2018年の人気フォトブック
お値打ちの写真集を探せ!

アート・フォト・サイトは、ほぼ毎週ごとにおすすめのフォトブックを紹介している。毎年、それを通してのネット売り上げなどをベースに、国内外のネットショップの売れ筋ランキング、ギャラリー店頭での動向などを参考にして、独自のフォトブック人気ランキングを発表している。
最近は大手通販サイト経由ではなく、独自のネットワークやフォトブック専門店のみで販売する出版社、ギャラリー、美術館、写真家も多くなっている。また発行部数が少ない人気写真家の限定フォトブックなどは、事前に予約を募り、市場に出回る前に完売する場合もある。

いまや極めて複雑化したフォトブック流通を完ぺきに網羅するランキングの集計は非常に困難といえるだろう。それぞれの専門店、オンライン・ブックショップごとの特色が反映された人気ランキングが存在するのだと考えている。

アート・フォト・サイトの”洋書ベスト10″は、大手通販サイトで購入可能な本の人気度が強めに反映されている。ランキングはできる限りの客観性を心掛けているが、あくまでもコレクションのための参考資料程度に考えてほしい。

2018年の人気1位はマイケル・ケンナの“Michael Kenna: Holga”。

ケンナは、静謐なモノクロームの風景写真で知られる英国人写真家。2018年~2019年にかけて東京都写真美術館の地下展示室で回顧展「A 45 Year Odyssey 1973-2018」を開催するなど、日本のアマチュア写真家に絶大な人気のある写真家だ。ちなみに同展のメイン・ヴィジュアルの“White Bird Flying,Paris, France,2007”は、この本のカヴァーにも採用されている。彼の代表作は、主にハッセルブラッド・カメラと三脚を利用して、長時間露光で計画的に制作される。しかし本書収録作は、すべてプラスチック製ボディのホルガ・カメラで撮影されている。安価なホルガ・カメラで手持ち撮影されたケンナの写真に、多くの人が興味を持ったことがランキングに反映されたのだろう。

2位は、ロバート・フランクの“The Lines of My Hand”だった。

本書は、1972年に発表された“The Americans”に次ぐフランク2冊目のフォトブック。いままでに3種類が刊行されている。最も有名なのが、編集者の元村和彦(1933-2014)が手掛け、杉浦康平デザインによるスリップケース入り豪華本。“私の手の詩―ロバート・フランク写真集” (1972年 邑元舎刊)として限定1000部、当時の価格7500円で刊行された。同時に写真家ラルフ・ギブソンが自身の出版社ラストラム・プレスから米国版“The Lines of My Hand”(Lustrum Press1972年刊)を出版。こちらはペーパー版でデザインや装丁が全く違っていた。1989年には、半透明のダストジャケット付ハードカヴァー仕様で、スイスのPARKETT/DER ALLTAGから“Robert Frank: The Lines of My Hand” として拡大判が再版されている。
本書は美しい本づくりに定評のあるドイツのシュタイデル社による待望の再版。フランクの協力のもと、1972年刊のLustrum Press社による米国版の最新版を目指して刊行された。残念ながら同じくシュタイデル社から再版された“The Americans”ほど人気は盛り上がらなかった。
本書は、フランクの自叙伝的、告白的なフォト本制作のアプローチを確立させたフォトブック。この点についての読者の好みが別れたのだと思われる。

3位はラルフ・ギブソンの“The Black Trilogy”。

ラルフ・ギブソン(1939-)は、シュールリアリズム的なヴィジョンを持つファインアート系写真家。1970年代に、自らの出版社から“Somnambulist(夢遊病者)”(1970年刊)、“Deja-Vu”(1973年刊)、“Days at Sea”(1974年刊)を出版。これら3部作は“Black Trilogy”と呼ばれ、パーソナル・ドキュメンタリーを優れた抽象作品にした、と高く評価されている。
本書は3冊が1冊にまとめられ、写真家・キュレーターのジル・モラによる新エッセーが収録された、幻のフォトブックの待望の再版。写真史的、資料的にも重要性が高い作品なので、比較的高価だったが正当に価値が評価されたのだろう。

2018年の、ドル円為替の年間平均TTSは1ドル/111.43円。ちなみに2017年は113.19で昨年は若干円高だった。しかし洋書販売価格への影響はほとんどなかったといえるだろう。ここ数年の傾向を振り返ると、洋書は円安傾向が続いたことによる販売価格上昇とヒット作の不在から、売上高・販売冊数の減少傾向が続いていた。人気が集中するのは、比較的低価格のいわゆるお値打ちがあるヴァリュー・フォー・マネーの定番か有名写真家の写真集という傾向が続いていた。
またフォトブックは、アート写真コレクションでは低価格帯作品に分類される。その主要な購入者である中間層の実質所得の伸び悩みも市場に影響を与えていると考えている。
つまり最近は、流行的要素やフィーリングで興味を持つ人が減少し、趣味としてアート系写真集を長年にわたりコレクションしたり、良い写真を撮りたいアマチュア写真家などの、マニアックな従来からのコアの人が購入者の中心になっていると思われる。もしかしたら今の状況がニューノーマルなのではないかと危惧している。

2018年は目立ったヒット作がなかったことから、売上高・販売冊数ともに3年連続して減少した。

 2018年フォトブック人気ランキング

1.Michael Kenna: Holga マイケル・ケンナ、Prestel 2018年
2.The Lines of My Hand ロバート・フランク、 Steidl 2018年
3.The Black Trilogy ラルフ・ギブソン、Univ of Texas Press 2018
4.Stephen Shore スティーブン・ショア―、 MOMA 2017年
5.Street Photographer ヴィヴィアン・マイヤー、powerHouse Books 2011年
6.It’s Beautiful Here, Isn’t It… ルイジ・ギッリ、Aperture 2018年
7.Women ソール・ライター(和書)、スペースシャワーネットワーク 2018年
8.The Street Philosophy of Garry Winogrand ゲイリー・ウィノグランド、Univ of Texas Press 2018年
9.Centers of Gravity テリ・ワイフェンバック、onestar press 2017年
10. Nothing Personal リチャード・アヴェドン、Taschen America Llc 2017年