最初に、ここで取り上げるアート写真の定義を確認しておく。いま写真を取り扱う定例オークションは大きく19~20世紀写真系、現代アート系になる。前者は主に「Photographs」、後者は業者ごとに「Contemporary Art」、「20th Century & Contemporary」、「Post-War and Contemporary Art」などと呼ばれている。それ以外に、複数カテゴリーをまたがる独自企画系に写真が出品されることがある。それらは定例以外の時期に行われるオークションで、19~20世紀写真系、現代アート系、デザインなどが混在する。クリスティーズで行われた「Masterpieces of Design and Photography」などだ。 2019年はこれらのカテゴリーから、米国、欧州、英国で開催された45オークションをフォローした。2018年はオンライン・オンリーの9オークションを取り上げたが、2019年は1オークションにとどまった。低価格帯中心のオンライン・オンリー・オークションは、専門業者の開催が一般的となり、大手での開催が減少したことによる。またいまでは公開オークションも電話、オンラインと同時に行われるのが一般的。オンライン・オンリーだと、どうしてもコレクターの関心が盛り上げらない。話題性のある企画を考えようとすると定例オークションとの差別化が不明瞭になるのだ。
9.アンドレアス・グルスキー 「May Day V, 2006」 フィリップス・ロンドン、2019年3月7日 約8,349万円
10.リチャード・アヴェドン 「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris,1955」 クリスティーズ・ニューヨーク、2019年4月2日 約6,765万円
2019年のトップは春のフィリップス・ニューヨーク“Photographs”オークションに出品されたヘルムート・ニュートンの“Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”だった。 オリジナルは、1981年のヴォーグ・フランス版に見開きで掲載。つけられたタイトルはドイツ語だったが、英訳すると“they are coming”だったとのこと。本作は2点の対作品で、4人のモデルが全く同じポーズで、1作はハイファッションに身を包み、もう1作はハイヒールのみを履いて全身ヌードで撮影されている。ニュートンは自立した女性像を既に80年代から作品で提示していた。本作は、背が高い女性モデルたちが白バックを背景に強い視線で遠くを見つめながら大胆に前進しているイメージ。ヌードでも、男性目線を意識したようなエロティシズムを強調した作品とは一線を画している。洋服を着ている作品は、社会的な女性の役割、そしてヌードはその本質を暗示しており、新時代の女性はハイファッションをまとっているが、中身は自立しているという意味で、戦後社会の新しい女性像を表現したニュートンの代表作。本作はその中でも美術館などでの展示用の197.5X198.8cmと196.9X183.5cmサイズの巨大作品。落札予想価格60~80万ドルのところ182万ドル(約2億円)で落札されている。もちろん、ニュートンのオークション最高落札額で、フィリップス写真部門での最高額記録とのことだ。 従来のアート系ファッション写真の範疇というよりも、ニュートンの作家性と巨大サイズの組作品とが現代アート的な価値基準で評価されたと考えるべきだろう。総合10位のリチャード・アヴェドン作品も124.5 x 101.6 cmサイズの巨大作品。同様の視点から評価されての高額落札だろう。いま市場では、ファッション写真と現代アートとの融合が進行中なのだ。
・ヌード作品の発見 彼はファッション写真家として活躍する以前から、親しい女性たちのパーソナルなヌードとポートレートを撮影していた。死後にモノクロ作品約3000点見つかっている。それらは、モデルとアイデアを出し合って制作された一種のコラボ作品だと評価できるという。その中でも主要な被写体は長年にわたりパートナーだったソームズ・パントリーだった。彼女は様々な役を演じ、二人は様々な実験を行っている。本展ではソームズ・パントリーのセクションで、ストリートでのカラー/モノクロ写真やインクによる絵画など約34点が展示されている。ヌード作品は、70年代に編集者ヘンリー・ウルフにより写真集化の企画があったものの実現しなかった。2018年に、Steidl社から「In My Room」として刊行されている。
アーティストは、前記のように特徴を明確化した次のステップとして、自らでそのまわりに共感するコアとなる人を囲い込む地道な努力が求められるのだ。コーリー・ハフ(Cory Huff)著の「How to sell your art online」には、50対50の法則が紹介されている。アーティストは、50%の時間を作品制作に使い、残りの50%を自らのマーケティングに費やせという意味だ。このルールは今やすべての新人アーティストに当てはまるだろう。自らの特徴を伝えるために、展覧会開催、フォトブック出版などの従来の方法だけでなく、SNSなどで情報発信を続け、できるだけ多くの支持者を集めファンを固めていくのだ。繰り返しになるが、マーケティングは自分のコアのメッセージを伝える手段だ。その行為自体を目的化しないように注意して欲しい。 もし社会との接点を持つメッセージを長期にわたり提示し続けたら、キュレーター、ギャラリスト、編集者、美術評論家など、誰かが必ず見立ててくれる。複数の人からの見立てが積み重なることで情報発信が重層的になり、アーティストとしてのブランドが次第に確立していくことになる。 新規参入するギャラリー、ディーラーなどの販売業者も全く同じ努力が求められる。独自の極を作り上げるために尽力しなければならない。その特徴に合致したアーティストを見立てて情報発信を行うのだ。複数の特徴が育っていけば、共感するファンとなる顧客が集まってきて経営が成り立つだろう。