写真展レビュー
“写真の時間(The Time of Photography)”
@東京都写真美術館

東京都写真美術館は、約35000点にもおぶ膨大な数の写真コレクションを誇っており、どのような切口でそれらを的確に展示するかの試行錯誤を常に行っている。
最近では、2018年5月に、写真を「たのしむ、学ぶ」をキーワードに展覧会を企画。同年11月には「建築写真」によるキュレーションに果敢に挑戦。2019年には「イメージを読む」という切口で、5月に第1期として「場所をめぐる4つの物語」を開催、今回の「写真の時間」はその第2期の企画となる。

本展では、写真が持つ時間性と、それによって呼び起こされる物語的要素に焦点を当てて紹介しているとのこと。写真と時間、そしてそこに横たわる物語の関係性を、「制作の時間」、「イメージの時間」、「鑑賞の時間」というキーワードでグルーピングしたと解説されている。キュレーションはやや抽象的で、展示の方向性が明確に提示されているわけではない。しかし今回はコレクション展なのでオーディエンスは特に展示の意図を意識する必要はないだろう。

展示されている20世紀写真の多くはアート写真市場で高額で取引されている希少な作品。美術館はヴィンテージ・プリントや初期プリントにこだわって作品収集する。もし、アート写真コレクションに興味を持つ人なら、それらの現物が見られるのは本当に貴重な体験である。特にインクジェットのプリントに見慣れた若い世代の人は、それらとの違いを意識して鑑賞してほしい。
現代作家の表現の場合、テーマ性やコンセプトが重要なのはいうまでもない。しかし、この価値観が多様化した21世紀では、表現の幅は本当に幅広いといえるだろう。そうなると一人の写真家の展示点数が限定されるコレクション展では、なかなか作家性をキュレーターが的確に提示するのは難しいと思われる。評価が定まっていない写真家の場合は、鑑賞者が持つ事前の情報が少ないのでどうしても中途半端な印象になってしまう。選ぶ側も、作品のテーマ性よりも、方法論が面白いものや展示映えする作品を選びがちになることも想像できる。このあたりが、現代作家のコレクション展での紹介の難しさだと感じる。

さて本展の見どころとなる作品を独断と偏見で紹介してみよう。
「決定的瞬間」で知られる20世紀写真の巨匠アンリ・カルチェ=ブレッソン。彼の代表作の1枚で、キャリア初期に撮影された「サン・ラザール駅裏、パリ,1932」(作品番号012)が展示されている。

Henri Cartier-Bresson,”Behind the Gare, St.Lazare,Paris France, 1932″ /TOP Collection:Reading Images

最近のカルチェ=ブレッソンの相場は、人気のある絵柄とそれ以外でかなり価格の幅が広くなってきている。本作は2017年10月にクリスティーズ・で行われたニューヨーク近代美術館の重複収蔵作品を売却するオンランオークションに出品されている。1964年にプリントされた約50X36cmの今回よりも大きめの作品。1.5~2.5万ドルの落札予想価格のところ8.125万ドル(@113/約918万円)で落札されている。MoMAコレクションのプレミアムが付いたのだろう。2011年11月に、クリスティーズ・パリの「HCB : 100 photographies provenant de la Fondation Henri Cartier-Bresson」には、同作の現存する最古と言われている1946年プリントの、23X35cmサイズ作品が出品されている。こちらは12万から18万ユーロの落札予想価格のところ、43.3万ユーロ(@105円/約4546万円)で落札されている。

第2章の見どころは、アウグスト・ザンダーの「20世紀の肖像」からの11点だろう。1918年にマルクス主義の現代作家たちと知り合い、芸術とは社会の構造を露わにする表現だ、との彼らの考えに影響を受ける。

August Sander, “Bricklayer, 1928” /TOP Collection:Reading Images

あらゆる階層、民族、職業のポートレートを 記録するという膨大なプロジェクトを思いつく。撮影ではモデルの実像をありのままに表現することを心がける。彼は無名な人達をありのまま表現し、職業を特徴付けるようと試みる。そのために撮影は被写体の仕事場などの日常環境で仕事着のままで行われている。平凡なポートレートのカタログに陥りがちなプロジェクトだが、彼のアーティストとしての被写体への繊細な感受性がドキュメントを芸術写真にまで高めたと、教科書では評価されている。ザンダーの写真はベッヒャ-夫妻、クリスチャン・ボルタンスキーをはじめその後の若いドイツ写真家、芸術家 に多大な影響を与えている。「20世紀の肖像」には様々な種類のプリントが存在する。スタジオが1944年に焼けたことから20年から30年代の本人制作のヴィンテージ・プリントは流通量が少なく非常に高額、2014年12月にササビーズで開催されたオークションでは今回展示されている作品リスト027の「レンガ積職人」と同じヴィンテージ作品が74.9万ドル(@119/約8913万円)で落札されている。
サンダー作品は、その他に息子が制作したモダンプリント(1万~数10万ドル)、孫が90年代に制作したエステート・プリント(5000ドル~)、有名作のインクジェット・プリントが存在している。

