欧米のフォトブック解説書を読み解く
(パート1)
写真集との違いを知っていますか?

ヨーグ・コルバーグ(Jorg Colberg、1968-)による、フォトブック解説書「Understanding Photobooks(The Form And Content of the Photographic Book)」(A Focal Press Book)をタイトルに魅かれて読んでみた。アマゾンでは2016年刊と記載されているが、それはハード版で、ペーパー版は2017年に刊行されている。本書の著者ヨーグ・コルバーグは、写真家、ライター、フォトブックの教育者。写真関連メディアに数多くの文章を寄せている専門家だ。
序文には、フォトブックの重要性がアート写真界で高まっているのにフォトブックとはなにか、どのように機能するかのメカニズムや情報を解説したガイドが存在していない。作家と制作者のために、フォトブックのイメージ、コンセプト、シークエンス、デザイン、プロダクションの関係性をより良く理解してもらうことを目指して執筆したと書かれている。今回は本書を通して、海外の最新事情と、フォトブックがどのように認識されているかを確認しよう。

まず最初にフォトブックの意味を再確認しておこう。日本では写真が掲載されている本はすべて「写真集」と分類される。しかし、現在の欧米のアート写真界では、写真集は、フォトブック、モノグラフ、アンソロジー、カタログなどと色々な種類に分けられている。日本と同様の広い意味で使われるのが、フォトグラフィック・ブックやフォトグラフィカリー・イラストレイテッド・ブックとなる。そのなかでフォトブックは、作家のテーマやコンセプトを写真集のフォーマットで表現したものだと理解されている。いまやアート写真表現の一分野としてコレクションの対象にもなっているのだ。

本書には、海外の現実的なフォトブック事情がていねいに書かれている。2015年英国のフィナンシャルタイムズに、フォトブックがブームになっているという記事が掲載された。デジタル化進行で出版コストが劇的に下がって、フォトブック制作の敷居が低くなった。状況をあまり知らない人は、無名や新人の写真家でも優れた内容なら売れるようになったと勘違いしがちだと指摘している。
実際にそのような例はあるようで、例えばフォトジャーナリストのCristina de Middleによる”The Afonant” (2012年刊)が紹介されている。これは、1964年のザンビアの宇宙計画を事実とフィクションを混ぜて表現したもの。自費出版した1000冊が完売したという。昨今は有名写真家でも短期間に1000冊売るのは容易ではない、大変な快挙といえるだろう。
このような例は誇張され一般化されがちだが、実際は極めて稀なケースのようだ。過去15年で、アート関連本の市場は大きく変化した。90年代後半ごろまでは、一般的なフォトブックは4000冊程度を印刷するのが当たり前だったという。それが写真や印刷のデジタル化進行により、膨大な数のフォトブックが刊行され流通するようになった。市場が供給過剰となり、いまや1500冊程度しか作られなくなったというのだ。実際に新興出版社が発行部数を絞って良質な本を出して完売するケースも散見されるという。そして、売り切れたら再版するというビジネスモデルだ。同書によると全体の売り上げ冊数自体は90年代後半とほとんど変化がないという。新興フォトブック出版社を経営するマイケル・マック氏は、世界中のシリアスなコレクターは500名くらいしかいない。出版ブームはバブルの様相になってきており、それが持続するかは時間が証明してくれるとかなり慎重な見方をしている。
ニューヨークの専門店ダッシュウッド・ブックのデヴィット・ストレテル氏は、世界には数百人のコレクターがいるとしている。市場縮小が起きても、フォトブック表現における膨大な範囲の興味が存在することから、市場への関心は決してなくなりはしないとみている。
関係者により見方は様々なようだ。フォトブックの出版冊数は増加しているものの、市場規模自体には大きな変化がないようだ。つまりフォトブックの種類が増えたことで、1冊の販売数が減少傾向にあるという意味のようだ。たぶん販売が増えない理由の一つには、フォトブック情報の氾濫があるだろう。いま多くの出版社、販売店、ネットショップ、写真家からフォトブック関連情報が日々発信されている。以前にアート写真オークション分析の時に述べたように、読者は情報の洪水の中で消化不良を起こしているのではないか。

本書「Understanding Photobooks(The Form And Content of the Photographic Book)」は英文だが、非常に簡素でわかりやすい表現で書かれている。全部で7章に別れていて、本文内容を最終章で17のフォトブック制作のルールという形式で丁寧にまとめている。英語があまり得意ではない人は、このルールを読んだ後に興味あるルールに関連した章を熟読すればよいだろう。実際例として”In Focus”というセクションで、5冊のフォトブックを取り上げて解説している。私の知っている写真家では、リチャード・レナルディ―の”Touching Strangers”(Aperture、2014年刊)のカバー写真が、編集とシークエンスの実例の項目で紹介されていた。

制作上で一番重要なのは、作品コンセプトをフォトブック形式で展開していくとしている。ルール#1の「”なぜこのフォトブックが作られなければならないか”という質問に対する良い回答を持とう」で語られている。コンセプトという言葉が出てくると多くの人が苦手意識を持つだろう。これに関して本書はわかりやすく解説している。つまり、それぞれのフォトブックはシンプルな写真家が認識した問題に対しての解決法を提示している。写真を使用してどのようにストーリーを語るか、また読者に特定な経験を提供できるかということだ。本作りで重要な全ての要素はここの部分の明確化と、関係者の共通理解にかかっている。たとえば、写真の配列を考えるシークエンスと編集作業。これも基本はコンセプト、つまり中心になるメッセージを伝えるために考えていかなくてはいけない。ここの部分が欠如していると、ただ写真を感覚で選んで並べるだけになってしまう。メッセージを伝えるための手段だったはずが、制作する行為自体が目的化するケースだ。その場合、判断基準がないので、どうしてもデザイン的な要素が優先されてしまう。

実は、私は最初に写真ありきのフォトブックもあると考えている。ただしそれには第3者による見立てが必要になる。これは、限界芸術の写真版として提唱しているクール・ポップ写真とまったく同じ構図となる。その場合、写真家ではなく、見立てる人が制作チームのまとめ役になると想定している。それは本書で書かれているような欧米の考え方とは全く違ったアプローチで作られる、日本独自のアート作品としてのフォトブックになる。

 パート2では、”フォトブックの作り方 17の基本ルール”を更に詳しく解説しよう。