米国トランプ新政権後のアート写真市場 スワン・アート写真オークション開催

2月14日のバレンタイン・デーに、米国の中堅業者スワン(Swann Auction Galleries)で”Icons & Images:Photographs & Photobooks”オークションが開催された。ドナルド・トランプ米国新大統領選出後の初のニューヨークでのオークションとなった。経済環境は、新大統領の政策による景気回復期待からダウ工業株平均が史上初の2万ドルの大台を越えて推移している。株高で利益を上げたコレクターは作品を買いやすい状況だといえるだろう。

総売上は約158万ドル(約1.78億円)、平均落札率は73.91%。昨年秋のニューヨーク定例オークションの大手・中堅の平均落札率は約59.8%、全オークション年間平均は61.7%だった。昨秋のような10万ドルを超えるような高額落札はなかったが落札率が高く、事前の予想に違わぬ良好な結果だった。

最高額は、エドワード・マイブリッジ(EADWEARD MUYBRIDGE、1830-1904)の”Animal Locomotion、1887″から50枚セレクションされたセット。落札予想価格上限を超える、6.25万ドル(約706万円)で落札された。スワンのニュースレターによると、マイブリッジ作品は同社にとって非常に縁深い写真作品とのことだ。

実はちょうど65年前の1952年2月14日に元々はレアブック専門だった同社は初の写真オークションを開催している。その時の最高額も、マイブリッジの1000プレートからなる”Animal Locomotion”シリーズ。落札価格はなんと250ドルだったという。昭和27年当時は1ドル360円だったので、円貨では約9万円。ネットと調べると、当時の日本の大卒事務職の初任給が約8900円という。1000プレートからなる最高額の写真の値段はその10倍程度だったようだ。
続く2番目は、22枚からなるNASAのミッションで撮影された宇宙飛行士などの写真セット。これらも落札予想価格上限を超える、4.375万ドル(約494万円)で落札された。
1点もの作品の最高額は、米国アフリカ系の画家で写真家として知られるロイ・デカラヴァ(1919-2009)の”Dancers、1956″で、落札予想価格上限を超える4万ドル(約452万円)だった。彼の名前は知らなくても作家ラングストン・ヒューズとともに制作されたフォトブック”The Sweet Flypaper of Life”(Simon and Schuster, 1955)は聞いたことがあるだろう。フォトブックの代表的ガイドブック”The Book of 101 Books”にも収録されている名作だ。本作などは過小評価されていた20世紀のファイン・プリントを見直す動きの典型例といえるだろう。大手ではなく中堅のスワンで高額落札されたことは、将来的にコレクターがデカラヴァ作品を物色する可能性が高いことを感じさせる。

全体的に好調な結果だったスワンのオークション。しかし、中低価格帯の19~20世紀写真、フォトブックが中心で、中高価格帯のファッション系、現代アート系の出品は非常に少なかった。春の大手業者の定例オークションではそれらセクターの動向を見極めたい。

 一方、日本でもSBIアート・オークションの”Modern and Contemporary Art”オークションが2月18日に開催された。全出品作334点中写真関連は22点とわずか6.5%。海外と比べると極端に少なく感じるが、これでも日本では多い方になる。普段は、写真分野の落札率はあまり高くないのだが、今回は完売している。最高額はロバート・メイプルソープの花の作品”African daisy,1982″。落札予想の下限の138万円で落札された。同オークションでは、いままでは市場性に疑問があるような写真家の出品が見られた。しかし今回の出品作は的確にエディティングされていた印象だった。日本で売れる写真作品の情報がオークション・ハウスに蓄積されてきた証拠だろう。しかし市場性重視の結果は、杉本博司作品の出品が全体の36%を占めている状況なのだ。日本における市場の多様性のなさが改めて印象付けられた。
(1ドル/113円で換算)

