トミオ・セイケ「Liverpool 1981」
写真展の見どころを解説!

ブリッツでは、9月7日からトミオ・セイケ”Liverpool 1981″がスタートする。

1981年、当時まだ30歳代後半だったセイケは、経済的に最悪期のリヴァプールを訪れる。彼は市内のストリートで、当時流行のパンクの髪型とファッション姿の「スキンズ」という若者グループと知り合う。彼らは毎日市内を徘徊してまわり、遊技場や行政が用意した更生施設で時間をつぶしていた。セイケが驚いたのは、このような厳しい経済状況に陥っているのにもかかわらず、彼らが底抜けに明るかったこと。彼はその中の二人の男女に興味を持ち、数日間行動を共にして撮影を敢行。リヴァプールの若者たちの青春の光と影を表現した本作が生まれたのだ。
このわずか数日の撮影を当時のリヴァプ―ルのドキュメント作品だと解釈すべきではない。これはいま写真家として活躍しているセイケによる、パーソナルな原点の確認行為なのだろう。1981年はセイケにとってもキャリア上とても重要な時期にあたる。ちょうどギャラリー・デビュー作”ポートレート・オブ・ゾイ”に取り組む直前で、自らの作品スタイル構築を模索している時期なのだ。本作には、その後のモノクロームの抽象美を追求する作品スタイルへの展開を予感させる作品も数多くみられる。実はセイケは、本作の翌年からロンドンの大道芸人のスナップを撮影している。最終的に、この二作でポートレートの撮影スタイルをある程度確立させたのだろう。
作品テーマ的には、セイケはスイス人写真家ルネ・グル―ブリ(Rene Groebli)の”Das Auge Der Liebe”に多大な影響を受けたと語っている。新婚旅行での新婦をパーソナルにスナップした同書と、”Liverpool
1981″、”ロンドンの大道芸人”が原点となり名作”ポートレート・オブ・ゾイ”へと展開していったと想像できる。本作の発表により、スナップやポートレート中心のトミオ・セイケのキャリア前期の作品展開が、はじめてオーバービューできるようになったといえるだろう。
展示作品はすべて、インクジェットプリンターで制作されたデジタル・アーカイヴァル・プリントとなる。古いモノクロ・フィルムのネガからデジタル・データを作り、インクジェット・プリンターで銀塩写真に近い作品を制作するのは非常に難しい。モニターの画像と、実際のプリントが全く違ったという経験はカメラ趣味の人なら誰もがあるだろう。銀塩写真時代、セイケはファイン・プリント美しさで定評があった。どうしてもアナログかデジタルかという二元論的な視点から作品が解釈されがちになる。しかし今回の展示作品は、作家により過去のアナログ作品が新たに解釈されて制作されたと理解しなければならないだろう。つまりそれは自分がファインダー越しに見たヴィジュアルを、デジタル技術を駆使して、アナログの限界を超えてより自分の当時の感覚に近く再現するということ。これはまさに現代アート的なアプローチに近く、デジタルでアナログに近いプリントを目指して制作しているのではない。これらはキャリア最初期の彼の思い出深い作品群になる。その当時を懐かしむ心的感覚が作品のトーンに反映されているように感じられる。銀塩写真でのプリント制作もできたのに、あえてデジタルで制作した理由はこのあたりの思いの表現を意識したからではないか。
本展では、トミオ・セイケのデビュー作20点が世界初公開される。ぜひご高覧ください!