で、在庫を持たずに注文ごとに簡単に作品制作できるようになったことが普及のきっかけだ。かつてのポスター販売店に新形態だと理解すればよいだろう。

この分野の購入者層もかなり多様だ。購入予算が少ない一般庶民向けの市場だと考えられているが、アートの購入経験が少ない中間層や富裕層も主要な購入者だ。このような人は、アートは自分の感覚で選べばよいと考えている場合が多いのだ。価格帯もかなり幅広い。ポスター感覚の低価格作品から、2000~4000ドル(約25~50万円)程度までが含まれる。日本の感覚ではかなり高額に感じるかもしれない。しかし、日本でも広告や雑誌で活躍している人気写真家が自らのファンのコミュニティーを作って写真を数十万円で売っている例も数多くある。それらは顧客が好きだから買う一般商品であり、資産価値を持つアート作品ではない。

以前紹介した、世界一高額の写真が売れたと自身で発表したピーター・リック(Peter Lik)。彼については様々な議論が巻き起こされたが、アート界の専門家はインテリア系の写真家と考えている。彼は自身の名前を付けたギャラリーを世界中で展開しており、販売価格は3950ドル(約47万円)からスタートする。親しみやすいヴィジュアルを気にいってコレクションしている人が数多くいるらしい。お金の価値基準は人によって様々なのだ。

アート写真市場で適用される一般的基準では、低価格帯作品は1万ドル(約120万円)以下をさす。通常この半分の5000ドル(約60万円)以下の作品に、投資的な価値を見出さないほうが賢明だといわれている。この種の作品の流通からは、日本でかつてイベント会場などで長期分割払いで数十万円で売られていたハッピー系の版画が思い起こされる。実際、いまではインテリア向けのアート分野では写真と版画が混在している。ともに作品はデータ化されて、インクジェット・プリンターで制作されているのだ。ジグリー・プリントも同じ意味になる。

インテリア向け作品とアート作品は、両者の境界線に位置する作品もあり価格帯では区別しにくい。アート系でも、中堅作家の代表作でない作品、若手写真家の作品が同じ価格帯になることが多い。販売方法での区別も難しくなっている。インテリア用でもアート作品同様にエディションをつけて、段階的に販売価格が上昇するステップ・アップ方式で価格設定している業者も存在するのだ。
写真制作方法は大まかな目安になる。インテリア系は量産しやすいインクジェット・プリンターを使用したデジタルプリントが多い。しかし、デジタル技術を利用するアーティストも存在するので、明確な線引きは不可能だ。結局のところ、店頭では、どのような種類の作品を、いくらで、何点販売しようがそれは売り手の自由なのだ。

このように、現場では様々な種類の写真作品が混在している。海外ではインテリア向け作品として販売する専門業者が存在する。それゆえ、ある程度の情報収集を行うとアート系との区別ができるようになる。しかし、日本ではデザイン重視の作品をアートとして販売している業者もいる。一般の人には非常に分かり難い状況になっているといえる。作品の価値が適正か判断できない商品を、消費者は買わないだろう。これが日本で写真が売れない理由の一つだと考えている。

次回は、現状認識を踏まえて、資産価値を持つ写真作品の見分け方について説明したい。