(連載)アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド(11)
アレクセイ・ブロドヴィッチ関連本の紹介
(Part-3/ブックリスト)

アレクセイ・ブロドヴィッチ(1898-1971)本人が撮影して制作されたフォトブックは、「Ballet」(J. Augustin Publisher, New York, 1945年刊)だけとなる。

実は知る人ぞ知るもう一つのプロジェクトがあった。1960年代、ブロドヴィッチは抑うつとアルコール中毒に苦しみ、入退院を繰り返していた。彼は、入院中に超小型のミノックス・カメラを使用して数百枚の写真を撮影していたという。空のタバコ・ケースに入れて入院患者を密かに撮影したり、野外で島の工業施設などをスナップしていた。「Master of American Design / BRODOVITCH」(Andy Grunberg/Harry N.Abrams,1989年刊)には、そのコンタクトシートが見開きページで「In Focus : Ward’s Island」として、「Alexey Brodovitch」(Kerry William Purcell, Phaidon, 2002年刊)には、1961年のコンタクトシートとドローイングが「Ward’s Island」として紹介されている。それらは、「Ballet」の雰囲気を持つ、アレ・ブレ・ボケが取り入れられたモノクロ写真。本人が意図しているかどうかはわからないが、撮影者と被写体の患者との存在が一体化されているのが特徴だ。しかしながらネガの所在が不明で、残念ながらいままでにフォトブック化されていない。

「Alexey Brodovitch」(Kerry William Purcell, Phaidon, 2002年刊)に収録されているWard islandでの作品のコンタクトシート

彼のもう一つの重要な仕事は、グラフィックアートの季刊誌「Portofolio」(Zebra Press刊)のアート・ディレクションとアート編集だ。エディターは、George S. Rosenthalと Frank Zachary。広告収入で成り立つファッション誌「ハ―パース・バザー」では、様々なデザイン上の制約があった。「Portofolio」は、編集とデザインの自由度を優先するために、広告掲載を行わず定期購読での予算確保を目指した。この雑誌でブロドヴィッチは、アートの高級、大衆的かにこだわらず、すべてのヴィジュアルを民主的に取り扱っている。彼の真の能力がいかんなく発揮された、キャリアのピーク時の仕事といえるだろう。しかし制作コストがかさんだことから、1949年から1950年にかけて僅か3冊だけの刊行となった。いまでも伝説のグラフィック・デザイン雑誌として知られている。

「Alexey Brodovitch」(Kerry William Purcell, Phaidon, 2002年刊)には、「Portofolio」の多くの主要ページが再現されている。古書市場での相場は、非常に古い雑誌なので状態によりかなりばらつきがある。状態の良いものは500ドル以上している。

〇 アレクセイ・ブロドヴィッチ関連本リスト

(1)「Ballet」(J. Augustin Publisher, New York, 1945年刊)

ブロドヴィッチは1935~1937年にかけて、バレエ・リュス・ド・モンテ・カルロ・ニューヨーク公演のリハーサル、本公演、バックステージのシーンを35mmコンタックス・カメラでストロボなしでスロー・シャッターで撮影。当時の主流はシャープなストレート写真だった。彼はタブーだった、明暗、ブレ、ダブり、ボケなどを多用することで、バレーの動きと、演技が盛り上がる雰囲気を見事に表現する。ブロドヴィッチは本書で写真表現の可能性を大きく広げ、その後のデザイン、写真界に大きな影響を与えたと言われている。グラビア印刷による104点がパフォーマンスごとに11パートで紹介。しかし収録写真のほとんどのネガはブロドヴィッチの自宅の2度の火災で焼失している。オリジナル版の発行部数は500部、多くが贈呈され書店にはほとんど流通しなかったと言われている。
本書はかつて幻のフォトブックと言われ極めて入手が困難だった。しかし、いまネットで検索してみたところ約10冊がヒットした。価格は2500ドルから1万ドルくらいまで。約75年も前の本なので個別状態により価格は大きく影響されるが、ネットの一般普及の以前と比べて相場はかなり下がっている。90年代は、状態の悪い本でも希少性によりかなり高価だった。レアな写真集を本ごと完全に複写して販売する「Books on Books No.11」として再現されたのも多少影響しているかもしれない。本書は、松浦弥太郎氏が責任編集のユニクロ「Life Wear Story 100」の中でも取り上げられている。

(2)Alexey Brodovitch and His Influence
(George R. Bunker, Philadelphia College of Art, Philadelphia,1972年刊)

本書はブロドヴィッチの生前に企画され、没後の1972年にフィラデルフィア美術大学で開催された回顧展「Alexey Brodovitch And His Influence」に際し刊行されたカタログ。

(3)「Alexey Brodovitch」(Ministere de la Culture, Paris,1982年刊)

1982年10月27日~11月29日にかけてパリのグラン・パレ(Grand Palais)で開催された回顧展「Hommage a Alexey Brodovitch」展のカタログ。

(4)「Master of American Design / BRODOVITCH」
(Andy Grunberg/Harry N.Abrams,1989年刊)

その前の2冊のカタログと違い、カラー印刷で彼の多くの仕事を紹介しているのが特徴。新しい世代の写真家、デザイナーにブロドヴィッチの存在を紹介した功績が大きいだろう。

(5)「Alexey Brodovitch」(Gabriel Bauret, Assouline,1998年刊)

ヨーロッパ写真美術館パリで、1998年2月18日~5月17日までに開催された展覧会のカタログ。企画はフランスの著名なキュレーター、評論家、写真史家のガブリエル・バウレット。

(6)「Alexey Brodovitch」(Kerry William Purcell, Phaidon, 2002年刊)

ブロドヴィッチのキャリアと仕事を総合的に回顧。著者は、英国の作家、フリーの写真エディターのケリー・ウィリアム・パースル。豊富なヴィジュアル、関わりのあった広い分野の人物とのインタビュー、未発表を含むデザインワークの紹介でブロドヴィッチの再評価と分析を試みている。 全272ページ、275のカラー、75のモノクロ・イメージを収録。絶版になったレアな写真集類の参考資料も多数掲載されており、ブロドヴィッチの現代に与え続けている影響を知るには格好の1冊。カヴァーは、1957年3月号のハ―パース・バザーに掲載されたリリアン・バスマンの写真。

(つづく)