ノースウッズ─生命を与える大地─ 大竹 英洋
ネイチャー・フォトのアート性とは?

ファインアート・フォトグラファー講座を北海道で開催するときには、ネイチャー系の写真がアートになるかと聞かれることが多い。自然豊かな北海道では、この分野で作品制作している人が多いのだ。
ファイン・アート系分野の写真家は、自然やワイルドライフ自体を撮影することはない。だが自然が作品テーマに関わるとき、作家の感動を表現する過程でそれらが撮影される場合はある。アフリカのワイルド・ライフを作品に取り込んだピーター・ベアードなどだ。
しかし、私はこの分野でもアート性を持つ写真作品が存在すると考える。
ちなみに2019年には、東京都写真美術館が企画展としてネイチャー系写真の展覧会「嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界」を開催している。同展のレビューでは、私は以下のように書いている。

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写真には価値基準が異なる様々な分野が存在している。
どの分野の写真でも、その最先端の仕事を行っている人は、アプローチは違えども、非常に高い強度を持って、また覚悟を持って被写体に接している。その姿勢には、アートの基本である何らかの感動を見る側に伝えるという作家性が意識的/無意識的に滲み出ている。
ファイン・アート系には、それを評価する基本的な方法論が存在する。従来、その範疇だと考えられていなかった分野で活躍する写真家の作品でも、誰かがその作家性を見立てて、アート系の方法論の中での存在意義が語られれば、アート作品だと認知されるようになる。
かつてはアート性が低くみられたドキュメント、ファッション、ポートレート。いまやその中にも優れたファイン・アート系作品が含まれることは広く認知されている。それは、自然写真の最前線で40年以上に渡り活躍している嶋田忠にも当てはまり、東京都写真美術館は展覧会を開催することでその作家性を見立てたと解釈している。

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この認識は、今回取り上げる大竹 英洋の作品「ノースウッズ─生命を与える大地─」にも当てはまると考える。
ノースウッズは、アメリカとカナダの国境付近から北極圏にかけて、北緯45度から60度にかけて広がる森林地域のこと。カナダ初の世界複合遺産「ピマチオウィン・アキ」も含まれる。世界最大の原生林としても知られており、カリブー、オオカミ、アメリカクロクマ、ホッキョクグマなどの、様々な野生動物が生息している。
大竹英洋(1975-)は、1999年より日本では絶滅した野生のオオカミを探しに北米を訪れノースウッズに出会っている。それ以後、約20 年に渡り、森の奥に分け入り、カナディアン・カヌーを駆使して、カナダの原野を精力的に取材/撮影。2015年秋から約1年半はオンタリオ州のレッド・レイクの町で暮らしている。また、写真家のジム・ブランデンバーグ、カヌーイストのウェイン・ルイス、フクロウ研究者のジム・ダンカン博士、この地で狩猟採集の暮らしを営んできた先住民のアニシナベなど、様々な人たちとの出会いがこの写真集化された大きなプロジェクトを可能にしている。写真集のあとがきのタイトルは、まさに「出会いが開いてくれた道」となっている。
彼の作品テーマは、アニシナベの生き方/哲学に凝縮されている。彼らは自分たちをとりまく自然を「ピマチオウィン・アキ=生命を与える大地」と呼ぶ。それは、動物も、草木も、人間も、さらには、岩や水、火や風や雪といった、あらゆる存在がこの地球から命を与えられ、生かされているという考え方だ。彼は写真集に寄せたメッセージで「この写真集が、私たち人間にもう一度そのことを思い出させ、より良い未来について考えるきっかけとなることを願っています」と語っている。

本書によると、大竹は3週間も誰とも出会わない広大なフィールドをカヌーで目的地なく漕ぎ続けたりするという。これなどは、まさに死と隣り合わせの旅だといえるだろう。非常に強い目的意識、精神力、体力がないと実践できない、ネイチャー系写真分野の最先端の仕事だ。多くの人はその行為自体に驚き、感動してしまうだろう。
アート系の視点を持つ人は、ネイチャー系写真は自然を対象とした全く異なる分野の表現だと先入観を持つ場合が多い。それは上記の例として紹介したファッション写真も同じで、単に服を撮影している写真が多い中で時代性が反映されているアート系も存在する。
ポートレート写真でも、ブロマイド的な写真が多数存在する中で、被写体とのコラボレーションから生まれた時代を象徴するようなアート系もあるのだ。ネイチャー系も全く同じで、その評価は見立てる側がニュートラルに写真家の言語化できていないシャッターを押したときの感動に、時代との接点を読み取れるかによると考える。

本書は、特に表紙などを見ると典型的なネイチャー系の写真集に見える。しかし、写真でメッセージを見る側に伝えることを意図したフォト・ブック的要素がかなり含まれている。写真のシークエンスもその要素を持ち、とても好感が持てる。遠近の自然風景、動物、森林、植物、花、キャンプ・シーン、様々な静物などのクローズアップなどが巧みに配置されていて、ヴィジュアルによるリズムが伝わってくる。
アメリカクロクマ、ホッキョクグマなどの写真は、写真家の彼らへの愛情が伝わってくる。自然動物のドキュメントというよりも、撮影者のまなざしを感じるポートレートに近いと感じる。

現在は地球温暖化が進み世界中で異常気象が発生して人類の大きな脅威となっている。地球の環境保護を訴える動きが湧き上がっている。アーティストにとってこの大きなテーマを取り上げるのはかなり難題となる。多くの人は、ただ自然風景をきれいに撮影したり、逆に被害の現場や壊れかけている地球の最前線を撮影したりしている。もちろん写真家は、その場に立ち心動かされてシャッターを押したのだろう。しかし、それを写真のフォーマットで訴求するのは極めて難しい。見る側は、非常に大きなテーマの提示に感嘆することがあっても感動はしないのだ。写真家の独りよがりになりがちで、作品と見る側とのコミニィケーションが生まれ難いのだ。

本書のような、地球の果てにある人間の手があまり入っていない場所での、20年にも及ぶ継続的な自然風景とワイルドライフの撮影は一つのアート表現になりえると考える。そこには私たちの頭の中で理想化されたステレオタイプの自然像が提示されている。実際には、もはや地球上にそのようなシーンはなかなか残されていないだろう。到達するのでさえ困難だと思われる、地球の果てのノースウッドでも、探してみればどこかに環境破壊や地球温暖化の影響は見られるのではないか。あえてそのようなシーンを写さないのも写真家の解釈であり、また自然を理想化して見せるのは立派な自己表現だと思う。私たちはそれらのヴィジュアルを見るに、こんな美しい地球の風景や精一杯生きている動物たちを大切にしないといけないと、頭ではなく心で直感的に理解できるのではないか。

上記の嶋田忠は約40年間に渡り活動することで美術館に見立てられた。大竹のこれまでの活動は20年だ。かれは、あとがきで、本書掲載の地図を前にすると「いまだに足を踏み入れていない場所、訪れたことないコミュニティーの、なんと多いことか」と語っている。間違いなく今後も活動を継続していくだろう。本書の刊行がきっかけで、彼の作品のアート性の評価は今後も積み重なっていくと思う。将来的に、美術館での個展開催も十分に可能性があるだろう。

「ノースウッズ─生命を与える大地─ 」
大竹 英洋 (著)
単行本(ソフトカバー): 216ページ
出版社: クレヴィス (2020/2/22刊)
¥2,750(税込)