エルスワーズ・ケリー(1923-2015)は、シンプルでエレガントな絵画や彫刻で知られるミニマリスト系の米国人アーティスト。互いに厳密に分割された色面によって構成されたハード・エッジやカラー・フィールドの絵画で知られている。
実はケリーは1950年頃から借りもののライカで写真撮影を行ってきた。彼の写真作品の一部は、1987年に全米を巡回した「Ellsworth Kelly: Works on Paper」展で、スケッチ、ドローイング、コラージュとともに紹介されている。しかし写真作品は長らく忘れ去られていて、最近になって再発見されたとのことだ。たぶん写真自体がアート表現になり得るという認識が本人にも取り扱いギャラリーにもなかったのだろう。
今回の写真集は2016年春にニューヨークのMatthew Marks Galleryで開催された展覧会に際して刊行されたもの。1950~1982年までに撮影されたモノクロ写真約42点が年代ごとに収録されている。
彼が提示する抽象的な写真世界は、絵画で表現される様々なフォルムと重なっていると感じられる。写真では、3次元の世界が2次元になる。彼はそこに写真空間独特のフォルムを探求している。視覚に入ってくる様々なフォルムは自分の視点が動くと常にに変化する。彼はそのような世界を見る行為の中で、奇跡的なバランスを持つ瞬間を見つけ出そうとしている。
本書では、彼の視覚が木や枝葉などの自然から、しだいに風景、人工物、ストリート、家屋、壁などに広がっていく過程が垣間見れる。特に1968年には、ロングアイアランドの農家の納屋を重点的に撮影。そこに写されている、小屋の扉や壁面により分断される様々なパターン、屋根の形状などは、絵画や彫刻と類似している。
その他の写真では、太陽光線に照らされた明るい場所と影の部分との対比、新たに舗装された部分がある歩道、ペイントされた道路上の白いライン、割れた窓ガラスの一部分、雪に覆われたカーブした丘陵地帯、地下室への入り口の開放部分などが表現されている。
彼の研ぎ澄まされた視覚は、実体のない、ありそうもない場所で、驚くべき魅力的なフォルムを発見している。
ケリーの写真は、モノクロによる抽象写真のカテゴリーに含まれるだろう。この分野では、アーロン・シスキン(1903-1991)が有名だ。しかし、彼の抽象作品は壁面の落書きなど2次元空間のものが圧倒的に多い。一方でケリーの多くの作品は、3次元の空間から創作されている。より写真の特性が生かされているのだ。また写真作品の中に発見できる、様々なパターンやフォルムが、彼の有名な絵画や彫刻と類似している点も大きな特徴だろう。画家エルスワーズ・ケリーの代表作との関連性がわかりやすい写真なのだ。コレクターがそこに大きな価値を見出すことは容易に想像できる。
ちなみに、上記のMatthew Marks Galleryでは、2015~2016年にプリントされた、11X14″サイズでエディション6の作品が1万5千ドル(約157万円)で売られていた。ケリーの絵画をコレクションしている美術館やコレクターには、創作の背景を知る資料としても魅力的な写真作品だと思われる。
最近は「サイ・トゥオンブリーの写真-変奏のリリシズム-」展がDIC川村記念美術館(千葉)で開催されるなど、写真家以外のキャリアを持つアーティストによる写真作品が注目されるようになっている。この現象は、写真のデジタル化進行と現代アート市場の拡大で、写真による表現自体がアート業界で広く認知されてきたことによると理解すべきだろう。
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