日本でのアート写真アークション事情にも触れておこう。
オークションはセカンダリー市場と呼ばれている。かつてギャラリー店頭(プライマリー市場)で売られた作品が再度売買される市場のこと。ただし、オークションで取り扱われるのは、時間経過とともに市場で評価が高まった作品が中心となる。コレクター人気の高い作家が亡くなると、作品がギャラリーで買えなくなるので、売買の中心がオークションに移行していく。
多くの日本人写真家の場合、国内外のギャラリー店頭で継続的に作品が販売されていないことが多い。市場での作品の流動性がないので、そのような写真家のオークションでの市場は存在しない。
実はブリッツは代官山にギャラリーがあった1994年2月に「オリジナルプリント/絶版写真集/サイレント・オークション」を開催している。これは、入札制のオークションで、ヘルムート・ニュートン、ブルース・ウェバー、ハーブ・リッツ、ジャンル―・シーフ、カート・マーカス、ノーマン・パーキンソン、ロバート・メイプルソープなどの写真作品が出品されている。この時期は、1995年1月に起きた阪神・淡路大震災の前で、バブルは崩壊して株価は下落していたものの景気実感は悪くはなかった。予想以上の売り上げがあったと記憶している。
また2000年には、アート写真総合情報サイトのアート・フォト・サイトを立ち上げて、オリジナルプリントと写真集に特化したオンライン・オークションも一時期運営していた。たぶんそれらのオークションは日本では初めての試みだったと思われる。
2006年には写真専門のオークションが、東京駅八重洲の東京オークション・ハウス・アール・ローカスで開催されている。10月29日に開催された「Vol.1 写真・オリジナルプリントと写真集」では、ハリー・キャラハン、エルンスト・ハース、ヤン・ソーデック、アーヴィング・ペン、エリオット・アーウイット、リチャード・アヴェドンなどのオリジナルプリント29点と写真集24点の公開入札方式のライブオークションが開催された。2007年12月9日に「Vol.6 20世紀写真」の開催資料までが手元に残っている。委託者の希望だと思われるが、回を重ねるごとに次第にオリジナルプリントの落札予想価格が不自然に高くなり、落札率が低迷してきた記憶がある。アール・ローカスのオークションは、日本におけるアート写真の潜在需要を掘り起こすための極めて意欲的な試みだった。しかしその後に経済状況化が悪化したこともあり、撤退を余儀なくされている。
大手のシンワアートオークションは2007年ごろには写真に積極的で、「CONTEMPORARY ART AUCTION」の一部で取り扱っていた。しかし良質の作品の出品がなく、落札率も低迷したことから、その後は取り扱いに消極的になって現在に至る。
SBIアートオークションは、2012年2月25日の最初の「Inaugural Auction」から、コンテンポラリーアート作品オークションの一部として継続的に写真を取り扱っている唯一の業者だ。昭和、平成初期に売買された外国人写真家の作品と、荒木経惟、森山大道、杉本博司、森村泰昌などの日本人作家が出品されている。
2010年代になると、インターネットの普及で日本開催のオークション情報が世界中のコレクター・業者で共有されるようになる。またネットでの入札も一般的になる。そうなると重要なのは出品作品の市場性と、最低落札価格、為替相場となる。ドル高傾向だった時期には、日本では業者が設定する最低落札価格が海外より低めに設定される傾向があったことから、転売目的の海外からの入札が積極的にあったときく。日本では写真は売れないものの、オークション市場は世界とつながっており、海外で市場性が高い優れた作品が相場以下で出品されるとほぼ確実に落札されるようになった。不落札作品もアフター・セールで売れていた。日本での落札作品が海外のネットオークションに出品されるケースも散見された。ネット普及の初期には、情報格差による国際間での転売が可能だったのだ。
2018年7月28日に、普段写真を全く取り扱わないアイアートオークションがアンセル・アダムス、エドワード・ウェストン、ビル・ブラント、杉本博司などの79点の写真作品の単独コレクションからのオークションを開催した。主催者は非常に控えめの落札予想価格を表示していたものの、海外で市場性が高い写真家の作品はほぼ実勢相場に収斂して落札された。理由は不明だが相場以上のレベルでの落札も散見された。海外相場の情報を持たない日本人どうしが競上げたのだと思われる。
平成後期になると、世界中がネットでつながったことから、国内オークションであっても、市場性のある作品の相場は海外の業者やコレクターが支えるという市場の仕組みが実現した。コレクターにとって、地域による情報格差による、相場から乖離した低価格でのバーゲンセールは起きにくい状況になってしまった。もちろん転売で利益を上げるのも極めて難しくなる。しかし、国内コレクターはコストのかかる海外オークションに出品することなく、国内でほぼ同様の相場での売却が可能となった。このような状況は今後に作品売却を考えている団塊の世代のコレクターには朗報だといえるだろう。
最近、海外のオークションを分析して気になる事象が目立つようになってきた。情報格差のない時代なのに、中小業者が開催するオークションでは、特に20世紀写真で従来の規準ではかなりバーゲンセール価格の作品でも買い手が付かないことがあるだ。もしかしたら従来のアート写真の価値基準が変化してきているのかもしれないと感じている。
平成時代のアート写真市場(7)に続く