2018年ブリッツの写真展開催予定
高橋和海「Eternal Flux」展

2018年は、高橋和海の「Eternal Flux」(- 行く水の流れ -)からスタートする。会期は、1月9日(火)から3月10日(土)まで。

Ⓒ Kazuumi Takahashi

高橋の展示は、2009年開催の 「Moonscape – High Tide Wane Moon-」以来となる。彼は、前作で月と海の組写真を通して、月の引力と地球の海との関係性や、その潮の満ち引きの私たちの行動への影響を提示。作品は、大型カメラ(4×5版)を使用し、自然との長時間の対峙の中から生みだされた。静謐かつ瞑想感が漂う風景シーンは、人間が自然の大きな営みのなかで生かされている事実に直感的に気付かせてくれる。無限な宇宙の中では、一人の人間の人生の悩みなど取るに足らない、などとよく人生論の本などに書いてある。しかし、日々忙しい生活を続けていると、様々な悩みごとやトラブルが世の中のすべてのように感じてしまう。言葉を変えると、自分の持つ狭いフレームを通して世界を把握しているともいえる。瞑想や座禅を通して、自らを客観視する方法もある。しかし、私たちは優れたアート作品と対峙することで直感的に自らの思い込みに気付くのだ。宇宙飛行士は、宇宙空間に身を置くことで直感的に何か神々しいものの存在を感じたという。それに近い体験だと思う。私たちは気軽に宇宙に行くことはできないが、優れたアートを体験できるのだ。高橋の作品は、見る側が自らを客観視するきっかけを提供してくれる。私たちはそれらによって、癒されるとともに、枯渇していたエネルギーが再注入される。ただしアートの効用をうまく生活に取り込むには、本人がどれだけ人間の認知能力の特性を学び理解しているかが問われる。

「Eternal Flux」は、永遠に続く絶え間ない変化、という意味。サブタイトルの「行く水の流れ」は、方丈記を意識して付けられている。本作で、高橋はライワークとしている宇宙の営みの視覚化をさらに展開させている。今回は、海の水は太陽によって蒸発し、再び水に還り、雨として陸地に降り、そして再び海へと還るという、完全なる水の循環サイクルを意識して作品を制作。その自然サイクルから現代社会の諸問題の解決ヒントを導き出そうとしている。人間が自然を支配するという西洋的な思想が、地球の資源を消費し自然破壊を引き起こしてきた。それに対して、仏教の輪廻に通じる自然サイクルを重視する考えが、この問題への対処方法になるのではないかと示唆しているのだ。

いまや日本の伝統的美意識の「優美」をテーマにするのは風景を撮影する写真家の定番といえるだろう。私は写真家の知識、経験の違いにより、見る側が受けるコンセプトの深みがかなり違うと考えている。例えば、ネット上の解説を引用しているだけのものと、長い人生経験を通して自らが紡ぎだしてきた感覚がテーマに昇華した作品は全くの別物だろう。高橋の場合、作品のテーマ性が人生と深いかかわりを持つ。彼は潮の満ち引きが生活に根付く漁師の家に生まれ、常に自然のリズムを意識しながら生きてきた。その延長線上に、宇宙の営みの仕組みを解明して視覚化するというテーマを膨らましてきたのだ。

本展では、デジタル化進行で制作が困難になった貴重な銀塩のタイプC・カラープリントによる作品16点が展示される。ぜひアナログ・カラープリントの持つ、ぬめっとした芳醇な質感を実感してほしい。会場では、フォトブック「Eternal Flux」(SARL IKI 2016年刊)も限定数販売される。プリント付き限定カタログも現在進行形で制作が行われている。2018年正月は、新年にふさわしい清々しい風景写真をぜひご高覧ください。

http://blitz-gallery.com/

アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド(連載) (4):ファッション写真の美術館展カタログの歴史

