新機軸のアート写真オークションの試み(2)
ファッション系はどのように市場で認知されたのか

クリスティーズ・パリで6月19日に開催に開催された、“Icons of Glamour & Style:The Constantiner Collection”の結果を紹介する前にファッション/ポートレート系の写真がどのようにアート写真市場で認知されるようになったかを紹介しておこう。ファッション、ハイスタイル、ビューティー系の写真は、ドキュメント性が重視される写真界では、虚構のイメージということで過小評価され続けてきた。ファインアート写真のオークションやギャラリー店頭でも、長らく同様の扱いを受けてきた。別の連載の「アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド」で紹介しているように、1970~90年代にかけては美術館でファッション写真の展覧会が数多く開催されるようになった。
私がよく引用する代表的な展覧会は、戦後ファッション写真の歴史を提示した19991年に英国のヴィクトリア&アルバート博物館で開催された“Appearances : Fashion Photography Since 1945”だ。

ヴィクトリア&アルバート博物館“Appearances : Fashion Photography Since 1945”。掲載画像は展覧会の入り口のコラージュ作品。

美術館でファッション写真が取り上げられたからといって、すぐにそれらの作品がマーケットで高額で取引されるわけではない。まずその動きに反応したのは、アート写真で商売をしているギャラリーやディーラーだ。アート・ビジネスの儲けの基本は、過小評価されている分野の作品を価格が安いうちに、他の市場参加者が気付かないうちに発見することに尽きる。そして企画展を通して新たな価値基準をコレクターに提示していく。美術館展開催がきっかけで、プライマリー・マーケットの参加者が過小評価されているファッション/ポートレート系写真家の発掘を始めたのだ。
90年代以降、ニューヨークのロバート・ミラー、スティリー・ワイズ、ハワード・グリンバーグ、ジェームス・ダジンガー、LAのフェヒー・クレイン、ロンドンのハミルトンズなどのギャラリーは、明らかにこの分野の将来性を意識した写真家の取り扱いを行うようになる。写真展開催に際して関連写真家のフォトブックも相次いで刊行される。カンが良いコレクターも、90年くらいからファッション写真のコレクションを積極的に開始する。知名度のある写真家の名作でも、まだ他の20世紀写真のマスターの作品と比べて安かったのだ。

“20th Century Photographs -The Elfering Collection”

この分野の作品の評価がセカンダリー市場で本格的に認知されたのは、2000年代に行われたいくつかの単独コレクション・セールの成功による。大手業者のクリスティーズは積極的に仕掛けを行ってきた。特に2004年にクリスティーズに移籍して写真部門を統括したフィリップ・ガーナ―(Philippe Garner)氏の手腕が大きいと思われる。まずニューヨークで2005年10月10日に“20th Century Photographs -The Elfering Collection”を開催。これはドイツの写真家、コレクター、ギャラリストのGert Elfering氏による、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートン、ピーター・ベアード、ロバート・メイプルソープ、ハーブリッツなんどの162点のセール。売上はなんと約715万ドル、落札率は88%だった。アヴェドン、ペンなどを含む12人の写真家の当時のオークション落札最高額を更新した。
2007年4月には、クリスティーズは“The Elfering Collection”からのホルストに特化したオークションを開催。そして、ちょうど相場のピークだった2008年4月にはファッション、ポートレート系中心の135点からなる“Photographs -From the collection of Gert Elfering”を開催。売上約427万ドル、落札率は84%を達成している。

“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection”

クリスティーズは続けて、メキシコ出身のコレクター Leon Constantiner氏が1990年から収集した、グラマー、エレガンス、理想化された女性の美が主テーマに収集されたファッション系写真のセール“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection”を2008年12月と2009年2月(パート2)の2回に分けて実施。2008年12月のオークションでは、厳しい景気状況の中で320点が出品され281点が落札、落札率は驚異の約87.8%、総売り上げが約747.2万ドルだった。最高額は、ヘルムート・ニュートンの組写真“Sie Kommen (Naked and Dressed) Paris, 1981”。当時の作家落札最高額の66.25万ドルで落札されている。
これらの一連のオークションの成功がきっかけで、アート系のファッションとポートレート作品の、潜在需要の高さが市場に認識される。また景気動向にあまり影響を受けない点も強く印象付けられた。

“Icons of Glamour & Style: The Constantiner Collection Part 2”

その後は、同様の企画が行われるようになり、前記“The Elfering Collection”からは、2010年6月にクリスティーズ・パリでシャンルー・シーフに特化した“Jeanloup Sieff Photographies – Collection Gert Elfering”、2013年9月にはクリスティーズ・ロンドンで“Kate Moss From The Collection of Gert Elfering”、2014年7月にはクリスティーズ・パリでは複数委託者による“PHOTOGRAPHS ICONS & STYLE”が行われている。

振り返ると、1970~90年代にかけて、美術館による新しい価値の発見と提示、プライマリー・マーケットでのギャラリーの取り扱い開始、フォトブックの出版、コレクターによる作品コレクションの構築、セカンダリー・マーケットのオークションでの売買の増加という流れがあった。だいたい約20~25年程度で、ファッション/ポートレート系作品は20世紀写真における市場性の高い人気分野として定着してきた。いまでは現代アートはコレクターの知的面に、アーティストが新たな視点を提供する。ファッション/ポートレート系はコレクターの心に、写真家が時代の気分や雰囲気を抽出して訴えていると考えられている。

新機軸のアート写真オークションの試み
女性やファッション系に特化した企画(3)に続く。