ケイト・マクドネルは、“Lifted and Struck”のアーティスト・ステーツメントで自作を以下のように語っている。
「見ることはなんと素晴らしいことでしょう!それでも、美の事例を捕まえるのは本質的に悲しい行為です。捉えたつかの間の閃光はすぐに消えていくからです。人生は時によって長くも短くも感じます。私は人生で努力して、これらの言い表せない瞬間の痕跡を集めるために働きます。時間をかけて、もっと近くで世の中の美しさやきらめきを見てほしい、そして不安で未知数だけど次のステップへと進んでほしい、私は皆さんにそう伝えたいのです」
マクドネルが、ネイチャー・ライティング系作家アニー・ディラードの“ティンカー・クリークのほとりで”(1974年刊)という著作に多大な影響を受けている事実は以前に紹介した。ディラードと同様に彼女は自然と対峙する。それを丹念に観察し自分との関係性を見出して、独自の宇宙や自然のヴィジョンを確立させている。それをヴィジュアルで作品として表現しているのだ。
このような説明だとアートに詳しくない人は意味が不明だと感じるだろう。それでは彼女の宇宙のヴィジョンとは何か?もう少し探求してみよう。やや難解なのだが、風景写真のアート性に興味ある人はどうか付き合ってほしい。
それはもちろん多くのアマチュア写真家のように、ただ感覚的に優雅で美しい瞬間や情景を探しているのではない。多くのアーティストは、自分の持つビジョンを自然や宇宙に探し求め、それが出現したシーンを作品化する。しかし、彼女は既存のどんなシーンにもとらわれない、というヴィジョンを持っている。まるで禅問答のようなのだが、そこには、いまの宇宙や自然界のどこかで発生しているが、誰も気付かない、見たことがようなシーンが存在するはずという認識がある。彼女の創作とはそのような現象を新たに発見して写真で表現することに他ならない。その作品制作のアプローチは、まるでビジネスでイノベーションを起こすための過程のように感じられる。
これは、上記のアニー・ディラードの語る以下の文章からの影響だと思われる。
「美しさと優雅さは私たちがそれらを感じるかどうかに関係なく出現している。 我々ができるせめてものことは、その場所に行こうとすることです」
作品制作時には、彼女は自分をニュートラルな心理状態にして、自然と対峙しながら「はっ、ドキッ」とする瞬間の訪れをひたすら待つのだ。一般的な美しい風景とは、見る側の解釈に他ならない。それは時にデザイン的要素が強い。彼女は目の前のシーンの観察に集中することで、その先入観から自由になろうとする。マクドネルは”心理学者と脳神経学者によると、混乱している状態は何か新しい知識を得ることと関連している”という引用を2017年のステーツメントで行っている。なにか自分に居心地がよくない状況こそが、宇宙での新たなシーンとの出会いにつながと認識しているのだ。普通の人は嫌な感じを避けようとする。しかし、彼女には自分の既存のフレームワークだけで世界を見ていても新たな発見がないという確信があり、あえて自分を追い込むのだ。たぶんその瞬間の訪れまでシャッターはむやみに切らないのではないか。
繰り返しになるが、それは美しいから、優雅に見えるからという認識ではなく、上記のように言葉で言い表せない「はっ、ドキッ」とする瞬間をとらえる行為だと思う。デジタルカメラ使用は、この作品コンセプトと見事に合致している。気候や光の状態や被写体の移動速度など、アナログでは再現できなかったシーンも作品として表現が可能になったのだ。
彼女は、自然風景だけでなく自分の身の回りにも同じ視線を向けている。これは自分の日常の中で作品制作を行うワイフェンバックの影響もあるだろう。被写体が異なるが、二人の対象を見つめる撮影アプローチは非常に類似している。それが今回の二人展につながるとともに、作品タイトル「Heliotropism」になったのだろう。二人の違いは、マクドネルが意識的に幅広く移動することを心がけている点だろう。それは自分を新鮮な状況に置くことが、新たな作品が生まれる可能性を高めるという考えによる。
今回の展示作の中に、2羽のフクロウと3匹の鹿の写真が含まれている。
これもアニー・ディラードの著作「イタチのように生きる」からの影響だろう。そこで彼女は、イタチは“必然”に生き、人は“選択”に生きる、と書いている。自らを客観視するきっかけとして、自我を持たず目的なく生きるイタチに思いをはせている。本作のマクドネルの動物たちも、人間が自然の一部である客観的な事実に気付くために意識的に収録されているのだ。写真のシークエンスのアクセントとして登場しているのではない。
マクドネルの“Lifted and Struck”は、フォトブックのフォーマットにより、より多くのヴィジュアルが紹介されることで、メッセージの強度が増すと思う。実際に来場者の多くがもっと多くの写真を見てみたいという意見を聞かせてくれる。ぜひ多くの出版関係者に見てもらい、フォトブックの可能性を検討してもらいたい。
また、本作は日本では珍しい、写真で自己表現する米国の若手アーティストの紹介となる。開催期間は8月まである。アート写真を学びたい人には絶好の教材となるだろう。ぜひ多くの人に見てもらいたい作品展示だ。
ケイト・マクドネル(Kate MacDonnell)
1975年米国メリーランド州、アッパー マールボロ出身。大学時代にワシントンD.C.移り住む。
子供のころから両親のサポートで写真を学ぶようになる。ハイスクール時代には、ヴィジュル・アートのカリキュラムの中で、絵画やドローイングと共にモノクロの暗室写真クラスを受講。1997年、コーコラン・アート・デザイン大学を卒業。自分が理想とするヴィジュアルつくりに写真が適していることに気づき、カラー写真による表現を開始する。
2000年代から、様々な研究奨励金を得て創作活動を行い、主にワシントンD.C.やニューヨークのギャラリーや美術館で作品を展示。2013年には、 ワシントンD.C.のシビリアン・アート・プロジェクツ(Civilian Art Projects)で個展「Hidden in the Sky」を開催。本展は初めて彼女の作品を日本で紹介する写真展となる。
「Heliotropism」
テリ・ワイフェンバック / ケイト・マクドネル
2018年 6月1日(金)~ 8月5日(日)
1:00PM~6:00PM
休廊 月・火曜日(本展では日曜も営業)
入場無料
ブリッツ・ギャラリー
http://www.blitz-gallery.com