鋤田正義 写真展 in 大分 2019
@アートプラザ

鋤田正義の展覧会が大分市のアートプラザで4月21日まで開催されている。

同展は、2018年に出身地福岡県直方市で行われた大規模な回顧展をベースに再構成されている。鋤田が学生だった1956年ごろに直方市周辺で撮影された、静物、ポートレート、風景、スナップ、自画像から、デヴィッド・ボウイ、マーク・ボラン、イギーポップ、YMOなどの代表的なミュージシャン関連ポートレート、広告・ファッション、ポートレート、風景のパーソナル・ワークなどの作品群がカテゴリーごとに分けられて展示。また大分展では地元湯布院などで撮影された新作のカラーとモノクロの風景写真が追加されている。

鋤田が最近になってテーマとして意識しているのは人間に不可欠な存在である「水」。東日本大震災の際お店からペットボトルの水が消えてなくなった時から気になっているとのこと。関心は幅広く、小惑星探査機“はやぶさ2”が小惑星リュウグウで、岩石に取り込まれた形で水が存在している事実を確認したニュースにも関心を持っている。
水のある風景写真では遅いシャッターで撮影して水の動きを表現しようとする場合が多い。鋤田はあえて高速シャッターで撮影し、水の一瞬の存在を顕在化しようとしている。ライブでミュージシャンを撮影するのと同じスタンスで風景/水と対峙しているのだ。
水、風景は、彼がライフワークだと意識している現在進行形のプロジェクト。今回の展示はその序章、今後も作品が増えていくだろう。

鋤田と言えば、彼が最初に撮影した1枚で、フジフィルム・フォトコレクション(日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」)に選出された、盆踊りの浴衣を着て笠をかぶった横向きの母親の姿を撮影した“母、1958”がよく知られている。本展では、鋤田の親戚の姪が同じ場所で、同様の格好の姿で、カラーで撮影された作品が、オリジナルと対で展示されている。

タイトルは“母 1957年/ 姪 2018年”となっている。2枚の写真は、笠をかぶっていることから顔はあごのラインしか見られない。しかし、時代は約60年離れているもののそのラインはまさに瓜二つだ。当然これは演出された写真となる。しかし、時代は経過しカメラはフィルムからデジタルへ移行し、ほとんどの事象は変化したものの、それとは一線を画して受け継がれていく血の流れのようなものの存在を提示している。オリジナル作はパーソナルワークだが、新作が追加されて、時代を写した広義のファッション写真とも解釈可能になった。

本展の隠れテーマは、実は会場の建物にある。会場のアートプラザは旧大分県立大分図書館で、設計したのは大分出身のポストモダン建築の旗手として知られる磯崎新(いそざき あらた、1931- )なのだ。

磯崎は、2019年に“建築界のノーベル賞”と紹介されることもあるプリツカー賞を受賞している。つくばセンタービルや水戸芸術館を設計したことでも知られている。同館3階は磯崎新の建築作品の模型や資料を常設展示する磯崎新建築展示室となっている。

実は、鋤田はかつて磯崎と美術雑誌で、各界の最先端の人物が集う対談に参加したことがあるとのこと。大分展開催に際して、いくつかの会場が候補に上がったが、アートプラザは磯崎新の設計だと聞いて鋤田本人が同会場を希望したそうだ。同館は1966年に大分県立大分図書館として開館。当時には日本建築学会賞を受賞した磯崎建築の代表作。1998年に改装されて複合文化施設のアートプラザとして再生されている。

本展の展示作の多くは、60年~80年代に撮影されている。鋤田作品のような時代性が反映された作品は、現代的で無機質なホワイトキューブ的な会場で展示されるとリアリティーが弱まることがある。何か写真がかしこまった様になり、時代が発していたエネルギーが薄まって感じられる。
しかし、磯崎新の会場に展示されると、作品と場所が共鳴しあい。当時の気分や雰囲気がとても強く蘇って感じられるのだ。建物内部はコンクリートの打ちっ放しで、天井には丸い窓がちりばめられ、豊富な自然光が作品を照らしている。

もし、昭和の時代に同じような鋤田正義の写真展が開催されていたとしたら、本展と同じような佇まいの展示になったと思われる。まるでタイムマシーンで昭和時代の展覧会会場に舞い戻ったようだった。展示の仮説壁面の設えや、一部のパネル貼りによる写真展示も館内の空気と見事にマッチしているのだ。
私は本展自体が、鋤田正義と磯崎新の一種のコラボレーションの大きな作品だと感じた。

かつてミュージシャンのポートレートやファッション写真は、演出された作り物であり、アートではないと言われていた。しかし、いまやニューヨーク近代美術館がアイスランド出身のミュージシャンのビョークの展覧会“Bjork”(2015)を開催する時代だ。デザインを専門とする英国ヴィクトリア&アルバート美術館は、“David Bowie is”を2013年に、デザイナーのクリスチャン・ディオールの“Christian Dior : Designer of Dreams”や“Mary Quant”の展覧会を2019年に開催している。いままでは大衆文化的な受け取り方が主流だったが、この分野の中にもアート的な要素を持つ幅広い表現が存在することが明らかになっている。
念のためだが、単なるブロマイド的なミュージシャンのスナップ写真や洋服を見せる目的のファッション写真も存在する。ここで紹介しているのは、それらとは一線を画する存在の作品であることを確認しておきたい。

私は、これらは権威の象徴である美術館側が、新たな視点から価値を見出した、いわゆる「見立て」を行ったのだと解釈している。
日本でのこの新たなアート分野の代表的写真家が鋤田正義なのだ。
彼は広告写真家だという人もいるが、広告の仕事で生計を立てながら自己表現をポップカルチャーの最前線で行っていたと解釈すべきだろう。
本大分展では、磯崎新とのコラボレーションを行うことで、その存在感を一層アート界にアピールしていると評価したい。

鋤田正義 写真展 in 大分 2019
会期:2019年3月15日~4月21日
会場:アートプラザ 2F アートホール
開館時間:10:00-19:00
チケット:一般 1000円、前売り800円

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会場