「テリ・ワイフェンバック/
Saitama Notes」  
@さいたま国際芸術祭2020

「さいたま国際芸術祭2020」は、今春に開催予定だったが新型コロナウイルスの感染拡大を受け延期になっていた。このたびウィズコロナ時代に対応したオンラインとオンサイト2つの作品鑑賞スタイルを採用し、感染予防のために完全予約制(日時指定)により開催が決定した。私どもの取り扱い作家テリ・ワイフェンバックの「Saitama Notes」シリーズもメイン会場の旧大宮区役所での展示がついに実現した。
今回のディレクターは映画監督の遠山昇司氏。彼はもともとワイフェンバック作品を写真集で見ていて、彼女の世界観を気に入っていたとのこと。彼が掲げたテーマは「花/flower」で、ぜひ彼女に埼玉の自然と花(特に桜)を撮って欲しい、という熱い希望により今回のプロジェクトは実現した。

テリ・ワイフェンバックとディレクター遠山昇司氏、2019年3月28日県庁にて

ワイフェンバックは2019年春に来日して浦和市に滞在。約2週間にわたり埼玉県各地を回り、見沼田んぼ周辺、見沼自然公園、名もなき小道などを積極的に散策して、桜の花などを含む自然風景を撮影した。
彼女の作品スタイルは日本の埼玉でも不変だ。誰も見たことのないような同地域の自然風景が作品化されている。撮影はソニーのα7Rシリーズで行われ、インクジェットプリントで出力後にアルミ複合板にマウント加工して、様々なサイズの約37点の作品が展示されている。
テストプリントを彼女の住むパリに何度も送り、スカイプを利用して色校正の指示を受けて手直しを行い、最終の展示作品を日本でプリント制作した。日本の業者は特に大きなサイズのプリントの場合、色を濃い目に調整しがちだ。彼女からは、多くのテストプリントの濃度が濃すぎると指摘された。
彼女の初期写真集の印刷は色彩が濃い目にプリントされている。それが意図的と勘違いする人もいるが、実際のオリジナルプリントはもっと色彩が抑えられているのだ。写真集とオリジナルプリントは全くの別物だと理解していると彼女は語っている。

会場の旧大宮区役所では、昭和の残り香が残る、やや廃墟然とした会場のたたずまいを、作品一部に取り込んで表現しているアーティストが多かった。しかしテリ・ワイフェンバックのスペースだけは壁面と照明がほぼ美術館同様に設営されている。主催者の作家への高いリスペクトを感じた。展示会場の一部には窓部分があり、外光を取り入れる会場の設計になっている。これは当初開催が予定されていた3月~4月にかけては、窓越しに桜並木が見られることによって企画された。窓越しの桜と、ワイフェンバックの大判の桜の作品のコレボレーション的な効果を考えたアイデアだった。 会期が秋になってしまい、残念ながら本物の桜との夢のコラボは実現しなかった。

2019年春の撮影直後には、彼女は埼玉の作品は2002年のイタリアで撮影された写真集「Lana」の延長線上にあると感じると語っていた。光の具合と空気の湿り気はイタリアと埼玉ではかなり違う。しかし展示作品のベースとなる画像をパソコン画像上で順番に見ていくと「Lana」と同じような印象の作品が多いと感じた。しかし、実際の展示を見た印象は予想とかなり違っていた。大きなサイズの、やや抽象的な作品を組で見せたり、咲いて散っていく桜の作品を並べて時間の流れとともに見せたり、つぼみの芽吹きや花が咲いていく過程を連作で提示し自然のダイナミックな動きを可視化し、壁面ごとに見せ方を工夫したかなりリズミカルな展示になっている。会場のレイアウトもすべてワイフェンバックのディレクション。これはアナログ時代には制作できなかった大判サイズの作品制作がデジタル技術の進歩により可能になったのだと思う。

彼女は写真のデジタル化により、鳥のような動きの速い被写体や、また光が弱い時間帯での撮影が可能になり、また抽象的作品の制作がより容易になった。同時にプリント作品制作と展示においてもより自由な表現が可能になったのだ。アナログ時代の彼女の展示では、大きめのタイプCプリントで制作された作品は整然とフレームに入れられて並べられていた。アーティストは自分のシャッターを押した時の感動を写真展でできるだけ忠実に再現したいと考える。しかし、アナログ時代はプリントサイズなどに限界があり、ある程度の妥協が求められたのだろう。

