2022年春ニューヨーク写真オークションレヴュー
高額セクターに相場調整の気配

Christie’s NY, “Photographs from the Richard Gere Collection(Online), ”František Drtikol「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」

2022年の大手3業者によるニューヨーク定例アート写真オークションは、昨年同様に各社の判断で、オンラインとライブにより4月に集中して開催された。複数委託者による”Photographs”オークションは、クリスティーズが4月5日(オンライン)、フィリップスは、4月6日(ライブ)、サザビーズは、4月13日(オンライン)に行われた。また前回紹介したように、クリスティーズは4月7日に俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール”Photographs from the Richard Gere Collection”をオンラインで開催した。今回は4月に行われた4つのオークション結果の分析を行いたい。
ちなみに、平常時はオークション開催時期に同じくニューヨークで行われるファインアート写真の世界的フェアのipad主催のThe Photography show。2022年は、5月20日~22日にニューヨーク市のCenter415で開催される予定だ。

さて現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。昨年までは世界的な新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄されていた。いま世界的に注目されているのはインフレ懸念の高まりだ。新型コロナウイルス対策後の世界的景気回復により特に米国で消費が拡大した。さらにウクライナ危機による資源価格急騰、また米国では名目賃金も上昇しはじめてインフレ懸念が強まっている。コロナウイルスの感染拡大によるサプライチェーンの混乱により、効率的だった経済のグローバル化の見直しが迫れれている。これもコスト上昇要因になる。米ミシガン大の3月の消費者調査(速報)によると、人々の1年先の物価見通しを示す予想インフレ率が5.4%と約40年ぶりの高水準になったと報道されている。以上の状況により米国の中央銀行にあたるFRBは、インフレ対策のため3月には量的緩和を終了。その後は、かなり急激な複数回の利上げが予想されている。インフレによる消費者の購買力低下予想などが反映され、株価も変動が大きくなっている。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、3月8日には32,632.64まで下落、いまでも33,000前後で取引されている。
ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したもののその後は下落傾向が続き、いまは12,000ドル台まで下落している。株価動向はオークションの入札者に心理的な影響を与えると言われている。また高額評価作品の出品が控えられる傾向も強くなる。アート市場を取り巻く環境は決して良好とは言えないだろう。

さて今春のオークション結果だが、3社合計で702点が出品され、494点が落札。不落札率は約29.6%だった。ちなみに2021年秋は922点で不落札率29.1%、2021年春は557点で不落札率26.8%。
総売り上げは、約978万ドル(約11.7億円)で、昨秋の約1484万ドルから大きく減少、ほぼ2021年春の約969万ドルと同じレベルにとどまった。
落札作品1点の平均金額は約19,810ドルと、2021年秋の約22,692ドルから約12.7%下落、2021年春の23,774ドルも下回る。昨秋とは出品数が増加するなか、落札率は同水準で、総売り上げが減少したことによる。
業者別では、売り上げ1位は約393万ドルのフィリップス(落札率76%)、2位は約384万ドルでクリスティーズ(落札率73%)、3位は200万ドルでサザビース(落札率59%)だった。

厳しい外部環境の中、高額落札が期待された作品が苦戦し、5万ドル以上の高額作品の不落札率は54.4%と高かった。フィリップス“Photographs”では、シンディー・シャーマンの「Untitled #580, 2016」、落札予想価格25万~35万ドルなど、高額落札が期待された彼女の3作品が不落札、アーヴィング・ペンの「Woman in Chicken Hat (Lisa Fonssagrives-Penn) (A), New York,1949」も、落札予想価格8万~12万ドルが不落札。
サザビーズ“Photographs(Online)”では、リチャード・アヴェドンの代表作「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1980」、57.4 x 45.7 cmサイズ、エディション50の作品が、落札予想価格18万~28万ドルのところ不落札。1979年プリントの同じ作品は、クリスティーズ“Photographs(Online)”で、落札予想価格15万~25万ドルのところ、なんと12.6万ドル(約1512万円)で落札されている。
サザビーズのオークションでは、高額落札が期待された、ダイアン・アーバスの本人サイン入りの代表作「Family on Lawn One Sunday in Westchester, N.Y」、イモージン・カニンガムのヴィンテージ・プリント「False Hellebore (Glacial Lily)」が不落札だった。
今春のオークションでは、入札には高値を追うような力強さが欠けており、特に高額価格帯のファッション、ドキュメンタリー系が弱い印象だった。

今シーズンの最高額は、クリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”に出品されたチェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

