嶋田 忠    野生の瞬間
華麗なる鳥の世界
@東京都写真美術館

嶋田 忠(1942-)は、カワセミ類を中心に、鳥獣専門として国際的にも高く評価されている自然写真家。埼玉県生まれだが、1980年以降は北海道を拠点に、いまでも第一線で国内外の自然写真を撮影している。

嶋田 忠”オウゴンフウチョウモドキ、2008年”

本展では約179点を展示し、彼の約40年にも及ぶキャリアを回顧するとともに、「世界最古の熱帯雨林」と言われているニューギニア島で撮影された貴重な野生動物の作品を初紹介している。
展示構成は、以下の通りとなる。
I. ふるさと・武蔵野 思い出の鳥たち 1971-79、
II. 鳥のいる風景・北海道 1980-2017、
III. 赤と黒の世界 1981-87、
IV. 白の世界 2009-14, 2010-17、
V. 緑の世界2000-18

“シマエナガ”

嶋田の写真撮影の流儀は、人と同じことはしない、人と同じ場所では撮影しないこと。誰も見たことのない鳥を撮るには、人がいない自然環境の中での撮影が必要となる。ときに厳しい天候や野生動物の脅威に身をさらすことになる。北海道や、熱帯雨林での撮影では、常に緊張感をもって覚悟を決めて撮影に臨むという。
嶋田によると作品制作では現場の事前観察が70%を占めるという。カメラでの撮影は一連の過程の最後の仕上げとのこと。「日本一シャツターを切らない写真家ではないか」と自身を評している。撮影の失敗はほとんどないという、徹底的に観察し、データを収集して、様々な状況を想定して、複数の撮影プランを構築する。こだわりを持たずに、上手くいかないとすぐに諦めて、次のプランの実行に移るとのこと。鳥からは約10メートルの距離で撮影する。すべて自らが隠れる場所を事前に作り込み、1週間くらい自然の中に放置しておくという。そうすると鳥も写真家の隠れ場所を意識しなくなるのだ。

“オジロオナガフウチョウ オス”

まるで、ドキュメンタリー写真家のユージン・スミスのようだと直感した。彼は最初からカメラを被写体に向けることなく、まず行動を共にする。相手が写真家とカメラを意識しなくなり、自然な態度や表情になった時に撮影するのだ。またユージン・スミスを敬愛するテリー・オニールがフランク・シナトラを撮影した時のエピソードも思い出した。彼もシナトラと行動をずっと共にするとともに、時にカーテンなどに隠れて自然な表情を切り取ったという。嶋田はまさに自然環境の中で鳥という被写体相手に完璧なドキュメントを目指しているのだ。ただ鳥を運任せに超望遠レンズを駆使して連写するのではない。自然環境にいるそのままの鳥の姿を、その羽毛の質感までもを忠実に表現しようとしている。彼の鳥の写真は非常に高いレベルの職人技にまで高められているといえよう。また写真撮影の一連の過程が一種のパフォーマンスのような自己表現にさえなっていると感じる。

Terri Weifenbach “Des oiseaux”(Editions Xavier Barral Paris、2019年刊)

ファインアート系分野の写真家は、鳥自体を撮影することはない。何らかの感動があって、それを表現する中に鳥が写されている。自然が作品テーマに関わるときには鳥が写っている場合が多い。たとえば、パリ在住の米国人写真家テリ・ワイフェンバックは、自然風景や植物を撮影対象として作品制作をしている。そこに鳥が含まれていることがある。身の回りの何気ない自然風景でも決して静止しているのではなく、風や昆虫、鳥たちの動き、光の変化で、まるで万華鏡のように常に変化している様子を、ピンボケ画面にシャープにピントがあった部分が存在する、瞑想感漂うイメージ表現している。最新刊の写真集“Des oiseaux” (Editions Xavier Barral Paris、2019年刊)では、彼女のかつてワシントンD.C.の自宅周辺で、移り変わる四季の自然風景の一部として鳥が撮影されている。

