ソール・ライター
見立ての積み重ねで評価された写真家(3)

Saul Leiter, Phillips London 2018 May “ULTIMATE EVENING & PHOTOGRAPHY DAY SALE”、”Through Boards,1957”

私どもは日本独自のアート写真の価値基準として限界芸術の写真版のクール・ポップ写真を提唱している。海外の20世紀写真家の中のクール・ポップ的な写真家にも注目している。ソール・ライターの歩んできたキャリアと、その評価過程はこの価値基準に見事に合致すると考えている。
連載3回目は、クール・ポップの視点からソール・ライターを分析してみたい。

私どもはこの分野の写真を以下のように定義している。最も重要なのは「表現の欲求」、つまりどうしても自らの表現を通して世の中に伝えたい真摯かつ強い要求を持っていること。世の中の評価、名声、お金儲けなどへの一切の執着がなく、無意識のうちに社会の問題点(視点、価値観)との接点や関わりも持っている人だ。ファイン・アート系のように、社会と関わるテーマやアイデア、コンセプトを自らが紡ぎだして提示する必要はない。また、アート作品を発表して販売して生計を立てるような職業ではなく、生きる姿勢そのものになる。
彼らが評価されるきっかけは、第3者による見立てによる。その大前提は、上記のような姿勢で作品制作を長期にわたり継続することにある。
まず作家の真摯な制作姿勢が見極められ、関係者にその存在が認められるようになる。次に、複数の人がテーマ性を見立てることにより、写真家のブランド構築につながるのだ。

もう少し詳しく説明しよう。
まず作品制作の見極めだ。これは写真家が邪念を持たずに作品制作を行っているかの見立てになる。現代アートのように、明確にテーマを提示するのではなく、何かに関心を持って積極的集中からフロー状態になって撮影を続けている人かどうかが重要となる。フロー状態は、心理学者チクセントミハイによる、無我の境地に達して「ビーイング・アット・ワン・ウィズ・シングス Being at one with things」(物と一体化する)ような心理状態のこと。これは瞑想のような行為だと以前に指摘したが、瞑想そのものではない。瞑想的に作品制作する行為は、明確な定義がなく、感情の連なりに身を任せてだらだらと写真を撮る行為と混同されがちだからだ。フロー体験を生む活動にいたるには努力がいる。いったんは入ると自分の行為にあまりに没頭しているので、他の人からの評価を気にしたり、心配したりしない。フローが終わると、反対に、自己が大きくなったかのような充足感を覚えると言われている。しかし、現実には写真家がどのような姿勢で作品を制作しているか第3者が見抜くのは容易ではない。そこに他人からの承認欲求のような邪念がないかを見極めるのはほぼ不可能だろう。
結局、作家が長期間にわたって創作を継続しているかで最終的に判断されるのだ。ただし、アマチュア写真家のように趣味で長年にわたり写真を撮影する意味ではない。

続いてテーマ性の見立てだ。この新しい日本の価値基準では、現代アートと違い作品テーマを自らが語らない。第3者が見立てるのだが、単体作品でのテーマ性の見立ては困難だ。ここでも作品制作を継続する過程で、テーマ性が顕在化して見立てが行われる。継続できるとは、何らかの社会との接点が存在することを意味するのだ。作品のテーマ性が複数の人から継続的に見立てられれば、結果的にそこに価値が生まれる。その積み重ねにより、本人の意図とは別に写真家や作品のブランド化が図られる可能性がある。日本の有名写真家のブランド化はそのように構築された場合が多い。

ではライターのケースを考えてみよう。彼は、写真や絵画などの創作を通じて何らかの社会との接点を感じていた。それが評価を求めることなく継続できた理由だろう。また自らが作品のテーマ性を語ることがなかった。そして継続の末に80歳を超えてから再評価される。
シンプルな生活を送り、邪念を持たずに世界と対峙し、自分の持つ宇宙観を世界で発見する行為に喜びを感じ、それらを写真や絵画で表現し続けてきたのだろう。作品制作の継続の長い過程で、キュレーターのジェーン・リビングストン、写真史家マーティン・ハリソン、ギャラリストのハワード・グリーンバーグ、出版人のゲルハルト・シュタイデル、映画監督のトーマス・リーチなど様々な人が彼の作品のアート性を見立てた。キャリア後期になって、彼のリアリストの生き方自体が大きな作品テーマとして認められたのだ。そしてファッション写真だけでなく、ストリート、ヌード、ポートレート写真が時代性を見事に切り取っていたことが再評価される。特に初期カラー作品は、時代の気分や雰囲気は色彩により見る側により強く伝わる事実を提示した。ライターの場合、テーマ性の見立てと作品制作の見極めが同時進行したと解釈したい。

Saul Leiter, Sotheby’s London 2018 May “Photographs” “PHONE CALL,1957”

いま写真はデジタル化が進み、色彩や構図の美しいストリート写真を撮影する人はアマチュアを含めて世の中に数多くいる。しかしライターの作品は、その清らかな生き方と共に称賛され、多くの人の見立てが積み重なって今の高い評価につながった。
エゴやお金を追及する現代社会において、彼の生き方と実践そのものが大きな作品テーマだった。すべての写真と絵画などの作品はその表現手段だったと見立てられたのだ。彼の生前のインタビューなどをみると、ジョークなどを織り交ぜた語り口に暗さはあまり感じられない。もちろん自分を評価しない世の中への恨み節もない。普通の人はこのような人生は追及できないだろう。だから彼の作品は、いまでの多くの人を魅了し続けているのだ。

最後にソール・ライターの最近の相場情報をお知らせしよう。ちょうど、2018年5月に開催された、ササビーズ・ロンドンの”Photographs”オークションに、”SHOPPER,1953″、”PHONE CALL,1957″が出品されていた。ともに落札予想価格範囲内の1万ポンド(約150万円)で落札。

Saul Leiter, Sotherby’s London 2018 May “Photographs”, “SHOPPER,1953”

同じくフィリップス・ロンドンで開催された”ULTIMATE EVENING & PHOTOGRAPHY DAY SALE”では、写真集”Early Color”表紙の有名作”Through Boards,1957″が1.125万ポンド(約168万円)、”Foot on the El,1954″が1万ポンド(約150万円)で落札されている。
これらの作品は約11X14″サイズ、サイン入り、タイプCカラー、モダンプリント。
コレクター人気はいまだに続き、相場も高値で安定している。