マネー・ローンダリング疑惑のコレクション売却”MODERN VISIONS “オークション がクリスティーズNYで開催

アート写真シーズンは通常3~4月にニューヨーク開催される定例オークションから本格スタートとなる。今年は閑散期の2月17~18日にクリスティーズ・ニューヨークで “MODERN VISIONS (EXEPTIONAL
PHOTOGRAPHS)”という、大注目のオークションが開催される。カタログは通常より一回り大きなサイズで分厚い。イーブニング・セールとデイ・セールに分かれて309点が入札される。トータルの落札予想価格上限は約800万ドル(約9.2億円)となる。

いま貴重なヴィンテージ作品が市場から消えつつあるといわれている。その中でカタログを見るに、19~20世紀の写真史の教科書のような見事な作品がキュレーションされている。 これは単一コレクションからの売却とのこと。
通常はこれだけ大規模な場合、春秋シーズンのメイン・オークションとして取り扱われる。またカタログに価値を高めるために、コレクションの成り立ち、市場の評価などが事細かに記されている。しかしなぜか今回はそれらの情報がどこにもない。さらに調べてみると興味深い事実がわかってきた。
なんと売主はアメリカ政府。オークションに至った経緯はやや複雑だ。2013年、ニュージャージー・ニュアーク米連邦地検は市場価値約1500万ドル(約17.25億円)と見込まれる写真コレクション約2000点を没収。 これらはバイオディーゼル燃料詐欺事件で有罪となったヒューストンのグリーン・ディーゼル社オーナーだったフィリップ・リヴキンのコレクションだったとのこと。これら作品群は詐欺により得られた資金で、マネー・ローンダリングつまり資金洗浄目的で購入されたと伝えられている。今回はクリスティーズが政府から委託されて売却するオークションで、残りの作品は主にオンライン・オークションでテーマごとに編集されて約1年をかけて売却される予定らしい。
コレクションの中心は、20世紀初頭にニューヨークで展開されたピクトリアリズム写真運動として知られるフォトセセッション期の重要作家、エドワード・スタイケン、アルフレッド・スティーグリッツ、アルヴィン・ラングダン・コバーン、フランク・ユージン、ガートルード・ケーゼビアやモダニスト写真の巨匠エドワード・ウェストン、ポール・ストランドなど。また20世紀の欧州写真家、ウジェーヌ・アジェ、コンスタンティン・ブランクーシ、マン・レイ、アンリ・カルチェ=ブレッソン、フランチシェク・ドルチコル、ヤロミール・フンケ、ヨゼフ・スデク、ビル・ブラントなど。日本人では荒木経惟などが含まれる。注目作はギュスターヴ・ル・グレイ(Gustav Le Gray)の”Bateaux quittant le port du Havre (navires de la flotte de Napoleon
III)、1856-57″。港を去っているフランスの皇帝の艦隊帆船のイメージ。2011年6月フランス・ヴァンドームのルイラック(Rouillac)オークションで88.8万ユーロで落札された作品。2011年の平均のユーロ/円レートは1ユーロ111円だったので円貨で約9856万円となる。 今回の落札予想価格は、30~50万ドル(約3450~5750万円)とやや控えめな評価になっている。

リヴキンはエドワード・ウェストンのコレクターとしても知られており、今回もウェストン作品が26点出品される。最注目作はカタログ表紙を飾る”Shell, 1927″。これは1930年ごろにプリントされた貴重作品。落札予想価格は、25~35万ドル(約2875~4025万円)。
一番評価が高いのはエドワード・スタイケンの”In Memoriam,
1901/1904-1905″。落札予想価格は、40~60万ドル(約4600~6900万円)。
カタログの作品来歴を見ると、多くの作品は2010~2011年に、世界中のオークションやギャラリーを通して購入されている。ギャラリー名は、Robert Miller、Edwynn Houk Gallery、Andrew Smith Gallery、Weston Gallery、Zabriskie Gallery、Lee Gallery、Joel Soroko Gallery、Paul Hertzman Vintage Photographs、Bruce Silverstein Galleryなど、アート写真界の錚々たるところからだ。

同時期はちょうどリーマン・ショックによる大きな落ち込みから、オークション売り上げが急激に回復してきたころだ。もし本当に資金洗浄の意味で詐欺資金が使われたのだとすれば、市場の作品評価よりも高く買われた可能性も否定できないだろう。

作品の市場価値はオークションでの落札実績を参考に導き出される。フィリップ・リヴキンがコレクションしていた作品の市場価格は、彼の購入以降に過大評価されてきた可能性が高いといえるだろう。今回のクリスティーズの落札予想価格がやや低めに設定されている印象があるのは、昨年来の相場低迷以外にも、このような事情への配慮があると思われる。
上記のギュスターヴ・ル・グレイ作品の他に、アンドレ・ケルテスの”Distortion No. 6, Paris、1933″は、4万ドル購入されたものの、 2~3万ドル(約230~345万円)、ウジェーヌ・アジェ”Notre Dame、1923″は、ギャラリーから13万ドルで購入したものが、6~8万ドル(約690~920万円)の落札予想価格になっている。

ちなみに2015年の世界中でのオークション総売り上げは72億円程度。約6100点余りの出品数で約3800点が落札されている。アートを取り巻く経済環境が悪化している中での年間に約2000点、1500万ドル(約17.25億円)のセールは市場の需給関係に多少なりとも影響を及ぼすと思われる。

今年は、金融市場の変調とともに、売上低迷によるParis Photo L.A.のキャンセルなど、気になるニュースが出てきている。これから本格的に始まる春以降の市場動向を占う意味でも”MODERN VISIONS (EXEPTIONAL PHOTOGRAPHS)”は要注目のオークションだ。
(為替レート 1ドル/115円で換算)