2015年アート写真オークション
高額落札ベスト10

最近はオークションでの高額落札のランキングの集計が複雑化してきた。写真と広く定義すると現代アート系・オークションに出品される写真表現による作品が含まれてくる。アート写真と比べて、1点ものの絵画などを含む現代アート市場は値段スケールが格段に高いのだ。100万ドル(約1.15億円)を超えるケースは珍しくない。ちなみに2015年にアート写真でこの大台を超えた作品はない。100年前の有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントよりも、エディションがついた現存作家の巨大デジタル写真の方がはるかに高額で落札されるのは珍しくない。それゆえ、ここではオークションのなかの、アート写真関連、つまり”Photographs”と区分されるからカテゴリーから高額落札を選んでみた。
しかし、最近はさらに状況を複雑化しているオークションも散見される。アート写真系でも一部の落札予想価格が高額な作品が現代アート系オークションに出品されることがある。(ダイアン・アーバスやウィリアム・エグルストンなど。)それらも今回の集計に含めることにした。

このような紛らわしい様々な解釈があるのは、現在のオークション・カテゴリーが過渡期を迎えていることの表れだろう。実際に、最近のオークションには、複数ジャンルにまたがるものが急増している。クリスティーズ・パリの「アイコンズ&スタイルス」、ササビーズ・パリの「Now!」、Bloomsburyロンドンの「Mixed Media: 20th Century Art」、ササビーズ・ロンドンの「Made in Britain」、ササビーズ・ニューヨークの「Contemporary Living」などだ。いずれも”Contemporary Art”、”Photographs”、”Prints”、”20th Century Design”のカテゴリーなどの、現代アート、写真、版画、家具、オブジェなどが企画趣旨によって同時に出品されている。以前も触れたが、いま大手オークションハウスは新しいカテゴリー分けの実験を世界各地で行っているのだ。

さて高額落札だが、現代アート系オークションで落札された写真作品を含めると、
1位 シンディー・シャーマン
“Untitled Film Still #48, 1979”
US$2,965,000(約3.4億円)
2位 トーマス・シュトルート
“Thomas Struth, Pantheon, Rome, 1990”
US$1,810,000(約2.08億円)
3位 アンドレアス・グルスキー
“Shanghai, 2000”
£1,109,000(約1.94億円)となる。

この3人と、現代アート系アーティストのリチャード・プリンス、ギルバート&ジョージ、ゲルハルト・リヒター、ジョン・バルデッサリを除外。また、リー・フリードランダーの38点の”The Little Screens Series,1961-70″、ニコラス・ニクソンの40点の”The Brown Sisters  Series,1975-2014″  はポートフォリオなので除外している。

以上の条件で集計したアート写真の高額落札ベスト10は以下の通りになった。

1.ヘルムート・ニュートン
“Walking Women, Paris,1981″(3点組み作品)
US$905,000(約1.04億円)

2.ダイアン・アーバス
“Child with a toy hand grenade in Central Park,N.Y.C.,1962”
US$785,000(約9027万円)
3.ロバート・メープルソープ
“Man in Polyester Suit,1980”
US$478,000(約5497万円)
4.アルフレッド・スティーグリッツ
“From the Black-Window,-291″,1915”
US$473,000(約5439万円)
5.ロバート・メープルソープ
“Man in Polyester Suit,1980”
£361,500(約4699万円)
6.ダイアン・アーバス
“A Family on their Lawn one Sunday in Westchester, NY, 1968”
US$365,000(4197万円)
7.リチャード・アヴェドン
“Dovima with Elephants,1955”
US$341,000(約3921万円)
8.マン・レイ
“Reclining Nude with Satin Sheet,1935”
US$329,000(約3783万円)
9.ウィリアム・エグルストン
“Memphis,1969-1970”
US$305,000(約3507万円)
10.ハーブ・リッツ
“Versace Dress, Back View, El Mirage,1990″
£158,500(約2773万円)(1ドル/115円、1ユーロ/130円、1ポンド/175円で換算)

しかし、写真作品といっても巨大サイズの現代アート的な要素を持つ作品が特にファッション系で増えている。いわゆるラグジュアリー商品化したといわれている種類のアート写真だ。1位のフィリップス・ニューヨークのイーブニング・セールでのメイン作品だったヘルムート・ニュートンの”Walking Women, Paris, 1981” 。これは、171.5 x 149.5 cmサイズの巨大な銀塩写真の3枚組みセット。

また7位のリチャード・アヴェドン”Dovima with Elephants,1955″は、125.8X101.6cm、 10位のハーブ・リッツ”Versace Dress, Back View, El Mirage, 1990″も、134.5X107cmの超巨大作品なのだ。
かつては、銀塩写真の巨大作品は、アナログ写真の引き伸ばしには限界があることからアート写真コレクターにはあまり好まれなかった。これらの巨大作品の高額落札は、明らかに違う価値観を持つ現代アート系コレクターが購入しているのだろう。アート写真としては高額だが、現代アートの相場からすると魅力的な値段に見えるのではないか。

2015年の日本マーケットを振り返る
市場の二極化が進行する

昨年は、日本で写真をアート作品として売ることの難しさを改めて実感させられた1年だったといえよう。アート写真市場の本格的立ち上がりを前提に行われてきた様々な試みが修正を迫られた。