2位は、サザビーズ“Photographs(Online)”の、トーマス・イーキンズ(Thomas Eakins)の19世紀写真「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」だった。落札予想価格3万~5万ドルのところ、なんと上限の6倍以上の32.76万ドル(約3931万円)で落札されている。ヌードの若い男性がボクシングをしている、とても小さい9.5X12.1cmサイズの鶏卵紙(albumen print)作品だ。

Sotheby’s, “Photographs(Online)”, Thomas Eakins「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」

3位もクリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

昨秋にジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、“Twin Flames”シリーズのNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品して話題をさらったクリスティーズ。今春も、複数アーティストによるNFTの12セットとなる「Quantum Art: Season One, 2021-2022」を出品させている。落札予想価格15万~20万ドルのところ16.38万ドル(約1965万円)で落札、これは同社の今シーズンの最高額落札になった。

Christie’s NY, “Photographs”, Various Artists「Quantum Art: Season One, 2021-2022」

余談になるが、最近の外国為替市場での急激なドル高/ユーロ高/円安の進行で、ギャラリーでは知名度の高い写外国人真家の作品への問い合わせが増加している。海外市場で取引されている写真家の有名作品のコレクションは、外貨資産を持つと同じ意味になる。約25年以上もそのように説明してきたが、やっと多くの人が急激な円安進行によりこの事実に気付き始めてくれた印象だ。

(1ドル/120円で換算)

リチャード・ギア写真コレクション・セール
クリスティーズでオンライン開催

2022年春の大手業者によるファインアート写真の定例オークションは、3月下旬から4月中旬にかけてニューヨークで開催された。今シーズンで注目されたのが、米国の俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール「Photographs from the Richard Gere Collection」だった。クリスティーズが、3月23日から4月7日にかけてオンラインで開催した。

Christie’s, Diane Arbus, “Audience with projection booth, N.Y.C., 1958” Sold at $75,600.

ギアは「愛と青春の旅だち」、「プリティー・ウーマン」などの映画で主演を演じている有名俳優。実はシリアスな写真コレクターとしても業界では知られている。今回の単独オークションで、そのコレクションの全貌が初めて明らかになった。その中には、エドワード・S・カーティス、ギュスターヴ・ル・グレイなどの19世紀写真、アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・ウェストンといった20世紀初期作品、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ダイアン・アーバスといった20世紀作品まで、写真メディアの巨匠たちの有名作が多数含まれていた。クリスティーズの国際写真部門責任者のダリウス・ヒメス氏は、「非常に高いレベル」のコレクションだと賞賛している。

クリスティーズのメディア資料によると、ギアは、ボーイスカウト時代に母親から贈られたコダック・ブローニーカメラがきっかけで写真表現に魅了されるようになったという。1970年代半ばにキャリアを舞台から映画へと移行したことで、彼の写真への興味はさらに深まる。複数のカメラアングルにより物語が構築されることを目の当たりにし、「それぞれの写真が異なる物語を語る」ことを実感したという。ニューヨークとロサンゼルスで過ごした若かりし時代には、本屋でアーヴィング・ペンやエドワード・カーティスなどの写真集を立ち読みしていたそうだ。
本格的に映画デビューする前のギアは、これも写真家デビュー前のハーブ・リッツ(1952-2002)とプライベートで親しくなる。2人は、それぞれが俳優とカメラマンとして成功の階段を上っていく。リッツは、巨匠ブルース・ウェバーとの出会いがきっかけで、ファッション写真家として成功をつかむことになる。そして、同じく俳優として有名になっていくギアの写真をほぼ専属カメラマンとして撮影するようになるのだ。さらにギアは、仕事先で「美しいものを見るのが目的として」展覧会に行ったり、リッツと一緒にアート・オークションに参加するなど写真の趣味を広げていく。そしてギアの言うところの「自分の目と感性を鍛えるための進化プロセス」の一部として、本格的に写真コレクションを開始する。リッツが撮影した若かりしギアの写真「Richard Gere, San Bernadine, 1979」は写真集「Herb Ritts Pictures」(Twin Palms, 1988年刊)に収録されている。

“Herb Ritts Pictures” (Twin Palms),「Richard Gere, San Bernadine, 1979」

クリスティーズが紹介しているインタビューでは、「俳優である私の基本的なツールは感情、つまりストーリーテリングです。私が反応する写真のほとんどにはストーリーがあると思います」、また「これらの写真は、私が彼らに何かを感じたからこそ、私の人生に届いたのです。これらの写真には魂があり、人間らしさがある。技術的なことは関係ない」と、ギアは自らのコレクションを語っている。彼が写真をファインアート作品と認識していた事実がよく分かるコメントだ。

