デジタル時代における写真表現の最前線 「snap+share」展覧会カタログ

 アナログからデジタル時代になり、私たち一般人にとっての「写真」の意味合いが大きく変わってきた。それがどのような変化なのか、どこに向かっているかの個人的な感想を述べる人は数多くいる。しかし現状の客観的な分析と考察はあまり見ることがない。
 2019年3月30日~8月4日まで、サンフランシスコ現代美術館でシニア・キュレターのクレマン・シェルー(Clément Chéroux)企画により開催された「snap+share」展では、いまの「写真」の現状分析を「写真をスナップして/送る/シェアする」という視点からかなり突っ込んで行っている。本書は、同名の展覧会のカタログ。サブタイトルは、「transmitting photographs from mail art to social network」。


 同展では、ダゲレオタイプ、スナップ写真、ポストカードなどを郵送する行為を原点として、その延長線上に現在の写真撮影とSNSでの画像シェアーの行動をとらえて分析している。
 本書による「写真」の変化の変遷と分析を見てみよう。
まず写真流通がデジタル時代に革命的に変化したという認識が前提としてある。巻末資料によると、2018年時点で、毎日9500万点以上の写真と動画がインスタグラムでシェアされ、3億点の写真がフェイスブックにアップロードされているという。
 写真の進歩をイメージの即時性の追求という視点からとらえ、歴史的にはコダックにより写真を早く撮れるようなり、ポラロイドによりすぐに見られるようになり、インスタグラムにより他人とシェアするようになったと分析。現在は写真の第3革命期だとしている。そして現代の「写真」は、「snap+share」で象徴されるように、スナップと拡散で特徴づけられると定義。デジタル技術により、写真に物理的な重さがなくなり膨大な数の写真が制作可能となる。そして、個人のアドレス化、スマートフォンやタブレット端末での持ち運び、短期間の流通が可能となったとし、写真は一般的な言語性を獲得したと解釈。つまり写真撮影は、しゃべること、会話/言葉になったという意味だ。そして、イメージは言葉と同じように、人間のエゴを表現し、自撮りなどは、見る人の関心、承認、認識を求めており、写真は社会的な存在として、コミュニティー所属の確認、自分の状況や居場所を主張し自尊心と関係づけて提示されていると分析している。
 以上の状況を俯瞰して、本書では「写真」がもたらす現代社会の問題点として、自己中心的傾向、繋がりたがる願望、繋がりの存在を感じるためにシェアーを求めること、の3点を問題点だと指摘。現代のアーティストによる、それらの問題点をテーマとした作品を紹介している。

 美術館の仕事は、今まで関連性が気づかれなかった歴史上のアート表現を抽出して新たな視点から規定していくことにある。本展でも、各時代における写真を郵送する行為に触発されて行われてきたアーティストの表現を、広義のメール・アートから、現代の「snap+share」時代のものまでを関連付けて紹介している。「写真」のことが語られているのだが、前衛芸術の流れをくむパフォーマンス・アートなどの文脈で語られているのでアート系写真分野の人にはややわかり難いかもしれない。しかし、新たな視点から語られる写真表現の歴史は、無理なこじつけなどを一切感じさせない。とても分かりやすく多くの人が納得できる内容だと言えるだろう。現代社会で「snap+share」で象徴される「写真」をテーマにしたアーティストの表現は、アートの歴史的とのつながりが明確だと見事に定義されているのだ。

 本書では、現代社会に生きる一般人には、もはや「写真」は物理的な存在ではなくなっているという認識が示されてる。それではモノとしての「写真」はどのようになっているのだろうか?もちろん広告宣伝、医療用など用途が明確な写真は物理的に存在する。写真を使用してアーティストが制作したものも、アート作品として存在する。もし写真家が自らの表現について何も語らず、第3者が見立てを行わない場合は、写真作品は伝統工芸の職人技の一つのカテゴリーのものとして存在する。いわゆる、陶芸などの工芸品の一部ということだ。この分野の市場も存在するが、アート作品ではないので値段はリーズナブルとなる。しかし、私が「写真の見立て」でしつこく語っているように、このような作品でも写真家が長年にわたり制作を継続できれば、第3者が見立ててアートとして取り扱われる可能性があるのは言うまでもない。

本書に紹介されている作品を簡単に紹介しておこう。

Unknown Me, Collection of Peter J. Cohen 

Peter J. Cohenは、作者不詳のファウンド・フォトのポートレートのなかに「Me(私)」とペンで書かれたものをコレクションしている。まさに自撮りセルフィーの原点だ。

