写真展レビュー サラ・ムーン「巡りゆく日々」 銀座 シャネル・ネクサス・ホール

Femme voilée ⓒ Sarah Moon

フランスのファッション写真家、映像作家としても知られるサラ・ムーン(1941-)の「D’un jour a l’autre 巡りゆく日々」展が、5月4日(金)まで銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催されている。

本展ではサラ・ムーン自身が構成を手掛け、日本初公開作・新作を含む1989-2017年に撮影された約100点が展示されている。日本での本格展示は、2016年4月に何必館 京都現代美術館で開催された「Sarah Moon 12345」展以来となる。

アーティスト活動を行うファッション写真家のキャリア回顧は非常に難しい。同じファッション系写真でも、時代性が反映されたアート性が高いものと、単に洋服の情報を提供しているものが混在しているからだ。後者の写真の展示だと、写真家の創作ではなくファッションを撮影した仕事の紹介になってしまう。これは、写真展、フォトブックでも同様となる。彼らはお金を稼ぐので、キャリアを記念碑的に振り返る豪華本を制作したり、豪勢な展覧会を開催したりする。これは展覧会や写真集を通しての仕事関係者へアピール的な要素が強くなる。広告と同様にアート・ディレクターが企画を行い、写真家の営業活動の一環として行われる。したがってこのような展示や写真集は、シリアスなアートファンや評論家にはなかなか評価されない。まして写真家作品の市場価値には何も影響を与えないのだ。
現在でもこのような種類の写真展が圧倒的に多い。しかしその中にファッション写真が成立していた時代の気分や雰囲気を表現したものも存在している。長い過小評価や無視の時代が続いたが、いまでは優れたファッション写真はアートのカテゴリの一部だと考えられるようになった。キュレーターやギャラリストは理論武装したうえで、その違いを見つけ出して、両者を明確に区別している。

今回のサラ・ムーン写真展”巡りゆく日々”は、そのタイトルが示唆しているように本人の回顧写真展的な性格が強い。しかし、決して過去のファッション写真の紹介に陥ることなく、パーソナルな視点で自らの表現者のキャリアを振り返ることに見事に成功している。過去の代表作の年代順展示ではなく、自らの手による作品セレクション、展示ディレクションが大きな特徴だろう。過去の作品をベースに、全く新しい世界を作り上げているのだ。頭のなかで過去と現在が行き来して、様々な思いが交錯するような状況を展示で表現しようとしている。

展示は大きく5つのパートで構成されている。それぞれに特に明確なテーマは提示されていない。誰の人生においても、何らかの強い思い出があり、その前後の様々な意識や感情が連なって記憶として存在しているだろう。記憶はずっと継続して存在しているというよりも、時々のライフイベントが中心になって断片的な連なりとして点在しているのではないか。本展でサラ ムーンは、自分の頭と心の中に去来してまた消えていく記憶の連なりに思いをはせ、それらを振り返り、再び現実に戻る行為を繰り返し行っている。長年連れ添ったご主人で編集者のロベール・デルピール氏が2017年9月に亡くなったことも作品セレクションに影響を与えていると思われる。すべてのパートごとに、過去の写真と最近の写真が混在している。それゆえ1点の写真は特にインパクトが強いものである必要はない。今回の展示ではアイコン的なファッション写真はほとんど登場しない。結果的にファッション写真も、ポートレート、旅行、風景、静物などの写真と共に彼女の人生の一部として並列に登場してくる。
一見、日本で好まれるフィーリングの連なりのような写真展示ととらえられがちだ。しかしすべての背景に、ファッション写真制作のベースとなる時代認識が存在している。それが自分の人生と関連付けられ、ヴィジュアルのリズム・流れや作品フォーマットが決められているのだ。言い方を変えると、彼女がファッション写真家として人生体験を通して記憶化されたもの、頭の中で意識に上った気づき、考えが、展覧会の3次元時間軸のなかで写真を通して再構築されている。映像作家でもある、サラ・ムーンらしい展示といえるだろう。

このアプローチは、やや写真のカテゴリーは違うがドイツ人写真家のマイケル・シュミットに近く感じる。また、サラ ムーンが影響を受けたかは定かでないが、ロバート・フランクが近年になって続けている、”Tal Uf Tal Ab”(2010年刊)、”You Would” (2012年刊)などのヴィジュアル・ダイアリー・シリーズも彷彿させる。彼は同シリーズで、過去が現在にどのように影響を与え、またどのように人生がフォトブック形式で記述可能で、形作られるかの提示に挑戦し続けている。もしかしたら彼女が本展で提示している時代性に共感を持てない若い層の人もいるかもしれない。

ファッション写真は、それが成立した時代に、共通の価値基準が存在していることで共感を生む。彼女が活躍していた80~90年代前半くらいまでには多くの人が似通った夢や未来像を持っていた。彼女はそれを感じ取り巧みに作品に反映させてきた。これがファッション写真家のサラムーンの真骨頂なのだ。しかし、2000年以降は価値観が細かくばらけてしまい、多くの人が共感するファッション写真はもはや成立し得ない状況になった。本展を見て、共感するのはかつての時代を経験した人、共感しない人は、当時を知らない人ということになるだろう。

本展では2000年以降の作品が多数含まれ、それ以前の時代の強い共通の価値観が薄められている。それは、ファッション写真でのアート表現の現状を的確に提示しているともいえるだろう。価値観が多様化したことでファッションのアイコン的な作品が生まれにくい状況になっているのだ。本展では、21世紀のアート系ファッション写真が、展覧会やフォトブックを通して、パーソナルな文脈から提示される可能性があると感じた。

写真展タイトル:「D’un jour a l’autre 巡りゆく日々」
会期:2018年4月4日(水)~5月4日(金)
会場:シャネル・ネクサス・ホール(東京都)
オープン時間:12:00~19:30

http://chanelnexushall.jp/program/2018/dun-jour-a-lautre/