デジタル時代になり、IZU PHOTO MUSEUMで開催された「The May Sun」展あたりから、彼女は表現の一部として自由に空間を演出するようになった。今回は本人不在にもかかわらず、彼女の意図がほぼ正確に反映された展示になっていると思う。会場設営の実務を的確に行った実行委員会のチームがとても良い仕事をしたと評価したい。

本展では、アーティストの感動から生み出された自然風景の作品が、どのように解釈されて実際の展示に落とし込まれるかが見事に例示されている。展示自体も本展の見どころになっている。風景で作品を制作している写真家は必見だろう。今回の写真作品は、特徴がないと見逃されていた埼玉の自然風景が、多くのアマチュア写真家に再発見されるきっかけになるのは間違いないだろう。私は主催者に、絶対にテリ・ワイフェンバックの撮影した場所を地図化して一般に公表すべきだと提案したくらいだ。北海道にはマイケル・ケンナが写真撮影したということでアマチュア写真家の聖地となった洞爺湖畔などの地がある。埼玉にもテリ・ワイフェンバックが撮影したことで有名になる場所がいくつも生まれるのではないだろうか。彼女の写真を見たことで、個人的にも見沼自然公園とその周辺には行ってみようと考えている。

最近のワイフェンバックは、日本でのプロジェクトが続いている。2015年に静岡、奈良、そして2019年に埼玉を撮影している。特に、2015年に伊豆三島に長期間滞在して撮影された「The May Sun」は、彼女のライフワーク的な風景作品に重要な意味をもたらすことになる。彼女は場所の持つ気配を感じ取って写真表現するのを得意とする。2005年には、オランダ北東部のフローニンゲン(Groningen)で行われた「Hidden Sites」プロジェクトに参加。時代の変遷により歴史から消えた場所(Hidden Sites)の気配を写真作品で新たに蘇らせている。伊豆三島では、歴史を大きく遡って古の日本人が伊豆の山河に感じた神々しさ、言い変えると八百万の神を意識し、自然に美を見出す「優美」の表現に挑戦している。西欧人作家による日本の伝統的な美意識への気付きは極めて重要だ。同作は視点を変えると、自然を神の創造物ととらえ、人間が支配管理するという近代西洋の考え方の限界を提示しているとも解釈できる。初期作から続く日常の自然風景の作品は、日本の自然美が加わったことで、いま世界的に広がっている地球の温暖化対策や環境保護という大きなテーマにつながったのだ。
今回も全く同じスタンスで埼玉を撮影している。一貫した大きなテーマは不変で、その延長線上として埼玉の春の美しい自然風景を紡ぎだしたのが今回の展示なのだ。IZU PHOTO MUSEUMでの「The May Sun」の作品展示を見た人なら、会場に足を踏み入れた瞬間にその意味が直感的に理解できるのではないだろうか。
会期は11月15日まで、週末はあと2回だけ。ぜひお見逃しなく!

「さいたま国際芸術祭2020 (花 / flower)」
「テリ・ワイフェンバック/Saitama Notes)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)/完全予約制(日時指定)
会場:メインサイト 旧大宮区役所2階

公式サイト

予約サイト

「さいたま国際芸術祭2020」が
10月17日から開催決定!
「テリ・ワイフェンバック/
Saitama Notes」が初公開


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

今春開幕を予定していた数々のアート関連イベントは、新型コロナウィルスの感染拡大と政府の緊急事態宣言発令により中止や延期になった。

「さいたま国際芸術祭2020」も、今回のディレクター遠山昇司が掲げるテーマ「花/flower」をもとに、当初3月14日~5月17日に開催される予定だった。残念ながら感染者の急増を受けて延期となってしまった。
私どもの取り扱い作家テリ・ワイフェンバックも、「Saitama Notes」シリーズをメイン会場の旧大宮区役所で展示する予定だった。実は作品展示は既に終了していたのだが、延期の決定を受けていったん全作品を撤収したという経緯がある。現在パリ在住のワイフェンバック本人も3月5日に来日してオープニングに備える予定だったが、こちらも急遽キャンセルになってしまった。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

約6か月が経過しても新型コロナウィルスの感染拡大はまだ収束していない状況だ。私たちはウイルスと共存しながら社会活動を行うニューノーマルの時代を生きなくてはならなくなった。
「さいたま国際芸術祭2020」も、すでに多くの作品が完成していたことから、新型コロナウィルス禍が続く中、感染予防に対応した新しいスタイルでの開催を迫られた。当初予定していた50組以上のアーティストやプロジェクトが参加する大規模での開幕は残念ながら変更され、ウィズコロナ時代に対応したオンラインとオンサイト2つの作品鑑賞スタイルを採用し、感染予防のために完全予約制(日時指定)で開催することになった。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