深瀬昌久の「烏」(蒼穹社、1986年刊)は、国内外で高く評価されているフォトブック。烏を不吉な存在の象徴として、戦後の工業化によりもたらされた、非人間的、環境が汚染された環境における、パーソナルな絶望を本の中で表現したと評価されている。金子隆一は、“日本写真集史 1956-1986(赤々舎、2009年刊)”で、「烏は、深瀬自身の孤独の化身である。そして写真集の最後に登場するホームレスの写真が、このシリーズのテーマを物語っている。それは社会に存在しながらも片隅でしか生きられない、人の眼に触れない存在の象徴として表されているのだ」と同書を評している。

写真には価値基準が異なる様々な分野が存在している。どの分野の写真でも、その最先端の仕事を行っている人は、アプローチは違えども、非常に高い強度を持って、また覚悟を持って被写体に接している。その姿勢には、アートの基本である何らかの感動を見る側に伝えるという作家性が意識的/無意識的に滲み出ている。ファインアート系には、それを評価する基本的な方法論が存在する。従来、その範疇だと考えられていなかった分野で活躍する写真家の作品でも、誰かがその作家性を見立てて、アート系の方法論の中での存在意義が語られれば、アート作品だと認知されるようになる。

かつてはアート性が低くみられたドキュメント、ファッション、ポートレート。いまやその中にも優れたファインアート系作品が含まれることは広く認知されている。それは本展のような自然写真の最前線で40年以上に渡り活躍している写真家の作品にも当てはまるだろう。
東京都写真美術館は今回の展覧会開催で、嶋田忠の作家性の「見立て」の第1歩を踏み出したと解釈したい。本展カタログに掲載されている学芸員関次和子氏のエッセーでは、「嶋田が作品集を制作するプロセスは、テーマやタイトルが決まると。ストーリーを考え、大量の絵コンテを描き、撮影の構図が確定すると、最後に写真撮影に取り掛かるというもので、それは現在でも変わっていない。この手法は人から学んだのではなく、自らで編み出したもので、映画製作の意プロセスに似ている」と記している。重要なのは、上記の嶋田のテーマが、いまという時代の中でどのように存在意義が語られるかだろう。
本展カタログの樋口広芳東京大学名誉教授のエッセーでは、「身近な鳥の世界を気軽に撮影することの楽しみが、多くの人に広がっていくことも、とても素晴らしいことだ。野生の鳥の世界の観察や撮影を通じて自然を愛し、理解する人の数が増えれば、今日急速に失われつつある自然環境の保全ももっと進みやすくなるに違いない」と書いている。たぶん、いま世界的に叫ばれている地球環境保護との関連や、自然の撮影と個人的生き方との関連などの見立てが可能だと思う。
本展がきっかけとなり、嶋田の作品性の評価が多方面から行われることに期待したい。

嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界
東京都写真美術館
7月23日(火)~9月23日(月・祝)10:00~18:00、
木/金は20:00まで(7/25-8/30の木金は21:00まで)
入館は閉館の30分前まで
休館日 毎週月曜日

新機軸のアート写真オークションの試み
女性やファッション系に特化した企画(3)

さて本年の6月19日、クリスティーズは、舞台をニューヨークからパリに移して、Leon Constantiner氏のコレクションからの最後になる“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection”を開催した。

今回は92点が出品され落札率は81.5%、総売り上げは約264.3万ユーロ(約3.3億円)だった。カタログ・カヴァーを飾ったのはヘルムート・ニュートンのポラロイド作品“Poster Project Wolford, 1995”。落札予想価格8000~1.2万ユーロのところ2.5万ユーロ(約312万円)で落札されている。実は本作は2008年に開催された最初の“The Constantiner Collection”で不落札になった作品。この10年間にファッション系作品の人気が高まった事実を象徴した落札結果だったと言えるだろう。
ニュートンは15点が出品され、12点が落札。やはり知名度が低い絵柄の作品は不落札だった。

Helmut Newton “Sie Kommen, Dressed & Sie Kommen, Nude, Paris,1981” Christie’s Paris