“Every picture tells a story” ポートレート写真のアート性と投資価値

先週末にアクシス・シンポジア・ギャラリーでBOWIE:FACES展が開催された。(17日よりブリッツへ巡回)
同展にあわせて、テリー・オニールのエージェントである英国アイコニック・イメージスのロビン・モーガン氏が来日。在日米国商業会議所メンバーの前で、”Passion Investing in Fine Photographs”という講演を行なった。
講演タイトルを和訳すると”アート写真投資への情熱”というような意味になる。他の美術品とくらべて写真市場はまだ歴史が浅く、いまでも比較的低価格で質の高いコレクション構築が可能というような趣旨だ。このあたりのアート作品間の比較分析は特に目新しくはないだろう。
興味深かったのは、彼が頻繁に引用した”エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー”というキーワードだ。直訳すれば、ここでは「写真」だが、すべての絵がそれぞれの物語を語るという意味。ロッド・スチュワートの1971年の名作LPを思いだしてしまうのだが、これはアート写真の中でどの分野を買えばよいかという流れで語られた。もちろん、彼が取り扱うテリー・オニール氏のポートレート系写真作品を念頭に置いているのは明らかだ。
彼の発言はだいたい以下のような内容だ。コレクターが写真を購入して、自宅に飾った場合、友人や仲間に写真が撮影制作されたバックグランドを語って自慢したいもの。複数のレイヤーのストーリーを持つ作品ほど人気が高く、投資的な将来性が高い。もちろん自分が好きで気に入った作品を選ぶのが一番重要。しかし、写真の選択肢は非常に幅広い。判断に悩んだ時は、出来るだけ自分の心が踊る様々なストーリーを持つ写真を選ぶべきということだ。それは、見る側が持つ多種多様な感情のフックに引っかかりを持つ写真を意味すると思われる。
例えばファイン・アート系写真の場合、語られるストーリーとはアーティストの提示する現代社会の様々な問題点などのテーマ性になる。それらは時にコレクターと見る人の高いレベルの知識と理解力が求められる。しかし、モーガン氏が重視するポートレート作品撮影時の様々な逸話には、特に高い理解力は必要とされないのだ。私はこれはアートとしてのファッション写真の評価軸と似ていると直感した。アート系ファッション写真と同様に、撮影された時代の気分や雰囲気が反映されたストーリーが提供されることで、コレクターの興味が喚起されるという意味だと感じたのだ。ただし単に撮影秘話や背景のようなストーリーが語られれば良いのではない。この点は勘違いしがちなので注意が必要だろう。
ヴィジュアルに含まれる情報が多いファッション写真と比べて、ポートレートは、写真を見ただけではなかなか作品の時代性までが読み解けない場合が多い。そこで時代性を持つストーリーが語られることでコレクターの持つ感情のフックへの引っ掛かりが提供されるのだ。様々な情報が伝わることで、撮影された時代背景が見る側で明確化してくるわけだ。ここにポートレート写真がアート作品になり得る可能性を見ることができるだろう。
またモーガン氏は触れていなかったが、ポートレート写真の持つ時代性を見立て、情報として伝えるキュレーター、編集者、ギャラリストが必要とされるのも明らかだ。
BOWIE:FACES展のカタログには、ボウイのポートレート写真とともに、それぞれの写真家のプロフィールや撮影時の様々な興味深いストーリーが紹介されている。これらは、ボウイ好きなコレクターに当時の時代が持っていた気分や雰囲気を思い起こさせる仕掛けとして作用する。それらが自分のパーソナルな経験と重なると、ボウイのポートレートを通して、コレクターと写真家とのコミュニケーションが生まれる。それなくして写真を買おうという気持ちは起きないのだ。
BOWIE:FACES展では、ボウイのスナップやライブ写真の割合が非常に低い。それは、それらの写真は記録的要素が強く、多くを語ることが難しいからだろう。被写体に重きが置かれたブロマイド的な写真と、写真家と被写体とのコラボで作り上げられたアート作品との違いでもある。ファッション写真が1990年代以降にその価値観が体系化され再評価されたように、いまポートレート写真もアート性の再評価が進行しているのだ。その一端を類まれなアーティストでもあったボウイのポートレート作品に見ることができる。
BOWIE:FACES展
ブリッツ・ギャラリー(東京・目黒)
東京都目黒区下目黒 6-20-29 TEL  03-3714-0552
2017年2月17日(金)~4月2日(日)
13:00~18:00入場無料、本展は日曜も開催(月・火曜休廊)

