本展タイトルのサブタイトルは「日本の新進作家vol.16」となっている。しかしその意味合いは、例えば朝日新聞社主催の「木村伊兵衛賞」などの新人写真賞とは違う。昨年の同展レビューでも書いたが、本展は東京都写真美術館の担当キュレーターが提示する、現代社会が反映されたテーマとコンセプトがあり、現在活躍中で将来性が期待される写真家がいままでに制作した作品シリーズの中から、合致したものがセレクションされている。写真家の6人による個展の集合体ではなく、全体の展示でキュレーターのパーソナルな視点が提示される複数写真家による企画展となる。毎年違うキュレーターにより様々な視点により企画されていることから、今回16回目となる継続される展示の流れを通して、現代日本における将来性が期待される写真家が提示されている。
現在は価値観が多様化した時代だといわれている。どのような新人の紹介でも、写真家を選ぶキュレーター、評論家、ギャラリスト、写真家の価値基準が多くの人に共感されることはないだろう。このような状況から、古から続く写真賞への関心が極めて低くなっている。個人的には、その存在意義がいま問われていると考えている。それゆえ東京都写真美術館の、複数のキュレーターによる継続的な企画で新人写真家の多様性をカバーするのも一つの可能性だと思う。しかし本展だけを単体で見る観客は、写真家セレクションの規準がわかり難いと感じるかもしれない。
今回の展覧会タイトルは「至近距離の宇宙」。図録の冒頭にはヘルマン・ヘッセの「クルルプ」から「人間はめいめい自分の魂を持っている。それを他と混ぜ合わせることができない。(以下略)」が引用されている。キュレーターの武内厚子氏は同展カタログで、「一般的に世の中では、家を出ないこと。遠くに行かないこと、広い世界を見ようとしないことは否定的に受け取られ、様々な国々へでかける活動的なことは肯定的にとらえられる傾向があります。その一方、近年では、インターネットで世界の隅々の風景を見ることができ、世界中のものを出かけることなく手に入れることができるほか、VTRやホームシアターなどによって家にいながらリアルな臨場感や没入感を持って映像体験ができるなど、どこかに行かずとも何でもできることを、グローバル化とともに人々は積極的に受容しています。本展では、はるか遠い世界に行くのではなく、ごく短なみのまわりに深遠な宇宙を見出し作品を制作する6名の作家を紹介します。」と開催趣旨を表している。
参加しているのは30~40歳代の6名。
相川 勝(1978-)は、写真撮影は行わず、プロジェクターやタブレット端末の画面の光を光源に写真を制作。AIがランダムに作り出し架空の人物のポートレート64枚などを展示。
井上佐由紀(1974-)は、生まればかりの新生児の瞳を撮影している。
斎藤陽道(1983-)は、暮らしの中で身の回りに起きていることや、見知った人々のスナップを壁面全体で展示。展覧会チラシにも写真が採用されている。
濱田祐史(1979-)は、アルミ箔で制作した架空の山、東京湾の海水と手作り印画紙を用いてフォトグラム作品を展示。
藤安 淳(1981-)は、双子を被写体に撮影・2枚一組だが、1枚のみの展示もある。
八木良太(1980-)は、様々なオブジェの立体作品を制作している。パンチングメタルという工業製品に使われる素材による円形の作品”Resonance of Perspective”、色覚検査表を使った作品”On the Retina”などを展示。
発色現像方式印画(Chromogenic Print)、ゼラチン・シルバー・プリント(Gelatin Silver Print)、単塩紙(Salted paper print)などで、様々な支持体に写真がプリントされており、まさに現在の写真表現が多様化している状況が提示されている。
ごく身近の身の回りに意識を向けている写真家を紹介するのは、狭いフレーミング内にとらわれ、それがすべての世界のように思いこんで閉じこもり、あまり行動しない現代人を表しているのだろう。これは非常に興味深い試みだ。一般にアーティストは、これとは逆に、思い込みにとらわれている一般の人に彼らが気付かないような斬新な視点を行動することで見つけ出し、作品提示を通して見る側が客観視するきっかけを提供する人だと考えられているからだ。
現代日本では、多くの写真家は自らの内面を志向しその先に新たな表現の可能性を探求している傾向が強いという見立てだと思われる。私も仕事柄、多くの写真家の作品を見る機会があるが、共感できるところが大いにある。
見る側がそのような作品に共感できるかは、写真家がどれだけ大きな感動を持って内面を深堀して作品制作に向かっているかによるだろう。それができていれば、方向がどちらを向いていても、結果的に作品制作の継続に繋がっていくと思われる。社会で作品が広く認知されるには普通に何10年という長い時間がかかる。表現者の創作のきっかけとなる感動が弱いとなかなか活動継続はできないのだ。その場合、どうしても自己満足の追求と押し付け、もしくは撮影の方法論が目的化している作品だとの指摘が出てくるリスクがある。彼らの本当に評価は今後の活動にかかっているといえるだろう。このように未来の活躍の可能性を見据えて新人に展示の機会を与えるのは美術館の重要な役割だと考える。
「至近距離の宇宙」日本の新進作家 vol. 16
東京都写真美術館(恵比寿)