ニュートン作品の最高額は“Sie Kommen, Dressed & Sie Kommen, Nude, Paris,1981”, 20 X 24″サイズの2枚組作品。15~25万ユーロの落札予想価格だったが、ほぼ下限の17.5万ユーロ(2187万円)で落札された。本作品は1992年4月のササビーズ・ニューヨークにおけるオークションにおいて2.09万ドルで落札された作品。今回の17.5万ユーロは、1ドル・1.12ユーロで計算すると約19.6万ドル。1992年からの約28年間で約9.37倍になった計算になる。単純な複利計算では約8.32%で運用できたことになる。参考までに、1992年4月の米国30年債の利回りは約8%だった。

Richard Avedon “Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955″ Christie’s Paris

最高額はリチャード・アヴェドンのアイコン的作品“Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955” の、大判サイズの130.5 x 104 cm作品。25~35万ユーロの落札予想価格だったが、こちらもほぼ下限の26.2万ユーロ(約3275万円)で落札された。本作品は2005年10月に開催された上記の“20th Century Photographs -The Elfering Collection”に出品され18万ドルで購入された作品。今回の26.2万ユーロは、1ドル・1.12ユーロで計算すると約29.34万ドル。2005年からの約14年間で約1.63倍になっている。単純な複利計算、約3.55%で運用できた計算になる。ちなみに、2005年5月の米国10年債の利回りは約4%だった。

Andy Warhol “Statue of Liberty, 1976-1986” Christie’s Paris

続いたのはアンディー・ウォーホールの6点のグリッドの組写真。4~6万ユーロの落札予想価格だったが、上限の3倍以上の21.25万ユーロ(約2656万円)で落札。本作品は2000年4月にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“Photographs”に出品され4.7万ドルで購入された作品。今回の21.25万ユーロは、1ドル・1.12ユーロで計算すると約23.8万ドル。2000年からの約20年間で約5倍になった。単純な複利計算では約8.45%で運用できたことになる。2000年4月の米国10年債の利回りは約6.2%だった。

高額落札の作品で、過去のオークション落札記録のある作品はいずれも利益を出している計算になる。しかし、購入時期によってマイナス利回りになる場合もある。購入時期が2008年4月というリーマンショック前の相場のピーク時に購入されたのが、リチャード・アヴェドンによるアメリカの有名モデル・女優ローレン・ハットンの大胆な構図のセミ・ヌード作品“Lauren Hutton, Great Exuma, The Bahamas, October 1968”。

Richard Avedon “Lauren Hutton, Great Exuma, The Bahamas, October 1968” Christie’s Paris

当時の購入価格は12.7万ドルだったが、今回の落札価格は9.375万ユーロ(約1171万円)。1ドル・1.12ユーロで計算すると約10.5万ドルになるので、約11年の所有で単純な複利計算ではマイナス約0.675%の運用だった計算になる。個人的には相場のピークという最も厳しいタイミングでの作品購入でも、当初の価値をキープしているのは驚異的なパフォーマンスだと見ている。
念のために確認しておくが、上記の運用利回りは経費を考慮していない単純な計算になる。実際には、オークション会社への手数料や所有期間の保険料、保管料、作品輸送費用などの諸経費がかかることになる。

リーマンショック後は世界的に金融緩和が進み、低金利が一般化してしまった。現在の米国10年債の利回りでさえわずか2%程度だ。この経済状況は市場性の高い作品の将来価値にどのように影響を与えるか、また与えないのか、個人的に今後の動向に興味を持っている。

オークショナーを務めたフィリップ・ガーナ―氏は、本セールを振り返り“今回で最後になるConstantiner Collectionが市場に強い情熱を持って受け入れられたことをうれしく思う。今回の成功は、私たちの文化と写真史における、偉大なファッションと関連するエディトリアル写真の偉業の重要性を強調しているといえるでしょう。”と語っている。まさにその通りのオークション結果だったといえるだろう。

私は20世紀のファッション/ポートレート写真分野は、まだまだ再評価される可能性のある写真家が数多く残っていると考えている。

(1ユーロ/125円で換算)