Stephen Shore, Greeting from Amarillo, “Tall in Texas”, 1971

写真家のスティーブン・ショア―の「Greeting from Amarillo, “Tall in Texas”」では、アメリカの西部と南部の交差点として有名なルート66の主要都市アマリロ・テキサスが舞台。ショア―は、この地の様々な建物を撮影して、大量生産のポストカードを商業的に制作した。彼は、自らの全米のロードトリップの際に各地の店のポストカード・ラックにそれらを入れていった。カードには意図してアマリロを記載しなかったことから、それらは各地におけるアメリカの原風景の写真となったという。どの地でも画一的な建築が多い事実が明らかになる。

On Kawara, 29,771 days I Got Up… 1975

コンセプチュアル・アートの第一人者として知られる河原 温の「29,771 days I Got Up… 1975」も取り上げられている。彼は1968年から1979年にかけて継続的にメールアートに取り組んでいた。毎日、朝起きると、起きた時間を記したツーリスト用カード2枚を友人や同僚に郵送し続けた。このシステマチックな仕事の記録は、時間の経過と人間の存在の証拠を提示しているという。

Thomas Bachler, From Frankfult to Kassel, 1985

ドイツ出身のThomas Bachlerは、カードボード・ボックスでピンホール・カメラを制作して様々な都市から自宅へそれらを送付している。発送時にボックスには穴が開けられ、配送中は露光が行われ続ける。到着しだい、パッケージは閉じられて現像される。そこから生まれた奇妙な画像の写真は都市間の移動の痕跡になっている。

Ken Ohara, Contacts, 1971-76

ニューヨークで撮影されたポートレート写真集「ONE」で知られる小原健も紹介されている。グッゲンハイム奨学金を得て行った「Contacts、1974-76」では、彼はフィルム入りのオリンパスRCカメラを、見ず知らずの無作為の人々に指示書ともに送り付けている。それには、カメラの使用法や、自分の周りの人を撮影して返送してくれと書かれていた。返送されると、小原はコンタクトシートを制作している。アメリカ社会のより正確な現実が提示できると考えたという。

Erik Kessels, 24HRS in Photos, 2011

オランダのアーティストErik Kesselsによる膨大なインスタレーション「24 HRS in Photo, 2011」では、24時間にイメージ・シェアリング・サイトと、ソシアル・ネットワークにアップロードされた画像すべてをプリントアウト。同館の展示ではそれらからの数千枚の写真を展示会場内に山のようにうず高く積み上げている。インターネット時代の画像の洪水を視覚化し物理的作品として提示。物として感じられる写真と、ネット上のはかない存在の写真との緊張感を表現している。

Corinne Vionnet, Agra,Paris, Beijin, and San Francisco,from the series Photo Opportunities, 2006-07

Corinne Vionnetの「Agra,Paris, Beijin, and San Francisco,from the series Photo Opportunities, 2006-07」では、彼女はエッフェル塔、タージマハル、天安門広場、ゴールデンゲイト・ブリッジなどの有名観光地のオンライン・キーワード検索を行い、数千点にも及ぶスナップ・ショットを収集。それらを合体させ重ね合わせて精妙な構造の1枚のヴィジュアルを制作。写真をシェアする文化において、有名な場所では多くの人は執拗に同じような写真を撮影していることを提示している。

Eva and Franco Mattes, Various iteration of the orijinal ceiling cat meme

本書の表紙に掲載されている。天井から頭を出して覗いている子猫の作品は、イタリアのカップルEva and Franco Mattesによる作品「Various iteration of the orijinal ceiling cat meme」。作品には「天井の猫があなたを監視している」というテキストが書かれている。猫はSNSで最も多くシェアーされている画像の一つ。作品の猫はインターネット自体の暗喩の意味を持っており、ウェブの総監視システムを非難している。

その他、19世紀から21世紀までの写真を使用した様々なアート表現41点が収録されている。テキストは英文だが、非常に分かりやすくスラスラ読めてしまう。最先端のアート表現に興味ある人はぜひ手に取ってほしい。間違いなく知的好奇心を刺激してくれるだろう。

「Snap + Share: Transmitting Photographs from Mail Art to Social Networks」
Clément Chéroux (著), Cernunnos 2019年刊, 参考価格 3600円

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