2016年春ロンドン・アート写真オークション 深瀬昌久”鴉、襟裳岬”が驚きの高額で落札!

5月ニューヨークで行われた大手による定例モダン&コンテンポラリー・アート・オークション。クリスティーズで、美術館創設構想を持つ株式会社スタートトゥデイ代表取締の前澤友作氏が、ジャン=ミッシェル・バスキアの「Untitled」を約5728万ドル(約62.4億円)で個人所有として落札したことが大きな話題になった。彼はその他にも、リチャード・プリンス、ジェフ・クーンズ、アレクサンダー・カルダー、ブルース・ニューマンなどを落札した。
しかし全体の落札結果は決して楽観できるものではなく、オークション総売り上げは昨年比約50%以上も減少している。これはリーマンショック後の回復期の2010~2011年の売上高となる。中国経済の減速などの世界経済の不透明さと、今季はいままで続いていた高額評価の名品の出品が少なかったことが売り上げ減少につながったと分析されている。
さて同時期に開催された大手3社によるロンドンのアート写真オークションはどうだったのだろうか。アート写真は、モダン&コンテンポラリー・アートよりも価格帯がはるかに安いカテゴリーだ。こちらの市場ではいち早く変調が見られた。
昨秋にニューヨークで行われた大手の定例オークションでは、売上総額がリーマンショック後の2009年レベル近くまで急減。落札率も直近ピークの2013年春の81%から60%台まで悪化たのだ。2016年春のニューヨーク・オークションでは若干の回復したものの、弱めのトレンドに変化はなかった。その後に行われた低価格帯中心のニューヨークでの中堅業者のオークションでも平均落札率が前年の67.7%から61.9%に低下。低価格帯市場の低迷が強く印象づけられた。
今回のロンドンは出品総数が昨年並みの388点、低価格帯はわずか19%程度、中間価格帯が全体の2/3を占めていた。ほぼニューヨークの大手オークションと同じ作品構成だった。結果は落札率64.4%とほぼ昨年と同レベル、しかし総売り上げは約34%増加して533万ポンド(約8.79億円)となった。クリスティーズ、フィリップスが大きく数字を伸ばし、ササビーズは減少した。全体的に落札作品の単価が上昇している。これは予想外に順調な結果だったといえるだろう。
大手3社の中で低調だったのがササビーズ。
落札率59.7%、総売り上げも約142.2万ポンド(約2億3469万円)だった。最高額はアーヴィング・ペンのカタログ・カバー作品の”Mouth (for L’Oreal), New York,1986″。ダイトランスファーによる、約69X67cmサイズの1992年制作の作品。落札予想価格の上限に近い22.1万ポンド(3646万円)だった。
フリップスは、落札率67.5%、総売り上げは約224.8万ポンド(約3億7102万円)。今回のロンドンセールでのトップ売上だった。同社のプレス資料によると今回の売り上げはロンドンにおいての史上最高額とのことだ。従来の複数委託者のセール以外に、ファッション中心の「Ultinate Vogue」、個人コレクションの「Collection of Paul and Toni Arden」、若手・中堅を戦略的に取り扱う「Ultimate」、アーティストのポートレートに特化した「Private Collection,
Europe」、独自編集の「Concept. Composition. Creator.」などを加えた作品提示方法とカタログ編集は見事だった。多様な写真表現を、どのようにグルーピングして顧客に提案するかという、プロの巧みな見立て力が発揮されていた。最高額はピーター・ベアードの約124X248cmの巨大コラージュ作品の”Maureen and a late-night feeder, 2.00 am, Hog Ranch, 1987″。落札予想価格のほぼ上限に近い、14.9万ポンド(約2485万円)だった。
今回の大きなサプライズは日本人写真家、深瀬昌久の”鴉、襟裳岬、1976″だった。カタログの表紙を飾るとともに、4ページにわたる解説が記載されていた注目作。カタログ資料によると、プリントは1986年なのでヴィンテージ・プリントではない。しかし、写真家自身プリント制作の36.5X49.1cmサイズのこのイメージのオリジナル作品は2点しか存在が確認されておらず、残り1点はフィラデルフィア美術館に収蔵されているとのことだ。1987年のツァイト・フォト・サロンの「鴉」出版を記念して行われた個展で売られたものとのこと。日本写真をコレクションしている美術館は喉から手が出るほど欲しい作品だろう。落札価格は驚きの9.375万ポンド(約1546万円)。落札予想価格上限の3倍だった。
クリスティーズは、落札率65.9%、総売り上げは約166万ポンド(約2億7412万円)。最高額はこちらもピーター・ベアードの約128X217cmの巨大コラージュ作品の”Heart Attack City, 1972″。マリリン・モンローのヴィジュアルがメインに使用されているベアードの人生が反映された人気作だ。落札予想価格の上限を超える、43.4万ポンド(約7169万円)で落札。今シーズンの最高値だった。
安定した人気を誇るのが杉本博司の海景シリーズ。118.7 x 147.3 cmサイズ、エディション5の”Baltic Sea, 1996″が落札予想価格の上限を超える、26.6万ポンド(約4397万円)で落札されている。

今回のオークション結果からは、とりあえず高額、中間価格帯の市場が比較的安定している状況が読みとれるだろう。一時期に動きが鈍っていたファッション系が予想外に検討した印象だ。有名ファッション写真家の市場にフレッシュな作品も人気を集めていた。落札予想価格の微調整がうまくいったのだろう。
また比較的好調だった背景には為替レートの動向もあったのではないか。2016年早々に、イギリスのEU脱退というニュースが注目を集め、為替相場が一気にポンド安に進んだ。これが米国などの海外のコレクターに割安感を感じさせた可能性があると考えている。ただし、同時期に開催された低価格帯中心のDreweatts&Bloomsbury”Smile-Photographs and
Photobooks from 1960s”オークションの落札率は30%台に低迷している。6月にかけて、欧州各都市で低価格帯中心のアート写真オークションが開催される。いままでの流れだと、こちらはかなり厳しい結果が予想される。

(為替レート 1ポンド/165円換算)