新機軸のアート写真オークションの試み(2)
ファッション系はどのように市場で認知されたのか

クリスティーズ・パリで6月19日に開催に開催された、“Icons of Glamour & Style:The Constantiner Collection”の結果を紹介する前にファッション/ポートレート系の写真がどのようにアート写真市場で認知されるようになったかを紹介しておこう。ファッション、ハイスタイル、ビューティー系の写真は、ドキュメント性が重視される写真界では、虚構のイメージということで過小評価され続けてきた。ファインアート写真のオークションやギャラリー店頭でも、長らく同様の扱いを受けてきた。別の連載の「アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド」で紹介しているように、1970~90年代にかけては美術館でファッション写真の展覧会が数多く開催されるようになった。
私がよく引用する代表的な展覧会は、戦後ファッション写真の歴史を提示した19991年に英国のヴィクトリア&アルバート博物館で開催された“Appearances : Fashion Photography Since 1945”だ。

ヴィクトリア&アルバート博物館“Appearances : Fashion Photography Since 1945”。掲載画像は展覧会の入り口のコラージュ作品。

美術館でファッション写真が取り上げられたからといって、すぐにそれらの作品がマーケットで高額で取引されるわけではない。まずその動きに反応したのは、アート写真で商売をしているギャラリーやディーラーだ。アート・ビジネスの儲けの基本は、過小評価されている分野の作品を価格が安いうちに、他の市場参加者が気付かないうちに発見することに尽きる。そして企画展を通して新たな価値基準をコレクターに提示していく。美術館展開催がきっかけで、プライマリー・マーケットの参加者が過小評価されているファッション/ポートレート系写真家の発掘を始めたのだ。
90年代以降、ニューヨークのロバート・ミラー、スティリー・ワイズ、ハワード・グリンバーグ、ジェームス・ダジンガー、LAのフェヒー・クレイン、ロンドンのハミルトンズなどのギャラリーは、明らかにこの分野の将来性を意識した写真家の取り扱いを行うようになる。写真展開催に際して関連写真家のフォトブックも相次いで刊行される。カンが良いコレクターも、90年くらいからファッション写真のコレクションを積極的に開始する。知名度のある写真家の名作でも、まだ他の20世紀写真のマスターの作品と比べて安かったのだ。

“20th Century Photographs -The Elfering Collection”

この分野の作品の評価がセカンダリー市場で本格的に認知されたのは、2000年代に行われたいくつかの単独コレクション・セールの成功による。大手業者のクリスティーズは積極的に仕掛けを行ってきた。特に2004年にクリスティーズに移籍して写真部門を統括したフィリップ・ガーナ―(Philippe Garner)氏の手腕が大きいと思われる。まずニューヨークで2005年10月10日に“20th Century Photographs -The Elfering Collection”を開催。これはドイツの写真家、コレクター、ギャラリストのGert Elfering氏による、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートン、ピーター・ベアード、ロバート・メイプルソープ、ハーブリッツなんどの162点のセール。売上はなんと約715万ドル、落札率は88%だった。アヴェドン、ペンなどを含む12人の写真家の当時のオークション落札最高額を更新した。
2007年4月には、クリスティーズは“The Elfering Collection”からのホルストに特化したオークションを開催。そして、ちょうど相場のピークだった2008年4月にはファッション、ポートレート系中心の135点からなる“Photographs -From the collection of Gert Elfering”を開催。売上約427万ドル、落札率は84%を達成している。

“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection”

クリスティーズは続けて、メキシコ出身のコレクター Leon Constantiner氏が1990年から収集した、グラマー、エレガンス、理想化された女性の美が主テーマに収集されたファッション系写真のセール“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection”を2008年12月と2009年2月(パート2)の2回に分けて実施。2008年12月のオークションでは、厳しい景気状況の中で320点が出品され281点が落札、落札率は驚異の約87.8%、総売り上げが約747.2万ドルだった。最高額は、ヘルムート・ニュートンの組写真“Sie Kommen (Naked and Dressed) Paris, 1981”。当時の作家落札最高額の66.25万ドルで落札されている。
これらの一連のオークションの成功がきっかけで、アート系のファッションとポートレート作品の、潜在需要の高さが市場に認識される。また景気動向にあまり影響を受けない点も強く印象付けられた。