テリ・ワイフェンバックの「Saitama Notes」シリーズも、当初の予定通りメインサイト(旧大宮区役所)で展示される。これは彼女が2019年春に来日して浦和に滞在し、約2週間にわたり埼玉県各地を精力的に回り、桜の花などを含む自然風景を撮影した珠玉の作品。彼女の作品スタイルは日本の埼玉でも不変だ。誰も見たことのないような埼玉の自然風景が作品化されている。
「さいたま国際芸術祭2020」開催期間はわずか1か月に短縮されたので、ぜひお見逃しのないように!完全予約制(日時指定)で入館日の2日前までに予約が必要となる。オンラインでワイフェンバック作品のエッセンスを伝える動画も最近公開された。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

ブリッツも同芸術祭での展示に合わせて、ブリッツ・アネックスでテリ・ワイフェンバック作品を展示する。内容は今春に2週間開催して延期になり、その後に予約制で再開した「Certain Places」からのセレクションとなる。コンパクトに彼女の写真家キャリアを回顧できる内容だ。ただしスペースの関係で春に紹介された全作品の展示は行わない。作品はもちろん購入可能、希望作品の海外からの取り寄せも行う。限定数だが、写真集や過去のカタログの販売も行う。一部にはサイン本も含まれる。今春の写真展に来られなかったワイフェンバックのファンはぜひこの機会に来廊してほしい。
ブリッツで現在開催中の「Pictures of Hope」展と同じく完全予約制となる。

また伊豆三島のヴァンジ彫刻庭園美術館でも、テリ・ワイフェンバック作品を含むグループ展「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」が10月31日まで開催中だ。

本来は春に、三島、東京、大宮の3か所でワイフェンバック作品の同時展示を企画していた。新型コロナウイルスの影響で延期されていたが、やっと10月にそれが実現することになった。しかし残念ながら作家本人の来日は中止となってしまった。

1.「さいたま国際芸術祭2020 (花 / flower)」
 「テリ・ワイフェンバック/Saitama Notes)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)
*完全予約制(日時指定)
会場:メインサイト:旧大宮区役所
   アネックスサイト:旧大宮図書館
   スプラッシュサイト:宇宙劇場、大宮図書館、埼玉会館ほか

公式サイト

予約サイト

2.「テリ・ワイフェンバック/Certain Places(アンコール開催)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)
     1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料 
*完全予約制(日時指定)   
会場 : ブリッツ・アネックス

(ご注意)今春に開催した「Certain Places」からのセレクションです。ただしスペースの関係で春に紹介したすべての作品の展示は行いません。

ブリッツ・ギャラリー公式サイト

予約フォーム

3.「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」
参加作家:テリ・ワイフェンバック、杉戸洋、須藤由希子、ロゼリネ・ルドヴィコ、クリスティアーネ・レーア、須田悦弘、川内倫子
開催期間:2020年3月20日(金)- 10月31日(土)
     10:00~17:00/ 休廊 水曜日 / 入館料 大人1200円

・公式サイトhttps://www.clematis-no-oka.co.jp/vangi-museum/

80年代にアフリカ系米国人の希望を作品化
中村ノブオ「ハーレムの瞳」

今年はアフリカ系米国人に対する警察の残虐行為に抗議して、米国各地でデモが相次いだ。その後、非暴力的な市民的不服従を唱えるブラック・ライヴズ・マター (BLM)運動が世界中で注目されるようになった。また全米オープンテニス優勝者の大坂なおみ氏が、黒人襲撃の抗議のために過去の犠牲者の名前を記したマスクを着用したことも大きなニュースとして紹介された。
私が少し驚いたのは、多くの企業が自らの政治的な立場を明らかにしたことだった。従来は、異なる考えを持つ関係者への配慮から、企業は社会的な問題にはニュートラルな立場を貫いていた。つまりなにも発言しないということだ。アート業界でも差別に反対する声明が多くのアーティスト、ギャラリー、美術館から発せられた。私のもとにも自らの立場を明確にするメッセ―ジが書かれたメールが各所から数多く届いた。沈黙することは現状容認を意味するという強い意思表示が感じた。

