先週にフリップス・ロンドンで行われた”20th Century & Contemporary Art Evening Sale”では、今年になって相場が急騰しているウォルフガング・ティルマンズのFreischwimmerシリーズからの”Freischwimmer #84 ,2004″が、落札予想価格を大きく上回る60.5万ポンド(約9075万円)で落札されて大きな話題になっている。有名アーティストのエディションが少ない国際的に活躍する人気作品への強い需要が改めて印象付けられた。
今季の欧州アート写真オークションの結果を振り返るに、低価格帯カテゴリーの低迷が相変わらず続いている印象が強かった。ここからはその原因を考えてみたい。
いままでは、アート写真の主なコレクターだった中間層の没落がこの状況を引き起こした主因だとを考えていた。最近は、それとともにインターネットの普及も一因ではないかと疑っている。つまり、アートの情報がネットで発信・拡散され、また作品自体を販売されるようになったことだ。どのように考えているかを簡単に説明してみよう。
かつて、といってもわずか15~20年くらい前までは、アート写真をオークションで買う場合は、海外の業者からカタログを航空便で取り寄せる必要があった。もし入札する場合は、現地に赴くか、電話するか、事前に入札額の書類を提出する必要があった。銀行の残高照明を求められることもあった。落札結果はFAXか郵送されてきた。アート写真の情報にはかなり偏りがあり、コレクターやディーラーでさえすべての情報を持っていたわけではなかった。
現在は、その状況が大きく変化した。世界中で行われるアート写真のオークション情報はすべてネット上で公開されている。オンラインでの入札やカード決済も可能になり、結果も即時にわかる。従来の公開オークション以外にも、テーマごとのオンライン・オークションが大手競売業者や専門業者により頻繁に行われている。
かつてのコレクターはゆっくりと時間をかけてカタログを眺め、欲しい作品を吟味して入札していた。いまや自主的に情報を取りに行くと、おのずと膨大な情報の洪水に直面してしまう。アート関係のウェブサイトは世界中に無数にあり、日々情報満載のニュースレターが送りつけられる。
情報は多い方がよいに決まっている。しかし、問題は人間の情報処理能力なのだ。いまアート情報のオーバーロードが起きているのではないか?これが私がいま持っている素朴な疑問だ。心理学によると、情報が多いと人間は判断無能に陥り、コンテンツの内容判断が的確にできなくなり、しまいには選択を放棄するといわれている。
オークションは現状販売となる。高額作品は点数が少ないものが多く現物確認が必須だが、低価格帯作品はエディション数が多く、業者のコンディションレポートを頼りに入札することも多い。高額品は通常の公開オークションに、低価格帯はネットオークションに向いている。たぶん低価格帯作品の情報量がより増加したのではないか。結果的にコレクターは同じような作品の情報に触れる機会が多くなる。心理的に、いつでも買えるような気分になり、作品の競り合い少なくなったのではないか。情報量が少ない時代は、欲しい作品はいま買わないと二度と入手できないかもしれないという、脅迫概念があったものだ。
また人間は判断不能に陥れるとブランドに基準を求める傾向がある。その結果として、低価格帯カテゴリーでは知名度の高い写真家の作品が好まれ、その中でも代表作や有名作に人気が集中してるのではないだろうか。
いま業界では、ネット普及のアート市場への影響がホットな話題になっている。わたしどもも市場の最前線の動きを参考にしながら分析を継続していきたい。