日本の新しいアート写真カテゴリー
クールでポップなマージナル・フォトグラフィー(10)
作品の見立てと市場価値の関係

今回は写真の見立てと、作品の市場価値との関係について検討してみたい。私は見立てについて、その問題点や考え方の不明瞭なところを常に考察している。
どうも日本では、作品の見立ての積み重ねが進まず、市場性が高まらないのではないかと考えている。
アート界では、買う、コレクションするのが究極の作品評価だとされている。
もしくは美術館やギャラリーなどの場合、お金(経費)を出して展示してくれる、カタログを制作してくれる、一部を購入してくれる行為に当たるだろう。
つまり、言葉よりも、お金を出すかどうかということだ。
しかし好きで買う、お金を出すのが一人や二人では市場性があるとは言えない。
ある程度の人数の評価の積み重ねの末に市場性が出てくることになる。
ここには、資金力のある人や組織の評価や好みが市場性と強く関わるという矛盾も内包している。

まずは海外の事象を見てみよう。海外にも自らが作品についてを語らないが、第3者によりテーマ性が見立てられた写真家がいる。例えば、日本でも人気の高いソール・ライターやヴィヴィアン・マイヤーなどだ。フランス人アマチュア写真家ジャック=アンリ・ラルティーグはそのはしりといえるだろう。
彼らの作品は、長年にわたる複数の人の見立ての積み重ねにより作品のアート性が認知されている。そして結果的に、複数の見立てが市場での作品価値が上昇につながっている場合が多い。

ソール・ライターの例を紹介してみよう。
2018年5月のササビーズ・ロンドンの“Photographs”オークションでは、“SHOPPER,1953”、“PHONE CALL,1957”の11 x 14インチサイズのサイン入りの、モダンプリントが出品されている。ともに落札予想価格内の1万ポンド(@150/約150万円)で落札。同じくフィリップス・ロンドンで開催された“ULTIMATE EVENING & PHOTOGRAPHY DAY SALE”では、写真集の表紙掲載作の”Through Boards,1957″が1.125万ポンド(約168万円)、“Foot on the El,1954”が1万ポンド(約150万円)で落札されている。
いずれの作品も約11 x 14インチサイズ、サイン入り、タイプCカラー、モダンプリント。コレクター人気はいまだに続き、相場も高値で安定している。ちなみに約10年前の2008年は、同様の作品の相場は2000~3000ユーロ(@130/26~36万円)だった。
ヴィヴィアン・マイヤーは世界に注目浴びた時点ですでに亡くなっていた。それゆえに死後に制作された、エステートプリントに当たる作品しか存在しない。
しかし彼女の作品は、なんとニューヨークの老舗ギャラリーのハワード・グリンバーグでエディション15で販売されている。将来的に、オークション市場で人気が高まる可能性はあるだろう。

しかし、日本の写真家は公共機関での個展開催、市町村、新聞社、企業主催の写真賞を得ても市場価値にあまり影響がない。グループ展に選出された新進写真家などは、すぐに忘れ去られてしまう。日本には写真評価の一貫した客観的評価軸がなく、展示する人、売買する人、集める人がそれぞれの独自の基準を持っている。違う価値観を持った人は、他人の見立てには関心をいっさい示さない。つまり、長年にわたる作家活動を通して、写真家のテーマ性が単発的・局地的に認知されることはあるが、それが幅広いコレクターやディーラーの見立てにつながり市場性が高まるまでにはいかないのだ。
別の言い方をすると、日本写真をアートとしてコレクションしたり売買する市場が小さいから、見立てからの作品価値への影響が少ないとも解釈できる。つまり海外では、見立てがディーラーやコレクターに広がることで市場性が一気に高まる。そもそも日本には、日本写真のディーラーやコレクターがほとんど存在しない。海外で認知されている写真家を扱うディーラーや集めるコレクターしかいない。
以前にも述べたが、海外市場においても欧米の評価基準に合致している日本写真は、見立てが積み重なることで評価上昇につながっている。現代アート的なテーマ性や、多文化主義の視点からの評価のことだ。

日本では、いまのところ見立てと市場価値とはあまり関係性がないといえるだろう。状況はかなり複雑で、様々な意見や考え方があることは承知している。私は1990年代から日本市場を見ているが、日本独自の市場が極端に小さいという状況に変化の兆しはない。どちらかというと、経済の低迷の影響で縮小しているという印象すらある。しかし現状については、いまではある程度明確に認識できていると考えている。本連載で繰り返し主張しているように、海外の人たちにも、作品制作継続を通してテーマ性が見立てられるという日独自の価値基準の存在を知ってもらうのが重要だと考える。もしそれが伝われば、海外市場での日本人写真の見立てにつながり、彼らの市場価値も規模が大きい海外市場とつながる可能性がでてくるだろう。何度も繰り返しになるが、まずは国内での啓蒙活動の継続が重要だと理解している。