2016年アート写真オークション
高額落札トップ10

毎年オークションでの取引実績の分析や高額落札のランキングの集計を行っている。特に最近は、アート市場のグルーバル化進行と写真メディアの多様化で分析がますます複雑になってきたと感じる。客観的な比較がかなり難しくなってきたのだ。2010年代になって、従来の”Photographs”と現代アートのカテゴリーの写真の垣根がますます消失してきた。ここでは、”Photographs”のオークション結果を集計し分析しているが、現代アートオークションに出品される写真関連作品が増加している。オークション・ハウスによる作品のカテゴリー振り分けは落札予想価格の金額によると理解している。つまり高額価格帯の落札予想のものは現代アート、中価格帯以下は”Photographs”のカテゴリーになる。ほとんどが高額価格帯になるリチャード・プリンスなどはわかりやすい。しかし、シンディー・シャーマン、トーマス・シュトルート、アンドレアス・グルスキー、杉本博司などは落札予想価格の違いで両方のカテゴリーに出品される。また更に状況を複雑化しているのは、例えばダイアン・アーバスの高価なビンテージ・プリントが現代アート系に出品されるケースが散見されることだ。
また、昨年特に気になったのが為替レートの大きな変動だ。オークションは、米国、英国、欧州で取引される、それぞれが、ドル、ポンド、ユーロ建ての取引になる。英国のEC離脱投票の影響でポンドの価値が大きく下がった。私どもは円に換算して比較しているのだが、為替レートの変動により価値が大きく変動する。年間で比較すると、ランキング順位への影響が見られるようになっているのだ。
円の為替の平均レートは、2015年は、1ドル/121.04円、1ユーロ/134.29円、1ポンド/184.99円で換算。2016年は、1ドル/108.79円、1ユーロ/120.33円、1ポンド/147.62円。ドルは年央に円高になった、トランプ新大統領の経済政策期待から再び円安になっている。
それなら単純に高額ランキングを集計すればよいというツッコミがはいるかもしれない。しかし、そうなると上位はすべて現代アート系というような面白味のない結果になってしまう。
ちなみに2016年は、単純な金額ベースでは上位4位までがリチャード・プリンスの作品というような極端な結果になるのだ。将来的には、オークション別ではなく、現代アート系、19世紀/20世紀写真、コンテンポラリー写真のようにアーティストのカテゴリーをもっと細かくしたうえでのランキングが必要なのだと感じている。どちらにしても、写真というメディアの評価基準は非常に流動的になっているのだ。
今回も”Photographs”のカテゴリーに出品された作品中心にランキングを集計している。しかし上記のような条件での結果であることを理解した上でコレクションの参考にしてほしい。また2016年は世界中の34の主要アート写真オークションをフォローしたが、それらがすべてではない。もしデータに見落としがあれば、より正確にするためにぜひ指摘して欲しい。
さて最高額落札だが、現代アート系オークションで落札された写真作品を含めると、5月にクリスティーズ・ニューヨークの”Post-War and Contemporary Art”イーブニング・セールで落札されたリチャード・プリンス(1949-)の”Untitled (Cowboy),2000″だった。

エクタクローム・プリントによる121.3 x 195.6 cmサイズの有名なマルボロ・マンを引用したカウボーイ作品で、落札予想価格のほぼ上限の352.5万ドル(約3.8億円)で落札されている。

上位5位までが100万ドル越え、すべてが現代アート系。なんと4位までがリチャード・プリンスで、5位がシンディー・シャーマン。ちなみに2015年の1位はシンディー・シャーマンの “Untitled Film Still #48, 1979″で、296.5万ドルだった。
現代アート・オークション出品作を除外したアート写真の高額落札ベスト10は以下の通りになった。ギュスターヴ・ル・グレイ作品は別格としても、骨董的価値よりも作家性を重視する、現代写真の評価基準が反映された結果といえるだろう。
  1. ギュスターヴ・ル・グレイ(Gustave Le Gray)
    “Bateaux Quittant le Port du Havre,1856-1857″
    クリスティーズ、NY、2月17日”Modern vision”
    US$965,000 (約1.04億円)
  2. トーマス・シュトゥルート(Thomas Struth)
    “Art Institute of Chicago II, Chicago, 1990”
    フリップス、LDN、11月3日
    £635,000 (約9373万円)
  3. ギルバート&ジョージ(Gilbert & George)
    “Day,1978”
    フリップス、NY、10月5日、6日
    US$670,000 (約7288万円)
  4. ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)
    “Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981”
    (2点セット)
    ササビーズ、NY、4月3日
    US$670,000 (約7288万円)
  5. エドワード・スタイケン(Edward Steichen)
    “In Memoriam, 1901″
    クリスティーズ、NY、2月17日”Modern vision”
    US$665,000 (約7234万円)
  6. ピーター・ベアード(Peter Beard)
    “Heart Attack City, 1972”
    クリスティーズ、LDN、5月20日
    £434,000 (約6406万円)
  7. ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)
    “Flag, 1987”
    クリスティーズ、NY、10月4日、5日
    US$487,500 (約5303万円)
  8. ポール・ストランド(Paul Strand)
    “The Family, Luzzara, Italy, 1953”
    クリスティーズ、NY、4月6日
    US$461,000 (約5015万円)
  9. アンドレアス・グルスキー(Andreas Grusuky)
    “Athens, 1995″(2連作)
    フリップス、NY、4月4日
    US$401,000 (約4362万円)
  10. ドロシア・ラング(Dorothea Lange)
    “Migrant Mother”
    クリスティーズ、NY、2月17日”Modern vision”
    US$389,000 (約4231万円)2016年の平均レート
    1ドル/108.79円、1ポンド/147.62円で換算。

2016年に売れた写真集
荒木経惟の復刊フォトブック「センチメンタルな旅」が1位 !