“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection Part 2”

その後は、同様の企画が行われるようになり、前記“The Elfering Collection”からは、2010年6月にクリスティーズ・パリでシャンルー・シーフに特化した“Jeanloup Sieff Photographies – Collection Gert Elfering”、2013年9月にはクリスティーズ・ロンドンで“Kate Moss From The Collection of Gert Elfering”、2014年7月にはクリスティーズ・パリでは複数委託者による“PHOTOGRAPHS ICONS & STYLE”が行われている。

振り返ると、1970~90年代にかけて、美術館による新しい価値の発見と提示、プライマリー・マーケットでのギャラリーの取り扱い開始、フォトブックの出版、コレクターによる作品コレクションの構築、セカンダリー・マーケットのオークションでの売買の増加という流れがあった。だいたい約20~25年程度で、ファッション/ポートレート系作品は20世紀写真における市場性の高い人気分野として定着してきた。いまでは現代アートはコレクターの知的面に、アーティストが新たな視点を提供する。ファッション/ポートレート系はコレクターの心に、写真家が時代の気分や雰囲気を抽出して訴えていると考えられている。

新機軸のアート写真オークションの試み
女性やファッション系に特化した企画(3)に続く。

新機軸のアート写真オークションの試み
女性やファッション系に特化した企画(1)

アート写真の定例オークションは、4月のニューヨーク、5月のロンドン、6月にかけては欧州で開催される。今年はそれ以外に、開催企画の趣旨が似通った興味深いオークションが大手業者のフリップス・ニューヨークとクリスティーズ・パリで開催された。

Phillips New York “Artist | Icon | Inspiration Women in Photography Presented with Peter Fetterman”

フリップス・ニューヨークは、“Artist | Icon | Inspiration Women in Photography Presented with Peter Fetterman”を6月7日に開催。これは、フィリップスとギャラリストでコレクターのPeter Fettermanのコラボで実現した企画オークション。写真の歴史における女性の重要な役割に注目して、ドロシア・ラング、ダイアン・アーバス、グラシェラ・イトゥルビデ、キャリー・メイ・ウィームス、サリー・マンなどの女性写真家の作品と、ファッション・ポートレートなどの女優や女性モデルが被写体になったアイコニックな写真作品107点のオークションを実施している。
これは市場で人気が高く売りやすい女性が被写体のアート系のファッション/ポートレート写真と、写真史で活躍した女性写真家の作品を一緒にし、「女性」という非常に幅広いテーマでまとめた企画オークション。「男性」という切口でのオークションだと、女性差別だと言われかねないし、たぶん範囲があまりにも広くて企画として成立しえないだろう。やや皮肉的な見方をすれば、それぞれの分野では十分な作品数集まらなかったことによる苦肉の策という面もあるかもしれない。
アート写真業界的には、写真史での知名度と比べて市場では過小評価されている女性写真家や、男性写真家による知名度の低い女性のポートレートに光を当てようという、市場活性化の意味もあるだろう。

lot 105 Sabine Weiss “La 2CV sous la pluie, Paris 1957″sold for $4,750

個人的には、女性写真家のサビーヌ・ ヴァイス(Sabine Weiss 1924-)、ヘレン・レヴィット(Helen Levitt 1913-2009)、男性写真家の、エメット・ゴーウィン(Emmet Gowin 1941-)や、ルネ・グローブリ(Rene Groebli 1927-)の女性ポートレートは、市場の見立てによってはもっと注目される可能性があると考えている。出品作品の内容は極めて充実している。今回の作品をベースにしてさらに肉付けをすれば、十分に多くの集客が期待できる展覧会が開催可能だろう。

結果は、落札率71.03%、ちなみに今年の私どもで把握している全オークションの落札率平均は67%。総売り上げは約98.5万ドル(約1.08億円)だった。ほとんどの作品が予想範囲内での落札だった。