長きにわたり、ファッション写真は作り物のイメージなのでアート性は認められていなかった。しかし、70年代以降の欧米では写真は客観的真実を伝えるのではなく、写真家がパーソナルな視点で自己表現するメディアと認識されるようになる。ここで作りものの写真だから評価に値しないという考えが覆ったのだ。70年代後半から、美術館やギャラリーでのグループ展などが開催されるようになる。それらを通して優れたファッション写真は各時代の言葉に表せない人々のフィーリングを伝えるメディアだと認識されるようになる。欧米の美術館はアートの歴史で見逃されていた価値基準を再評価して、そこに新たなページを書き加えてきた。ドキュメントやファッション写真のアート性はその活動から見いだされた。
美術館がファッション写真独自の価値基準を認めると、プライマリー市場でギャラリーが作品を取り扱いコレクターが購入するようになる。そして時間経過とともにセカンダリー市場のオークションでも頻繁に売買されるようになり、相場が上昇した。30年前、ほとんどのコレクターが見向きもしなかったファッション写真は、いまでは市場の人気カテゴリーとなったのだ。

一番高価なのはリチャード・アヴェドンの代表作“Dovima with elephants”(1955)だろう。ディオールの黒いドレスのモデルと象の作品。誰でも一度は見たことがるだろう。2010年11月に、クリスティーズ・パリで1978年プリントの216.8×166.7cmサイズ作品が約115万ドルで落札された。当時は円高時で1ドル82.50円くらいだったので、円貨だと約9,503万円となる。
以上の流れを踏まえて、私がアート系のファッション写真のオリジナルプリントやフォトブックを選別する場合、以下の3点を判断基準にしている。今回の連載でも、それらに該当する写真家のフォトブックを取り上げていくことになる。
 
a.美術館などで開催されるグループ展に選出されている、

b.アート・ギャラリーでの個展開催や取り扱い実績、
c.アート写真オークションに作品が継続的に出品されている

アート系ファッション写真のフォトブックの刊行数は、美術館による再評価以前は非常に少なかった。リチャード・アヴェドンやアービング・ペンなど、作品プロジェクトのアート性が認められていたファッション写真家のモノグラフが中心だった。またそれ以外は、アートのカテゴリーというよりは、服飾のファッションのカテゴリーで取り扱われていた。90年代になり、ファッション写真のアート性が市場で広く認識されるようになると、上記のフォトブックのアート性の価値が見直される。見向きもされなかった本がレアブック扱いされるようになる。同時に過去に活躍した写真家の作品が見直されて再評価されるようになり、新たにフォトブックも刊行されるようになるのだ。
今では有名なギイ・ブルダン、リリアン・バスマン、ソール・ライターなどもここに含まれる。いま刊行されている多くのファッション系フォトブックは、90年代以降に再評価された写真家によるものだ。分類すると以下のようになる。

(1)美術館で開催されたファッション写真の展覧会カタログ
(2)ファッション写真のアート性が認識される以前の本
(3)90年代以降に再評価された写真家の本

すべては、美術館で開催されたファッション写真のグループ展での写真家たちの評価から始まる。これらの展示に作品が複数回選出された人がコレクター間で人気作家となる。実際のフォトブック紹介にあたって、個別の写真家のモノグラフよりも、まず20世紀に刊行された美術館展カタログの紹介から始めるのが適当だと考えた。(ちなみに21世紀のファッション写真の展覧会カタログは別の機会に紹介する。)以下に、私が選んだカタログのリストを上げておく。次回以降に個別に紹介していきたい。

“The History of Fashion Photography”Nancy Hall-Duncan, Alpine Book Co.Inc New York, 1979
“Shots of Style – Great Fashion Photographs Chosen by David Bailey” Vivtria & Albert Museum, London, 1985
“Images of Illusion” The fashion Group of St.Louis, 1989
“Appearances : Fashion Photography Since 1945” Martin Harrison, Jonathan Cape, London, 1991
“VANITES – PHOTOGRAPHIES DE MODE DES XIXe ET XXe SIECLES” CENTRE NATIONALDE LA PHOTOGRAPHIE, Paris,1993