まず2014年まで6回連続して行われていた東京フォト。私の知る限り、2015年は開催されなかった。日本は世界でも有数の経済大国で、写真市場が存在するはずと海外の関係者は考えていた。日本で開催される各種のアート関連のイベントは、そのような幻想から海外からの参加業者を集めてきた。しかし、海外勢は最低限の経費が回収できないと二度と参加しない。 東京フォトは2012年あたりをピークに海外参加者が激減した。2014年はわずか数社だけだった。
実は韓国で開催していたソウル・フォトも同じような経緯を辿っており、初回から運営を行っていた会社が2015年までで撤退するという。ともに来場者はあるものの、写真が思いのほか売れないことで商業ギャラリーの参加が減少傾向をたどってきた。
主催者は写真家の作品を展示して集客する、フォト・フェスティバル的(以下フォト・フェス)な要素を強めて生き残りを図った。しかし文化振興を目的としたイベント事業の開催は、民間ベースでは限界があったのだろう。東京とソウルの一連の流れは、2014年から経済の勢いが違う中国で上海フォトが始まったことも影響しているだろう。
しかし東京フォトの場合、主催者は強い実行力と豊かな人的ネットワークを持っている。海外から有力ギャラリーを招聘し、国際的なフォト・フェアを運営してきた実績は評価に値するだろう。日本独自のフォト・フェアの形を模索して、ぜひ再挑戦してほしい。

このように、コレクター向けの写真販売を目的とするフォト・フェアは、写真愛好家向けの写真展示、ワークショップ、レクチャーなどを行うフェト・フェス化してきた。フォト・フェスのほうがアマチュア写真家も参加しやすく、企業スポンサーも付きやすいのだと想像できる。その典型例が、写真での町興しを目的とする京都の「KYOTOGRAPHIE」だろう。
アマナが中心になって開催した「代官山フォトフェア」も、ギャラリーの販売目的から写真展示と各種イベント開催が中心のフォト・フェスへと軸足を移していた。写真雑誌PHaT
PHOTOも、大田区城南島で写真愛好家向けに「東京国際写真祭」というフォト・フェスを開催している。
写真があまり売れない以上、写真関係のイベントは企業が支援する形式にならざる得ない。写真はデジタル化し、スマートフォン普及などで、急激に民主化し、いまや誰でも写真撮影する時代になった。写真はアートとしてコレクションするものというよりも、自らが撮って楽しみ、また多くの人とコミュニケーションする手段として広がっていったのだ。
今後も、愛好家が集い、互いにコミュニケーションをはかるフォト・フェス的なものが中心に開催されるだろう。

アート写真に鳴り物入りで参入してきた商業写真大手のアマナも経営方針の見直しを行っている。蔦屋と共同でインテリア写真の世界的大手のイエロー・コーナーと合弁会社を設立させた。国内ではイエロー・コーナーでの商品開発や直営店での販売、小売店への卸を通して低価格帯の写真販売に力を入れるという。商業写真で培ったアマナのノウハウが生かせそうだ。
一方でアート系は、有名作家作品をプラチナ・プリントで制作するアマナ・サルトでの海外販売を中心にするそうだ。いままでの実体験を通して得られた市場の状況認識を反映させた現実的な対応だろう。

私も香港の「イエロー・コーナー・パリ」のショップを訪れたことがある。非常に綿密にマーケティングが行われたと思われるヴィジュアル、多岐にわたる取り扱い分野の品揃え、スタッフも親しみがあった。とてもカジュアルな雰囲気で、まさに入りにくいアート・ギャラリーとは対極の場所だった。
この分野の写真販売は一般商品の小売業と同じなので、利便性のよい家賃が高い場所への出店などが求められる。また在庫を揃えた上での薄利多売のビジネスモデルなので、どうしても資本力が必要になる。まさに企業に適した写真関連ビジネスといえるだろう。全くの新市場というよりも既存の版画市場と重なるので、ある程度の市場規模は見込まれる。市場規模が拡大すれば、欧米のように商業写真家やアマチュア写真家が、写真販売で収入を得る新たな道が開けるだろう。

このような状況下でも、欧米市場で資産価値が認められている外国人写真家のプライマリー市場での取り扱い作品はそれなりに売れていた。有名写真家のセカンダリー市場での作品がかなり高価になったので、日本でも中長期的な視点での次世代の有力写真家の物色が始まっているのではないだろうか。欧米のプライマリー市場では様々なキャリアも持つ資産価値構築過程の人たちにより厚い層が形成されている。この中での熾烈な競争から将来のブランド作家が生まれるのだ。
残念ながら、そのように継続して作家活動を行い実績を上げている日本人写真家は非常に少ない。つまりこのカテゴリーへの作品供給がなく、買う側にとっては日本人写真家はなかなかコレクション対象にならないのだ。
一方で、日本人写真家による低価格帯の写真作品、欧米の有名写真家のフォトブックはそれなりに売れていた。資産価値のある作品と低価格帯作品が売れるという市場の二極化傾向は2016年も続くと予想する。

今年を展望するに、市場規模が小さい日本はともかく、実は昨年にオークションの売り上げが大きく減少した欧米市場の動向の方が気になる。いま資本主義システムの大きな構造的な変化が、世界的に起こりつつある。特に中間層がコレクターの中心だったアート写真市場にはその影響が出ているのではないかと疑っている。話すと長くなるので、この点については機会を改めて分析してみたい。