曖昧となるアートとデザインの境界線
Masterpieces of Design & Photography @クリスティーズ・ロンドン

いま新しい価値基準を持つ、いわゆる20~30歳代のミレニアル世代が消費の中心になりつつある。市場でのプレーヤーの変化に伴い、アート市場でも作品販売方法の見直しが求められている。

オークションハウスも、新たなコレクターの興味をひくため、様々な実験を行っている。販売方法ではデジタル・ネイティブ層を意識して、オンライン・オンリーのオークション数を増やしている。また従来のアート・ジャンルの組み替え、統合を行い、新たなカテゴリー創出にも挑戦している。これは新世代のコレクターは、様々な興味の中に多様なジャンルのアート作品があるからだ。以前のように特定分野のアートやアーティストのみを集中的に見ているのではない。そして、従来の世代は、アートはパッションで買うのが一般的だったが、最近は将来的に売却することを考慮に入れて作品選択を行う傾向が強い。つまり、好きだけではなくある程度の資産価値があるものを、多少高価でも選ぶということだ。最近の若手、新人による作品の不振は、まだ彼らにブランド価値がないからだという分析もある。
マルチジャンルの実験的なオークションは、オフシーズンに行われることが多く、クリスティーズが「Icons & Styles」、「Masterpieces of Design & Photography」、ササビーズは「Contemporary Living」、「Now!」、「Made in Britain」、ブルームズベリも「Mixed Media: 20th Century Art」などを行っている。写真、版画、家具、オブジェ、デザインなどが、業者ごとの担当者の思惑で編集されて実験的に実施されてきた。

さて2017年10月にクリスティーズ・ロンドン開催されて好調だった新たなカテゴリーMasterpieces of Design & Photographyの2回目が、再び3月6日に行われた。これはデザイン、インテリア、写真の高額評価の傑作のみを少数だけ厳選して行う、かなりターゲットを絞ったセールとなる。
新しい世代のコレクターは、デザイン、インテリア、写真などに対して同様の興味を持つ人が多いことが企画が生まれた背景にあるだろう。

前回の総売り上げは745.25万ポンド(@1ポンド/149円、約11.1億円)。特にデザイン・インテリア関連で、マーク・ニューソン(Marc Newson)のFRPを薄いアルミ板で包んだ構造の、歴史上最も高価な椅子として知られる超人気作“A Lockheed Lounge” が156.875万ポンド(@1ポンド/149円、約2.33億円)で落札され大きな話題になった。
写真は15点が出品されて11点が落札、落札率は約73.3%、£359.875万ポンド(約5.36億円)の売り上げを達成している。
ギルバート&ジョージの“Red Morning (Hell)”が84.875万ポンド(約1.26億円)、アンドレアス・グルスキーの“May Day IV”が75.875万ポンド(約1.13億円)、ロバート・メイプルソープの“Self-Portrait”が54.875万ポンド(約8176万円)、ヘルムート・ニュートンの“Charlotte Rampling”が33.275万ポンド(約4975万円)、アーヴィング・ペンの“Cottage Tulip: Sorbet, New York”が26.075万ポンド(約3885万円)で落札されている。

今回の総売り上げは、642.15万ポンド(@1ポンド/148円、約9.5億円) で、前回比約13.8%減、出品数は30点で落札率は83%だった。前回は、ちょうど景気が拡大局面にさしかかっていた時期だった。それに比べ現在の経済状況には陰りが出始めており、景気後退も意識され始めている時期だった。このような外部要因の違いを考慮するに、好調な結果だったといえるだろう。

デザインでは、ヨーリス・ラーマン(JORIS LAARMAN) によるアルミニウム製の椅子“An Important ‘Bone Chair””が落札予想価格上限を超える70.725万ポンド(約1.046億円)で落札。

JORIS LAARMAN Important bone chair

写真は14点が出品されて12点が落札、落札率は約85.7%、349.825万ポンド(約5.17億円)の売り上げを達成している。
全作品の最高額はロシア出身のエル・リシツキーの写真作品“Self-Portrait (‘The Constructor’)”で、94.725万ポンド(約1.4億円)だった。これはオークションでの同作家の最高落札額。

EL LISSITZKY, Self-Portrait (‘The Constructor’)

エドワード・ウェストンの“Shell (Nautilus)”は1927年に撮影されて1928年にプリントされた貴重なヴィンテージ・プリント。落札予想価格のほぼ下限の51.525万ポンド(約7625万円)で落札。トーマス・シュトゥルートの、“Mailander Dom (innen), Mailand”は、172.7 x 218.9cmサイズ、エディション10点の大作。落札予想価格上限の25万ポンドをはるかに超える41.925万ポンド(6204万円)で落札された。
杉本博司の人気海景シリーズからの“Yellow Sea,1992”は、エディション5点、 119 x 148.6cmサイズの大作。23.75万ポンド(約3515万円)で落札された。

Hiroshi Sugimoto, Yellow Sea,1992

ちなみに本作はギャラリー小柳で売られて、2008年の11月13日クリスティーズNYで45.3125万ドル(@1ドル/96.894円、約4390万円)で落札された作品。ちょうどリーマンショック直後の相場がピークアウトし始めた時期だったので、全所有者は当時としては底値で買えたものの、結局は約10年所有したものの利益はでなかったようだ。
ちなみに今回の落札予想価格は20~30万ポンド(@1ポンド/148円、約2960~4440万円)、前回が60~80万ドル(@1ドル/96.894円、約5813~7751万円)。当時の評価は明らかに過熱気味で、現在の相場はより現実的なレベルなのだといえるだろう。ちなみに相場ピーク時の、2008年6月30日のクリスティーズ・ロンドンでは、杉本の“Black Sea, Ozuluce, 1991”、エディション5点、152x182cmサイズの大作が、64.605万ポンド((@1ポンド/205円、約1.32億円)で落札されている。過去のデータを調べると、為替レートが大きく変動している事実に改めて驚かされる。
ちなみに2018年のニューヨークの大手オークションハウスの売上高は約3183万ドル(@1ドル・110円、約35億円)、ピークだった2008年の26%にとどまっている。

2月22日には、スワン・ギャラリーズ・オークション・ニューヨークで、高額・少数の真逆となる低額・多数の“Photographs: Art & Visual Culture”が行われている。こちらの総売り上げは約135万ドル(約1.48億円)、低中価格帯中心の出品323点、落札率は70.5%だった。大物を狙うか、小物を多数さばいていくかの考え方の違いが興味深い。

これからは大手と中小のオークションハウスの棲み分けが進んでいるということだろう。大手は、低価格帯についてはオンライン・オンリーのオークションにシフトしていくことが予想される。従来とは違うテイストや行動をとる新しい世代の人が市場の中心になっていくに従い、オークションハウス、プライマリーのディーラーは、生き 残りのために数々の試行錯誤を繰り返すことになるだろう。