ライフスタイル系アート・オークション 新規の富裕層顧客は開拓できるのか?

ここ数年、大手オークションハウスは新規客獲得を目指して複数ジャンルにまたがる作品を取り扱うオークションを試みている。通常よりも比較的落札予想価格が低い現代アート、版画、彫刻、写真、家具、陶器などが、キュレーターの価値基準で集められ同じオークションで取引されるのだ。若い世代の消費のスタイルが、高級品のブランド消費から、ライフスタイル消費にシフトしている状況に対応しているのだと思われる。従来は、有名作家の作品を所有するという、ステイタスをアピールするオークションだった。このカテゴリーでは、生活の中に様々なジャンルの良質なコレクタブルを紹介していこうという意図なのだ。
違う見方をすると、大手各社の作品委託競争が非常に激しく、貴重作品を集めるのがますます困難な状況の中で、キュレーション力、エディティング力を駆使して中級クラス作品を中心とした魅力的なオークションを開催したいという思惑もあるだろう。
2016年になり、早くもこのようなライフスタイル系オークションが欧米各地開催されている。ササビーズ・パリでは2月18日に「Now!」が行われた。総売り上げは約108万ユーロ(@130/約1.4億円)、出品213点、落札率は約78%だった。
フィリップス・ニューヨークでは2月29日に「New Now」が開催された。 これはかつての「Under the Influence」。総売り上げは約440万ドル(@115/約5.06億円)、出品295点、落札率は約51%だった。ササビーズ・ロンドンでは3月16日に「Made in Britain」を開催、こちらは総売り上げ211万ポンド(@165/約3.48億円)、出品244点、落札率86%だった。
フィリップスの「New Now」では、高額アート作品中心のイーブニング・セールと、5万ドル以下中心のデイ・セールを行った。前者は従来型の高額品、後者がライフスタイル系のオークションだ。高額品の出品により総落札額は400万ドルを超えたものの、全体の落札率は出品数が多かったことで平均的だった。イーブニング・セールの写真作品で注目された杉本博司による119.4 x 139.7 cmサイズの”Red Sea, 1992 “は、落札予想価格25~35万ドルのところ不落札。勢いが衰えている現代アート市場の状況が反映された結果だったといえるだろう。
この種類のオークションの特徴は、落札予想価格が控えめの、複数ジャンルにまたがる作品が中心なので、あまり目玉作品がないことだ。ちなみに昨年のアート写真だけのオークションの落札率は60%台の前半だ。これと比べると、「Now!」、「Made in Britain」はかなり良好な落札結果だったといえるだろう。ササビーズのプレス・リリースによると「Now!」オークションでは落札の約35%が新規客だったとのことだ。最初のうちは各分野の専門業者やコレクターの参加比率が高いと思われていたので、これはオークションハウスにはかなり勇気づけられる数字だといえるだろう。
今まで開催された大手のオークション内容を見るに、価格帯は抑え気味ではあるが、ターゲットはいままでアートやコレクタブルに関心を持っていなかった富裕層だと思われる。
私はこの企画は、より低価格作品を中間層向けに行った方が効果的だと考えている。ライフスタイル系消費の担い手の中には、高級品消費に飽きた富裕層がいる一方で、収入が不安定かつ減少し、選択的消費を行っている中間層がはるかに多くいるからだ。ぜひ中小業者に積極的に取り組んでほしいのだが、専門家の人材がいないことから彼らにはマルチ分野のオークション開催は難しいかもしれない。大手の場合は、低価格帯の取り扱いはコスト的に難しいだろう。しかしネットなどを活用して行えば新たな市場開拓の可能性があるのではないだろうか。

日本では独立したカテゴリーとしてアート写真オークションは存在しない。国内には独自の市場を持つ写真家がほとんど存在しないことが原因だ。市場を開拓していくには、他のカテゴリーを巻き込んだライフスタイル系のオークションが効果的ではないかと考えている。

SBIアートオークションは、昨年秋に音楽関連商品とアート作品を同時に販売する「ART+MUSIC」オークションを開催している。初めてだったので一般にはあまり浸透しなかったようで、落札率は50%台にとどまった。しかしとても野心的な試みだったと評価したい。ぜひもう一歩踏み込んで、家具、陶器、骨董なども取り込んだライフスタイル系のアート・オークションを企画してほしい。