Carrie Mae Weems “Untitled (man smoking) from Kitchen Table Series, 1990”

最高落札作品は、写真史におけるアイコン的作品のドロシア・ラング(Dorothea Lange、1895-1965)の“Migrant Mother, Nipomo, California,1936”。同作にはラングによる、1953年と1955年の手紙とハガキが付けられている。落札予想価格の範囲内の8.75万ドル(約962万円)で落札された。

それに続いたのは、米国における黒人女性のアイデンティティー提示をテーマにしているキャリー・メイ・ウィームス(Carrie Mae Weems 1953-)の代表作“Untitled (man smoking) from Kitchen Table Series, 1990”。本作は、68.3 x 68.3 cmサイズ、エディション5点、アーティストプルーフ1点の作品。落札予想価格上限のほぼ2倍の7万ドル(約770万円)で落札された。これはアーティストによるオークション落札最高額。

3位になったのはアン・コーリアー(Anne Collier、1970-)の、“Relevance, Supposition, Connection, Viewpoint, Evidence from Questions, 2011”。ほぼ落札予想価格上限の6.25万ドル(約687万円)で落札された。これもアーティストによるオークション落札最高額。

オークション・カタログの表紙作品はアルマ・レビンソン(Alma LAVENSON 1897-1989)の“Self Portrait,1932”、落札予想価格上限を超える1.625万ドル(約178万円)で落札された。

Graciela Iturbide “Mujer angel, Desierto de Sonora, Mexico (Angel Woman), 1979”

その他では、メキシコ人女性写真家グラシェラ・イトゥルビデ(Graciela Iturbide1942-)の“Mujer angel, Desierto de Sonora, Mexico (Angel Woman, Sonora Desert, Mexico), 1979”が、落札予想価格上限の3倍以上の2万ドル(220万円)で落札された。これもアーティストによるオークション落札最高額となる。

複数の女性写真家がオークション落札最高額記録を更新したことは、本企画がきっかけに彼女たちの作品が注目され、市場でより適正に評価されたということだろう。このように欧米では写真史と市場が互いに影響を与え合っており、過小評価されている分野に光を当てるような試みが繰り返し行われているのだ。

次の「女性やファッション系に特化した企画(2)」では、クリスティーズ・パリで6月19日に開催に開催された、“Icons of Glamour & Style :The Constantiner Collection”の結果を紹介する。

(1ドル/110円で換算)

2019年春/ロンドン・欧州各都市
アート写真オークションレビュー

5月16日~19日に行われたロンドンのサマーセット・ハウスで開催されたフォト・フェア“Photo London 2018”にあわせてアート写真オークションがロンドンで行われた。5月16日に、複数委託者によるオークションが大手のフィリップス、ササビーズで開催。今回クリスティーズは、6月19日に単独コレクションからの“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection”をパリで開催。こちらの分析は機会を改めて行いたい。

さてロンドンでの2社の実績は、総売り上げ約281万ポンド(約4.07億円)、281点が出品されて196点が落札、落札率は約69.75%だった。
昨年同期の2社の実績と比べると、売上が約42%減、落札率も81.55%から大きく低下している。フォト・ロンドンの売り上げも、業者によりかなりばらつきがあり、傾向を把握しにくかったと報道されている。やはり混迷している英国のEU離脱(ブレクジット)の動向がコレクター、特に優れた作品を持つ出品予定者の心理に影響を与えたのだろう。

Sothebys London Photographs Auction, Peter Lindbergh “Estelle Lefebure, Karen Alexander, Rachel Williams, Linda Evangelista, Tatjana Patitz, Christy Turlington, 1988”