もしかしたら、私が把握できていない美術館展カタログもあるかもしれない。資料を持っている人はぜひ情報を提供してほしい。

写真展レビュー
アジェのインスピレーション
ひきつがれる精神
東京都写真美術館

本展は、フランス人写真家ウジューヌ・アジェ(1857-1927)の20世紀写真史への影響を多角的に考察するもの。東京都写真美術館(以下、都写美)のプレスリリースによると、”アジェがこの世に遺した20世紀前後に捉えたパリの光景の写真が、なぜ現代も多くの写真家たちに影響を与え、魅了してやまないかを考察します”と書かれている。
アジェを評価した、マン・レイ(アーティスト)、ベレニス・アボット(写真家)、ジュリアン・レヴィ(ギャラリスト)、ジョン・シャーコフスキー(NY近代美術館ディレクター)の4人のアメリカ人の視点を通して、アジェの写真界への影響を探求。展示は、同館収蔵の12人の写真家の作品158点と写真集などの資料で構成されている。同展カタログに掲載されている学芸員の鈴木佳子氏の解説では、”ジャーコフスキーはアジェとウォーカー・エバンス以降のアメリカ写真家たちをリンクさせ、写真史の大きな流れを作り出すという、偉大な偉業を成し遂げている”と語っている。また、アジェが何で写真史で高く評価されてかの解説を前記の4人の言葉を引用して的確に行っている。
本展は、アジェを近代写真の元祖としているシャーコフスキーの写真史へのまなざしを、都写美のアジェ・コレクションをベースとしてその他収蔵作品を有効的に利用して再解釈したといえるだろう。アジェの影響をやや拡大解釈している印象はあるが、たぶん展覧会実現のために確信犯で行っている考える。

展示の見どころ解説は様々なところで書かれているので、ここでは展示されている個別作品に触れてみよう。アジェの詳しいプロフィールやキャリアは、展覧会カタログに掲載されている写真評論家の横江文憲のエッセーを参考にしてほしい。

まず本展の主役であるアジェの100年以上前に制作されたオリジナルの薄茶色の鶏卵紙作品は必見だろう。同館は開館時に114点を購入し、現在までに150点を収蔵しているとのこと。その中から約38点がセレクションされている。それと比較して展示されているのがベレニス・アボット制作のアジェの銀塩写真。黒白のトーンが強調されて感じられオリジナルとは印象が全く違う。しかし、モノクロームの抽象美が表現された作品群はアボットがアジェのプリントを再解釈して制作した全くの別物として鑑賞したい。

マン・レイの、カメラを使用せずにオブジェを感光材の上に置いて露光したレイヨグラム作品も必見だろう。これは同館が1990年にプレ開館するときに約8億円の予算をかけて収集した名品の一部。当時は“有名作品 買いあさり?”などと一部に批判があったものの、写真の相場はこの27年間で高騰している。買いあさりどころか、先見の明があったと高く評価できるだろう。1990年4月11日の朝日新聞の記事によると、同作品の購入費用は570万円だったいう。

ちなみに以前に紹介したが、今年の11月のクリスティーズ・パリで行われたアート写真オークションでは、マン・レイの“Noire et Blanche, 1926”が、落札予想価格上限の150万ユーロを大きく超える268.8万ユーロ(3.57憶円)で落札された。これはオークションでのマン・レイ作品の最高額となる。都写美のレイヨグラム作品の市場評価もかなり高価になっていると予想できる。写真の右下の黒い部分にはマン・レイの直筆のサインがあるので、じっくりと鑑賞してほしい。その他、同展では日本ではめったに鑑賞できない貴重な作品が目白押しだ。シリアスな写真コレクターは各コーナーごとに展示されている数々の名品に、唸ってしまうのではないだろうか。アジェ以前の19世紀の都市整備事業のパリ改造を記録撮影したシャルル・マルヴィル、アルフレッド・スティーグリッツの美しい銀塩作品“Poplars、Lake George、1920”とフォトグラビアの“The Steerage(三等船室)”、ウォーカー・エバンスの20年から30年代の12点の作品は必見。彼の“Flower Pedder’s Pushcar, 1929”には、右下のマット部分に直筆のサインが見られる。見逃さないようにしたい。
現代アメリカ写真ではリー・フリードランダーによる、おもに60年代に撮影された代表作が10点展示されている。
日本人写真家、森山大道、荒木経惟、深瀬昌久、清野賀子の同時展示には違和感を感じる人もいるかもしれない。しかし、これはアジェとMoMAのジョン・シャーコフスキーとのかかわり、そして、彼とカメラ毎日の山岸章二とが1974年に同館で開催した「ニュージャパニーズ・フォトグラフィー展」でつながってくる。ちなみにMoMAでの展示には、深瀬、森山が選出。展覧会カタログも資料として展示されている。そして、出品日本人写真家は、みな自らのアジェからの影響を声高に語っていると紹介されている。