シンディー・シャーマンの初期代表作「Untitled Film Still」シリーズからも、1978年から1980年の4点が展示されている。

Cindy Sherman, “Untitled still #9, 1978” /TOP Collection:Reading Images

彼女はセルフ・ポートレート写真で知られる有名アーティスト。1977年、大学卒業後の23歳のときに本シリーズに取り組み始める。最初は自らがブロンドの映画女優に扮することから実験的に始め、その後、マリリン・モンローやソフィア・ローレンのなどの映画のワンシーンの架空のスティール写真を自らがヒロインとなるセルフポートレートとして製作していく。彼女はポップアート同様に映画という戦後の大衆文化を作品に取りこもうとしている。そして、ナルシシズムを感じさせる作品は、自作自演に酔うだけではなく、みずからが被写体になることでフィクションの中にリアリティーを見出そうとしている。同シリーズは1995年にニューヨーク近代美術館がAPを一括購入して相場は上昇した。展示されている作品とだいたい同サイズの約20x25cmサイズ、エディション10作品は、絵柄の人気度にもよるがだいたい12万~18万ドル程度からの評価となる。同シリーズの最高額は2015年5月にクリスティーズ・ニューヨークで取引された「Untitled Film Still#48」。エディション3、約76X101cmの巨大作品が、296.5万ドル(@120円/約3.55億円)で落札されている。

写真での現代アート表現で世界的に高い評価を得ている杉本博司(1948-)。2016年秋には東京都写真美術館の総合開館20周年記念展として「ロスト・ヒューマン」展を開催。人類と文明の終焉という壮大なテーマを、アーティストがアートを通して近未来の世界を夢想する、形式で提示している。

Hiroshi Sugimoto, “Regency, San Francisco,1992” /TOP Collection:Reading Images

今回のコレクション展に出品された「劇場(Theaters)」は、「海景(Seascapes)」と並ぶ杉本の代表シリーズ。彼は約40年間に渡り、消えゆく歴史的な劇場のインテリアを映画上映の光だけを利用して大判カメラで撮影している。カメラでの撮影は、映画の上映時間に合わせて行われる。結果的にスクリーンは輝く白い部分として残り、周囲の光が劇場内部を細部の装飾までを精緻に写し出している。彼は主に20~30年代に作られたクラシックな映画館を撮影。凝った作りのインテリアは、当時の急成長していた映画産業の文化的な証拠といえるだろう。
今コレクション展の中で杉本作品は特別扱い。「劇場(Theaters)」9点のための閉じた専用展示スペースが用意されている。423X541mmサイズ、エディション25の作品の相場は絵柄の人気度により1.5万~5万ドル。最近はやや勢いが衰えている印象だ。今回展示されている作品リスト061の“Regency, San Francisco,1992”は、2015年10月にフィリップス・ニューヨークで開催されたオークションで3.75万ドル(@120/約450万円)で落札されている。杉本の8×10″の大判カメラと長時間露光で制作された銀塩プリントは時間を凝縮した静寂の中に豊かな美しさを持っている。ぜひ近くに寄って劇場の細部まで鑑賞したい。

エドワード・ルシェの有名フォトブック「サンセット・ストリップのすべての建物,1966」も注目作品。

Edward Ruscha, “Every Building on the Sunset Strip, 1966” (フォトブックの部分画像) /TOP Collection:Reading Images

これは1963から1978年にかけてルシェにより自費出版された16冊のアーティストブックの第4冊目。ルシェはハリウッドの全長約2.4キロにおよぶサンセット通りの両側のすべての建物を車で走りながら撮影。なんと7メートルを超える長さのパノラマ状のヴィジュアルを折り畳んだ本になる。本展ではそれを横に広げて展示している。ドキュメント写真とコンセプチュアル・アートを融合した作品で、フォトブック制作を念頭に写真撮影が行われるアプローチは多くの写真家に影響を与えた。実は本書刊行の13年前の1954年に「銀座界隈」(木村荘八編、東峰書房、1954年刊)という2分冊の書籍が出版されている。別冊の「アルバム・銀座八丁」には、写真家鈴木芳一が撮影した戦後の銀座中通りの左右の店構えの景観を上下に対比して蛇腹折のページで紹介している。写真の扱いや文字内容の掲載方法は上記のルシェの本にかなり似ている。真偽のほどは定かでないが、ルシェが「アルバム・銀座八丁」に発想を得た可能性があると言われている。「サンセット・ストリップのすべての建物,1966」は、主要なフォトブックガイドには必ず紹介されている人気コレクターズアイテム。本の状態、初版(1966年、1000部)か2刷り(1970年、5000部)か、スリップケース/サインの有無などで、相場は1000ドル台から8000ドル台まで。

会場内には、その他にも国内外の有名写真家による名作が何気なく展示されている。アート写真のコレクションに興味ある人がじっくり鑑賞すると優に半日くらい時間がかかるだろう。コレクション展と聞くと、鑑賞者は地味な展示だという印象を持ちがちだろう。しかしTOPコレクション展は、展示作品のクオリティーが極めて高い東京都写真美術館の目玉企画だといえるだろう。今後どのような作品が紹介されるかとても楽しみだ。

TOPコレクション イメージを読む
写真の時間
http://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3439.html
東京都写真美術館(恵比寿)