アート・フォト・サイトはネットでの写真集売り上げをベースにフォトブック人気ランキングを毎年発表している。2016年の速報データが揃ったので概要を紹介しよう。
洋書に関しては、ここ数年のアベノミクスによる短期的かつ急激な円安で販売価格が上昇し、売上高・販売冊数の減少傾向が続いていた。2016年は英国のEU離脱や米国大統領選挙の不透明さから一時為替が円高に振れたが、トランプ大統領選出後は、新政権への政策期待から大方の予想に反して再度円安に逆戻りしてしまった。しかし、年間平均の為替レートは2015年の1ドル121.044円から108.7929円へと円高になっている。結果的に、洋書の売上冊数、売上高ともに改善傾向を示している。購入者が今の為替レートのレベルに慣れてきた点もあるだろう。現在のドル高傾向の継続がやや気がかりだが、とりあえず直近の洋書の売り上げの底は2014年で、市場縮小にやっと歯止めがかかったと判断したい。
リーマンショック後に長らく続いていたのは、当たり外れのない歴史的名作・人気本の再版・改訂版への根強い人気だ。出版社も、売り上げ予想が不明なものよりも、確実性が高いこの種の本の発掘と出版に力を入れている。ちなみに2015年の1位は、カルチェ=ブレッソンの歴史的名作”The Decisive Moment”の復刊本だった。
2016年もこの流れに変化はなかった。今回の1位は荒木経惟の復活した名作フォトブック「センチメンタルな旅」が獲得。
 和書がトップになったのはフォトブック人気ランキング史上初めてだ。同書のオリジナルは、1971年に私家版で約1000部が刊行されている。フォトブックの代表的ガイドブック”The Book Of 101 Books”(Andrew Roth、2001年刊)、”The Photobook:A History volume 1″(Martin Parr/Gerry Badger、2004年刊)にも収録されているコレクターズアイテムだ。荒木と陽子との新婚旅行の全貌が収録されたこの幻のフォトブックは、これまでは長きにわたって新潮社版「センチメンタルな旅・冬の旅」に収められた21点のダイジェストでしか見ることができなかった。本書はオリジナル版の108点がすべて収録されて限定復刻されたもの。納得の1位獲得といえるだろう。

その他の新刊では、ジョエル・マイロウィッツがイタリア人画家ジョルジョ・モランディのオブジェ類をイタリア・ボローニャのアトリエで撮影した”Morandi’s Objects”、

ジャック=アンリ・ラルティーグのカラー作品を初めて本格的に紹介した”Lartigue: Life in Color”、

サラ・ムーンのドイツ・ハンブルグのダイヒトーアホール美術館写真館(House of photography of the Deichtorhallen)で開催された展覧会に際して刊行された”SARAH MOON NOW AND THEN”、ピーター・リンドバークの”A Different Vision on Fashion Photography”、マイケル・デウィックの幻の写真集が未収録作を追加して復刊した”The End: Montauk, N.Y. ” (10th Anniversary Expanded Edition)が入っている。

その他、ヴィヴィアン・マイヤー、ティム・ウォーカー、スティーブン・ショアなどの有名フォトブックはランキングの常連になっている。
2015年暮れに発売されたウィリアム・エグルストンの”William Eggleston: The Democratic Forest”は10分冊の豪華版写真集。さすがに高額本なのでベストテンには入らなかったが、予想以上の売り上げだった。2016年の年末にかけて同書から新たにセレクション・編集された廉価版が刊行されている。2017年には間違いなく売上の上位に登場するだろう。
2016年ランキング速報
  1.  センチメンタルな旅, 荒木経惟
  2. Morandi’s Objects, Joel Meyerowitz, 2016
  3. Vivian Maier: Street Photographer, 2011
  4. Tim Walker Pictures, 2015
  5. Uncommon Places: The Complete Works, 2004
  6. Lartigue: Life in Color, 2016
  7. The End: Montauk, N.Y., Michael Dweck, 2016
  8. Sarah Moon: Now And Then, 2016
  9. Peter Lindbergh:A Different Vision on Fashion Photography, 2016
  10. What We Have Seen, Robert Frank, 2016
ランキングの詳細は、近日中にアート・フォト・サイトで公開します。