高額落札を見てみよう。ササビーズでは、落札予想価格が最高額の7~9万ポンド(1015~1305万円)だったマリオ・テスティーノの“Kate at Mine, London, 2006”が不落札。これは180 X 270cmの巨大サイズ、エディション2の作品。テスティーノの作家性を考えるに、作品サイズの評価が過大だったと思われる。
落札最高額は、ピーター・ベアード“Loliondo Lion Charge, for The End of the Game/Last Word from Paradise, 1964”、ピーター・リンドバーク“Estelle Lefebure, Karen Alexander, Rachel Williams, Linda Evangelista, Tatjana Patitz, Christy Turlington, 1988”。ともに7.5万ポンド(約1087.5万円)で落札された。
フリップスの最高額は、マン・レイの“La Priere, 1930”の10万ポンド(約1450万円)。続いたのはトーマス・ルフの 201 x 134 cmサイズン巨大作品“16h28m/-60°,1992”で5.625万ポンド(約815万円)だった。

Phillips London, Auction catalogue

フィリップスのカタログ表紙作品は、アン・コーリアー(Anne Collier、1970-)の“Folded Madonna Poster (Steven Meisel)、2007”。シンディー・シャーマンやローリー・シモンズに影響を受けた、写真や文化の本質を探究した作品を発表している注目女性作家。本作は、彼女が、スティーブン・マイゼルがマドンナの“Bad Girl”シングル用に撮影した写真を再撮影したもの。彼女は一度折り畳まれたポスターというモノを作品の主体に変えている。2枚の写真を作品で提示することで、当初この写真がどのように提示され流通して消費されたかを気づかせようとしているのだ。見る側に彼女と同様の知覚と作品提示のプロセスの探求を求めた作品。フィリップスはカタログ表紙で本作を改めて紹介して、作品に新たな文脈を加えている。
落札予想価格2~3万ポンド(290~435万円)のところ、4.125万ポンド(約598万円)で落札されている。

今回、私が注目したのはヘルムート・ニュートンの動向。ササビーズでは12点出品され6点が落札。しかし大判サイズの高額落札予想作品は軒並み不落札。こちらも、絵柄の人気度と比べてサイズの評価が過大だったのではないか。落札作品も予想価格範囲内にとどまっている。フィリップスでは、10点出品され5点が落札。ポラロイド作品は8点中3点しか落札されなかった。春のフィリップス・ニューヨーク“Photographs”オークションでは“Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”の2枚セットがニュートン最高額の182万ドル(約2億円)で落札された。しかし、同作は極めて稀な代表作だった。最近のニュートンの相場にはピークアウト感があった。ここにきて作品選別がよりシビアになってきた。もしかしたら価格も調整局面を迎えているのかもしれない。

アート写真の定例オークションは、5月のロンドンから6月にかけては欧州で開催。欧州ユーロ圏の経済に目を向けると、2019年1~3月期の成長率は上昇した。しかしこれは3月に予定されていた当初の英国のEU離脱に備えての企業の在庫積み増しなどが影響したと言われている。4月以降の経済指標は悪化している。景気は足踏み状態で、低インフレ状況が継続。米国に追随して利下げの可能性も取りざたされている。
このように、アート写真市場を取り巻く外部環境は相変わらず芳しくない中、5月24日にWestLicht(ヴェストリヒト・ウィーン)、5月30日にベルリンのヴィラ・グリーゼバッハ(Villa Grisebach)、5月31日にケルンのレンペルツ(Lempertz)でオークションが開催された。3社合計で602点が出品され、落札率は約56.48%、総売り上げは144.6万ユーロ(約1.87億円)。低価格帯(約7500ユーロ以下)の出品が約91%だった。昨年秋に行われた3社のオークションは、3社合計で585点が出品され、落札率は約68.3%、総売り上げは196.6万ユーロ(約2.55億円)。今回のオークション結果は、落札率、総売上高ともには悪化している。

Grisebach, Modern and Contemporary Photographs, May 29, 2019, Gertrud Arndt“Self Portrait Nr. 39A, Dessau, 1929”

最高額はグリーゼバッハに出品された、セルフポートレート知られるバウハウスの女性写真家ゲルトルート・アルント(Gertrud Arndt)の“Self Portrait Nr. 39A, Dessau, 1929”だった。落札予想価格上限を大きく上回る5.625万ユーロ(約731万円)で落札された。

英国、欧州のオークションは、経済の先行き不安が反映されたやや弱含みの結果だった。

(1ポンド・145円、1ユーロ・130円で換算)