唯一のカラーが清野賀子の作品。シャーコフスキーが引用されているので、一部にアメリカのニューカラー作品を展示すれば、展示作の関係性がより重層化したのではないかと感じた。

フォトブックの展示にも注目したい。数ある有名フォトブック・ガイドに例外なく収録されているのが、“Atget Photographe de Paris”だ。ニューヨークの有名なウエイー・ギャラリー(Weyhe Gallery)で1930年に開催された写真展に際して、米国版、フランス版、ドイツ版が刊行。本展の展示物はドイツ版だと紹介されている。アメリカ版はワイン・レッドの布張りで知られている。同書のタイトル・ページ左側には、アボット撮影のアジェのポートレートが収録されている。本展でもこの見開きページが展示されている。

シャーコフスキーが1981年から1985年にMoMAで4回開催した“The Works of Atget”展の4分冊のカタログも展示されている。もっとも忠実にアジェの鶏卵紙プリントを印刷で再現しているといわれている。アジェのファンなら全4巻揃えたいだろう。実はこれらの本は出版数が多いので、いまでも古書市場で比較的容易に入手可能。一番人気が高く高価なのが第2巻の“The Art of Old Paris”だ。

アジェの写真が初めて印刷物で紹介されたのが、
“LA REVOLUTION SURREALISTE(シュルリアリズム革命)”の1926年刊の第7号。”バスティーユ広場で日食を見上げる人たち”が表紙に掲載されている。アジェの写真にシュールレアリスム的な要素を見出して初めて評価したのがマン・レイだった事実は広く知られている。その時にいつも同書が引用される。私も初めてオリジナルを見たが、現在のニュースレターや冊子に近いのがわかった。(写真は上記美術館チラシに掲載のものと同じ)

アジェのストレートな写真とシュールレアリスムとの関係性はややわかりにくいかもしれない。同展カタログに掲載されている学芸員の鈴木佳子氏の解説は非常にわかりやすいので紹介しておこう。一見まったくかけ離れている2種類の作品について、「ストレート写真にこそ現実を超えた世界がある、というシュールレアリスム本来の概念に注目する必要があるだろう」と説明している。

本展は、都写美の珠玉のコレクションを有効利用した、写真史の教育的な要素も持った優れた発想の企画だと評価したい。アート写真やフォトブックのコレクション、写真でのアート表現に興味ある人には必見の展覧会といえるだろう。様々な写真家や関係者たちの影響が複雑に提示されているので、写真史の知識がない人はつながりが見えない場合もあるかもしれない。関係性が不明だと感じたら、ぜひその部分の写真史を詳しく学ぶきっかけにしてほしい。
個人的には、現代アート系のアーティストたちも展示して、アジェの美術界全体への関わりを提示して欲しかった。
本展はコレクション展なので、同館にはその関連性を提示するような適当な収蔵作品がなかったかもしれない。現代アート分野は20世紀写真と比べてもかなり高額になっている。現在では、このカテゴリーの優れたコレクション構築は極めて困難だと思われる。コレクション展の枠の中ではなく、作品を他美術館から借りたりして、アジェの影響をもっと大規模に展開したような展覧会企画を将来的に期待したい。

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Collection
アジェのインスピレーション ひきつがれる精神
東京都写真美術館

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