アート写真市場の最前線 現代アート/欧州のオークション結果

2015年秋のニューヨーク・アート写真オークションは、リーマンショック後の2009年春以来の極めて低い売上だった。今まで順調だった高額価格帯が大きく失速し、すべての価格帯で勢いがなかった。
その後、11月上旬にはニューヨークで現代アートのオークションが開催された。こちらは写真メディアでの表現だが価格は現代アートの範疇となる。ほとんどが5万ドル超えの高額価格帯なのだが、富裕層コレクションや美術館を相手とする100万ドル(約1.25億円)超えの作品も出品される。この分野は、どの作品までを写真作品に含めるかでやや判断がわかれる。将来的にカテゴリーの再編が行われる可能性もあると考えられている。写真作品だが、狭いアート写真分野の動向というよりも、現代アート系分野の動向が反映されているといえるだろう。コレクターの顔ぶれも、アート写真分野とはかなり違っている。
今シーズンは、ササビーズ、クリスティーズ、フィリップスの大手3社で約120点の写真関連作品が出品された。全体の落札率は約65%と、まさにアート写真分野の平均落札率とほぼ同じレベルとなった。価格では予想価格上限を大きく超える落札はなく、非常に平均的な結果だったといえよう。
高額落札を見てみよう。最高額はササビーズのゲルハルド・リヒターが音楽家ジョン・ケージに触発されて制作した16点からなる”Cage
Grid (Complete Set), 2011″。これらはすべてジグリー・プリントで制作されている。落札予定価格上限を大きく超えて、145万ドル(約1億8125万円)で落札された。続いたのは、これもササビーズでのアンドレアス・グルスキー作品の”Pyongyang  IV, 2007″。落札予想価格下限に近い、139万ドル(約1億7375万円)で落札。クリスティーズでは、英国人のアーティスト・デュオのギルバート&ジョージの”Dead Boards No. 5,1976″が96.5万ドル(約1億2062万円)で落札されている。
ちなみに今シーズンの現代アートオークション全体での最高額は、ササビーズのイーブニング・セールに出品されたサイ・トゥオンブリー
(1928?2011)の”UNTITLED (NEW YORK CITY),1968″で、7053万ドル(約88億1625万円)で落札された。

11月、アート写真のオークションは舞台を欧州に移して行われた。欧州中央銀行がマイナス金利を導入するなど、この地の景気状況は米国よりもはるかに悪い。予想通り、ニューヨークでの弱気トレンドがそのまま続いた。

フィリップス・ロンドンでの”Photographs”オークションは全体の落札率自体は73%と良好だったものの高額セクターの不落札率が非常に高い47%という内容だった。
クリスティーズ・パリは優れた19世紀のJoseph-Philibert Girault de Prangey のダゲレオタイプが41点出品された。同作の落札は順調だったもののその他の作品は平均的な結果だったことから、全体では75%の落札率だった。希少性の高い作品に対する需要が根強いことが改めて印象付けられた。また話題性が高いロバート・メイプルソープの”Man in Polyester Suit, 1980″は、36.15万ユーロ(約4699万円)で落札された。
同じくクリスティーズで行われたShalom Shpilmanコレクションの単独セールは落札率約62%だった。
ササビーズ・パリでは”Back to Black”が開催された。こちらは、まさに今秋のオークションの傾向を見事に反映した結果で、落札率は約54%にとどまった。高額落札が期待されていたダイアン・アーバスの有名作 “Identical Twins, Cathleen and Colleen, Roselle, New Jersey, 1967″は不落札だった。

その後は、11月13日にパリでテロ事件が相次いだことで、アート・コレクションどころの雰囲気ではなくなってしまった。パリフォトが途中でキャンセルされ、週末に予定されていたオークションは延期されて実施された。それらは平均的な作品のオークションであり、もともとの地合いの悪さも相まって非常に厳しい結果となった。
11月に、ロンドン、パリ、ベルリン、ケルン、ウィーンで開催された8オークションでは、1382点の写真関連作品が出品され、平均の落札率は約59%だった。2015年の年間平均落札率約63%を下回る、厳しい欧州の景気状況やテロの影響が反映された結果だった。

実はこれで今年のアート写真市場は終わりではない。12月17日にササビーズ・ニューヨークで、ロバート・フランクの歴史的なフォトブック “The Americans”収録83点のうち77点を集中的に取り扱う”Robert Frank:The Americans(The Ruth and Jake Bloom
Collection)”が開催される。ロバート・フランク作品は、近年の美術館での回顧展開催でアート性が再評価され、市場価格が上昇した代表例だ。今回の出品作のなかには最近不調気味の高額価格帯のものも含まれる。12月はアートのオフシーズンなのだが、市場がこのオークションをどのように評価し消化するか非常に楽しみだ。市場トレンドが悪化しているだけに、入札参加者が従来のアート写真の範疇のコレクターだけだとややきついのではないかと感じる。現代アート系のコレクターが現代アメリカ写真に興味を持つかがキーポイントになるだろう。

(為替レート 1ドル/125円、1ユーロ/130円で換算)