アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド(連載) (6)
“Shots of Style ” の紹介

美術館や公共機関で開催されたファッション写真の展覧会カタログの紹介を続けよう。今回は、ロンドンのケンジントンにあるヴィクトリア&アルバート美術館で1985年10月から1986年1月にかけて開催された“Shots of Style – Great Fashion Photographs Chosen by David Bailey” のカタログを取り上げる。

タイトル通り、英国人写真家デビット・ベイリー(1938-)が20世紀のファッション写真約174点をセレクションしている。
ベイリーは、60~70年代に活躍した英国人ファッション写真家。彼は、ブライアン・ダフィー、テレス・ドノヴァンとともに、60年代スウィンギング・ロンドンの偉大なイメージ・メーカーであるとともに、モデルやロック・ミュージシャンと同様のスター・フォトグラファーだった。60年代には、女優のカトリーヌ。ドヌーブと結婚していた時期もある。この3人はそれまで主流だったスタジオでのポートレート撮影を拒否し、ドキュメンタリー的なファッション写真で業界の基準を大きく変えた革新者だった。彼らこそは、いまでは当たり前のストリート・ファッション・フォトの先駆者たちだったのだ。
当時のザ・サンデー・タイムズ紙は彼らのことを「Terrible Trio(ひどい3人組)」、写真界の重鎮ノーマン・パーキンソンは「The Black Trinity(不吉な3人組)」呼んだそうだ。

ベイリーは、本書掲載のファッション写真の大まかな定義を“ファッション雑誌のエディトリアル・ページのために掲載された、服を1点かそれ以上を着ている女性の写真”としている。また前文では、以下のように記している。

“偉大なファッション写真は極めて稀だ。それは他の分野の写真と同様だ。いくつかの例外を除いて、ここに選ばれた写真は他の優れた分類の写真と同様のクオリティーを持っている。それは、ポートレートのアヴェドン、ルポルタージュのクライン、スティルライフのペンなど。本書で紹介している写真はすべての分野のアートを網羅しているともいえる。その意味で「ファッション写真」という言葉は当てはまらないだろう”

また、彼は35mmカメラとモータードライブの登場、一般の女性たちに多様なファッションが普及するようになったことがファッション写真を激変させた。ファッション写真が、時代の、姿勢、テクノロジー、セクシーさ、環境を反映させるメディアとなった、とも指摘している。
80年代くらいまでに、西洋先進国の中間層はかつてのタブーや因習、家族や他人の期待から自由になる。しかし複数の価値観が混在し、多くの人は何を着たらよいか、どのように暮らせばよいか、拠り所がわかりにくくなってしまう。そのような人たちはスタイルを求めるようになり、ファッション写真が世の中のスタイル構築に重要な役割を果たしたのだ。スタイルは明確な定義が難しい単語だが、物事がどのように見え、どのようになっているかということ。本書タイトルの“SHOTS OF STYLE”は、まさに新しい時代にスタイルを提供しているファッション写真という意味なのだ。
ベイリーの文章は、現在考えられている、20世紀におけるアートとしてのファッション写真の定義に近いといえるだろう。

掲載されている写真家は以下の通りとなる。
Diane Arbus、
Richard Avedon、
Gian Paolo Barbieri、
Lillian    Bassman、
Cecil Beaton、
Erwin Blumenfeld、
Louise Dahl-Wolfe、
Bruce Davidson、
Baron Adlf de Meyer、
Andre Durst、
Arthur Elgort、
Hans Faurer、
Toni Frissell、
Hiro、
Horst P. Horst、
Frank Horvat、
George Hoyningen-Huene、
William Klein、
Francois Kollar、
Germaine Krull、
Barry Lategan、
Peter Lindbergh、
Sarah Moon、
Jean Moral、
Martin Munkacsi、
Genevieve Naylor、
Helmut Newton、
Norman Parkinson、
Irving Penn、
Denis Piel、
John Rawlings、
Man Ray、
Paolo Roversi、
Jeanloup Sieff、
Melvin Sokolsky、
Edward Steichen、
Bert Stern、
Deborah  Turbeville、
Bruce Weber

前回に紹介した“The History of Fashion Photography”と比較してみよう。写真家数は、59名から39名に減少。新たに加わったのが14名、2冊で重複しているのが25名となる。前者は物理的にファッション写真を撮影している人を紹介している一方で、本書では、よりアート性(写真家の創造性)が重視されていると思われる。特に当時の若手を積極的にセレクション。マーティン・ハリソンはイントロダクションで、ヘルムート・ニュートン、ギイ・ブルダン、ブルース・ウェバーの登場で、コマーシャルとプライベートの作品2分法が成り立たなくなったと分析。彼はブルース・ウェバーを高く評価しており、彼の写真にはもはやファッション写真とパーソナル・ワークとの境界線がなくなっていると指摘している。
そして、“Fashion Photography of the 80s”の章で、ベイリーが当時の有力な若手として、ピーター・リンドバーク、デニス・ピール、パオロ・ロベルシの3名を上げていることを紹介、彼らが80年代以降のファッション写真の中心人物になると指摘している。ベイリーはこの時代に、既にリリアン・バスマン、アーサー・エルゴート、メルヴィン・ソコルスキーの仕事を評価し作品をセレクションしている。彼の優れたキュレーション力と先見性には感心させられる。

ハリソンのイントロダクションからは、80年代初期のファッション写真の状況が伝わってきて興味深い。写真展開催に際して、展示作品を集めるのに極めて苦労したようだ。当時はファッション写真の多くは作品だとは考えられていなく、雑誌編集部や写真家のもとにきちんと保存されていなかった。ファッション写真の多くは、雑誌掲載後は廃棄され、編集部や写真家の引っ越し時に処分されたという。
ルイス・ファーやボブ・リチャードソンの代表的ファッション写真は、当時には入手できずに展示を諦めたという。
またアート批評の世界でも、作り物のファッション写真は全く無視されていた事実にも触れられている。それが、アート界で、シンディー・シャーマン、ジョエル・ピーター・ウィトキン、ベルナール・フォーコンなどによる、作りこんで制作される写真作品が登場してきたことで、ファッション写真への偏見が徐々に減少していったそうだ。
ハリソンの本書にけるファッション写真の分析が、1991年に同じくヴィクトリア&アルバート美術館で開催された戦後のファッション写真に特化した展覧会“Appearances : Fashion Photography Since 1945” のキュレーションに発展していったと考えるが自然だろう。

(写真集紹介)
“Shots of Style – Great Fashion Photographs Chosen by David Bailey”
Victoria and Albert Museum、London、 1985年刊
ハードカバー(ペーパーバック)、サイズ 約33 X 24cm, 256 page.
Foreword : David Bailey
Introduction : Martin Harrison
約174点の図版を収録。

表紙はバロンド・メイヤーによる、米国化粧品ブランド“エリザベス・アーデン”用の1935年撮影の作品。本書にはハードカバーとペーパーバックがある。古書市場に流通しているのはほとんどがペーパーバック。前半がカラーで後半がモノクロの部分となる。モノクロは2色印刷と思われ、クオリティーは今一つ。本書はあくまでも資料だと考えたい。
古い本なので状態によって小売価格はかなりばらつきがある。一部にはカバーに変色が見られるものもある。状態が良好なものは75ドル(約8250円)程度から、ただし大判で割と重い本なので、海外から購入する場合は送料には注意してほしい。本自体は安くても、本体以上の送料がかかる場合がある。