私はこの一連の動き見て、即座に中村ノブオの写真作品「ハーレムの瞳」を思い出した。そして、どんな形でもこの時期に日本の人に彼の作品を見せなければならないと考えた。

ⓒ Nobuo Nakamura

同作は80年代にニューヨークのハーレムで暮らす人たちの日常を、社会の内側からディアドルフ8X10”大型カメラでドキュメントしたもの。アフリカ系米国人たちへの高いリスペクトが感じられる作品としていま現地でも再注目されている。作品が永久保存されているブルックリン国立博物館が最近発行した、ブラックコミュニティーと権利を主張する為に「みなで選挙に行きましょう!」と呼び掛けるニュースレターにも、中村の作品が紹介されている。

ⓒ Nobuo Nakamura

中村ノブオは、1946年福島県三春町出身。東京写真専門学校卒業後、1970年に何もコネクションを持たずにプロの写真家を目指して無謀にもニューヨークへ渡る。写真で独立するという自らの強い信念が幾多もの幸運を呼び寄せ、広告写真家のアシスタントに採用される。その後、写真撮影の経験を積み1981年にはフリーカメラマンとして憧れの地で独立する。
30歳代の中村が写真家の可能性を試すために行なったのが、当時は治安が極端に悪かったアフリカ系米国人が多く住むハーレムでの写真撮影だった。若きチャレンジ精神豊かな中村は、大胆にも誰も行なっていない8X10”の大型ビューカメラでの撮影に挑戦する。ハーレムでの撮影といえばブルース・デビッドソン(1933 – )の「East 100th Street」(1970年刊)が有名だが、彼はリンホフ・テヒニカの4X5”カメラを使用している。中村によると、ハーレムのストリートで三脚を立て、暗幕の中でピントを合わせるときは、緊張で心臓の鼓動が聞こえ、冷や汗が流れたそうだ。どこからともなくブルースが流れるハーレムの町中での撮影中、中村の頭の中では日本ブルース、演歌のメロディーが流れていたそうだ。色々な幸運に恵まれて週末のハーレムでの撮影が数年間続く。治安が悪いことを恐れて隠し撮りしなかったこと、奥さん、子供を同伴させたこと、撮影した被写体の人には後日写真をプリントしてプレゼントしたこと、などが住民の暖かい撮影のサポートが得られた理由だったかもしれない、と中村は語っている。

ⓒ Nobuo Nakamura

様々な努力の結果、彼はハーレムの住民のコミュニティーの中に見入り込むのに見事に成功している。彼の作品のモデル達は皆リラックスしている。その表情には緊張感を全く感じられないどころか、笑顔が見られる作品も多い。中村のカメラはハーレムの人々の隠された穏やかな人間性までも引き出しているのだ。当時の事情を知らない若い人は、作品を見て「笑顔が絶えないハート・ウォーミングな街ハーレム」のような印象を持つのではないだろうか。中村の作品は、当時の「危険で怖いアフリカ系米国人が住む街ハーレム」は、アップタウンに住む白人や旅行者の抱いていたイメージだった事実を明らかにしてくれる。
またハーレムに住む人々のドキュメントは、まるで綿密に何気なさが計算された高度なファッション写真のようにも見えてくる。いや1980年代のニューヨークの雰囲気、気分、スタイルをとらえた一流のアート系ファッション写真としても通用するだろう。

ⓒ Nobuo Nakamura

1980~1984年に撮影された一連の作品はニューヨークの写真界で高く評価され、ブルックリン国立博物館、ニューヨーク市立図書館ショーンバークセンター、ニューヨーク市立博物館などでコレクションされている。また中村が1984年に帰国後、1985年に写真集『ハーレムの瞳』(築摩書房刊)としてまとめられている。80年代中ごろに帰国し東京に事務所を開き、その後は広告分野で活躍。2000年に新宿コニカ・プラザで個展「MIHARU」を開催している。
ブリッツでは、アート・フォトサイト・ギャラリーで2004年に「New York City Blues」、2006年に「How’s your Life?」を開催。「Pictures of Hope」展では、中村ノブオ「ハーレムの瞳」を特別展示。代表作と貴重なヴィンテージ・プリントを特集して展示している。80年代にいち早くアフリカ系米国人の未来への「Hope(希望)」を意識して作品制作を行っていた中村の業績にぜひ再注目したい。

「Pictures of Hope」-ギャラリー・コレクション展 –
2020年9月18日(金)~ 12月20日(日)
予約制で開催/1:00PM~6:00PM/休廊 月・火曜日/入場無料
ブリッツ・ギャラリー

・来場予約は公式サイト予約フォームからどうぞ