ニューヨーク春のアート写真市場(3)
クリスティーズが春の定例オークションをオンラインで実施!

通常は3月下旬から4月上旬にかけて行われる大手業者によるニューヨークの公開アート写真オークション。今シーズンはコロナウイルスの影響で、各社とも開催時期の変更、オンライン・オークション開催で対応している。

クリスティーズは、メインの“Photographs”をオンラインに変更して、5月19日~6月3日にかけて行った。
出品作数は238点、130点が落札、不落札率は約45.3%。総売り上げは約242.2万ドル(約2.66億円)だった。全体的に、落札予想価格がやや高いなという印象を持った。今回の出品は、コロナウイルスの影響が顕在化する以前に委託者との最低落札価格を決めていると思われる。複数委託者のオークションの場合、急激な環境変化により数多い委託者との条件再交渉は困難を極めると思われる。多くの出品作は、たぶんほぼ同じ条件でオークションを実施したのだろう。高額落札が難しいとの判断で出品を取りやめた委託者もいたようだ。以上の複合的な理由から非常に厳しい落札結果になったといえるだろう。

ダイアン・アーバス“Family on their lawn one Sunday in Westchester, N.Y.,1968”、写真集から

今回の注目作で、高額落札が期待されていたのがダイアン・アーバスの“Family on their lawn one Sunday in Westchester, N.Y.,1968”。1968年のロンドンのサンデー・タイムズ・マガジンに掲載された、彼女の有名なポートフォリオ“A box of ten photographs”にも含まれる代表作。ちなみにドーン・アーバス(Doon Arbus)がサイン、ニール・セルカーク(Neil Selkirk)プリントの、エディション50の同10枚セットの最高額は、2018年4月6日クリスティーズ・ニューヨークで落札された79.2万ドル。アーバス作品のオークション最高額だ。

ダイアン・アーバスがサインした1点ものでは、有名作の手りゅう弾を持った少年“Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C., 1962”が、2015年5月11日クリスティーズ・ニューヨークで開催された現代アートやモダンアート中心の“Looking Forward to the Past”オークションで78.5万ドルで落札。
“Family on their lawn one Sunday in Westchester, N.Y.,1968”の、ダイアン・アーバスがサインした1点ものの最高額は、ちょうどリーマンショック前の好況期だった2008年4月8日ササビーズ・ニューヨークで落札された55.3万ドル。

クリスティーズによると、今回の出品作は1968~1971年にプリントされ、作家サインが入ったペーパーサイズ16X20″作品、相場環境を意識した20~30万ドルの落札予想価格だったが、時期が悪く残念ながら不落札だった。この価格帯の貴重作品をコレクションするのは主に美術館。しかし、コロナウイルスの影響でほとんどが休館し、従業員を休職させているところもあった。新たな作品コレクションどころではなかったのだろう。
その他、ロバート・フランク、ピーター・ビアード、リチャード・アヴェドン、ピーター・リンドバーグなど、予想落札価格10万ドル以上の価格帯の注目作が不落札だった。いままでは比較的好調だった高額セクターの人気作も、価格の調整が進行する気配だ。

Christie’s NY, Peter Beard “But past who can recall or done undo (Paradise Lost), 1977”

最高額は今春に亡くなったピーター・ビアードの“But past who can recall or done undo (Paradise Lost), 1977”。 約50.8X220.9cmの巨大横長サイズの1点もの。落札予想価格7~10万ドルのところ、11.875万ドル(約1306万円)で落札されている。

続いたのはアーヴィング・ペンの“Rag and Bone Man, London, 1951”。1961年にプリントされた貴重な初期プラチナ・プリントで、落札予想価格4~6万ドルのところ、10.625万ドル(約1168万円)で落札された。ちなみに本作は、2001年5月10日のササビーズ・ロンドンで2,350ポンド(3,408ドル)で落札されている。単純に計算すると、19年でなんと約31倍、1年複利で計算すると約19.85%で運用できた計算となる。

Christie’s NY, Irving Penn, “Rag and Bone Man, London, 1951”

ペンのパリ、ロンドン、ニューヨークの労働者をヴォーグ誌の依頼で撮影した「Small trades」シリーズは、2001年当時は明らかに過小評価されていた。本格的に認められるのは、2009年9月にJ・ポール・ゲティ美術館で展覧会が開催されて、写真集が刊行されてからなのだ。ちなみにペンは2009年10月に亡くなっている。現役の有名人気作家の過小評価作品を見つけるのはコレクションの醍醐味だといえるだろう。
一方で、同じペンのファッション作品“Black and White Fashion (with Handbag) (Jean Patchett), New York, 1950”は、落札予想価格5~7万ドルのところ、6.25万ドル(約687万円)で落札。同作は2013年4月5日のクリスティーズ・ニューヨークで9.375万ドルで落札された作品。所有期間約7年の単純の利回りはマイナスで-5.62%となってしまう。ペンのファッション系は最も人気の高いカテゴリー。ちなみに2013年の落札予想価格は3~5万ドルだったことを考えるに、当時の落札額は明らかに過大評価だったといえるだろう。こちらは、逆に人気作家の人気作の購入タイミングの難しさを示唆している。

今後は、スワン・オークション・ギャラリーが、6月11日に324点の“Fine Photographs”の公開オークション開催を予定している。フィリップスも、開催時期を変更して“Photographs”236点の公開オークションを7月13日に開催する。ただし、コロナウイルスの影響もあり、入札の中心はオンラインや電話になると予想されている。

(1ドル/110円で換算)