さて、今回のリチャード・ギア単独オークションでは、写真史を網羅する珠玉の139点が出品され、106点が落札、不落札率は約23.7%、総売上高は約242.23万ドル(約2.9億円)という結果だった。
俳優リチャード・ギアが所有していたという輝かしい来歴を持った作品群のオ―クションだったことから、ダイアン・アーバス、サリー・マンなどの一部作品は落札予想価格上限を大きく上回る落札が見られた。しかし、全体的には落ち着いた結果だったといえるだろう。

最高額は、チェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

Christie’s, František Drtikol, “Temná vlna (The Dark Wave), 1926”

2位は、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

Christie’s, Alfred Stieglitz,”Georgia O’Keeffe, 1918″

3位は、エドワード・ウェストン(Edward Weston)の「Nude on Sand, Oceano, 1936」。落札予想価格7万~10万ドルのところ10.71万ドル(約1285万円)で落札されている。

Christie’s, Herb Ritts, “Djimon with Octopus, Hollywood, 1989”

リチャード・ギアの友人だったハーブ・リッツ作品は12点出品され10点が落札されている。最高額は「Djimon with Octopus, Hollywood, 1989」、83.8 x 68.5 cmサイズでエディション12の作品。落札予想価格2.5万~3.5万ドルのところ4.788万ドル(約574万円)で落札されている。

Christie’s/「Photographs from the Richard Gere Collection」

2022年ニュ-ヨーク春の大手業者によるその他のオークション結果は現在集計中。次回にレポートをお届けする。

(為替レートは1ドル120円で換算)

マイケル・ドウェックの名作解説(3) “Habana Libre”(2011年作品)

ブリッツ・ギャラリーは、米国ニューヨーク出身の写真家/映画監督マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」を開催中。彼が監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開記念展となる。

本展では、「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」からの作品と共に、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.」、「Mermaids」、「Habana Libre」のアイランド三部作から、代表作も含めた27点を展示中。最近になってドウェックの存在を知った人は、今までの作品をあまり知らないだろう。本展開催に際して、彼の代表作が生まれた背景や評価されている理由を解説してきた。

第3回はアイランド3部作の完結編「Habana Libre」を取り上げる。
ブリッツでは、写真集「Habana Libre」(Damiani/2011年)の刊行に際して、2011年12月から2012年2月かけて写真展を開催している。同作でドウィックが舞台に選んだのは共産主義国家のキューバ。彼は2009年以来、同地を8回も訪問しフィルム約500ロール分の撮影を行っている。本作で撮影されているのは、ナイトクラブのパーティー、若者のナイトライフ、スケートボーダー、ファッションショー、音楽ライブ、ビーチライフ、サーフィンなどのシーン。まるでマイアミや南米リオデジャネイロなどの観光地のような写真作品だが、撮影場所はキューバなのだ。
本作で、ドウィックは階級がないはずの共産主義国キューバに存在するクリエィティブな特権階級のファッショナブルな生活を探求している。西側はもちろん、キューバでも知られていない同国内のシークレット・ライフを初めて紹介するドキュメント作品なのだ。 ドウィック によると、かれらのコミュニティーはまるで多分野の芸術家、文化人が集った30年代のパリのサロンの雰囲気を彷彿させたとのこと。

ⓒ Michael Dweck

「Habana Libre」も 、前2作と同様に被写体はモデルのようなカッコイイ人たちばかりだ。しかし決してファッション写真の様なモデルを起用して撮影した作り物のイメージではない。
撮影にはキューバ政府が非常に協力的だったという、カメラ機材の持ち込みにも配慮があったそうだ。その背景には、当時高齢だった最高指導者フィデル・カストロ(1926-2016)後のキューバの青写真があったようだ。将来的に文化観光事業を国の根幹の産業に育てたいという意図があり、ドウィックのキューバでの作品制作はその意図に合致していたのだろう。
キューバというと、ライ・クーダとヴィム・ヴェンダース監督による「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の、古い街並みと50年代の古いアメリカ車が走っているイメージがあるだろう。いまでも多くの住民は経済的には非常に貧乏だという。しかしキューバ社会には、本作で紹介されたような、アーティスト、作家、俳優、モデル、ミュージシャンたちの階級が存在するのだ。彼らの生活で重要なのはお金ではなく、社会的コネクションなのだという。それは、お互いの才能を認め合った多分野のクリエイティブな人たちのコミュニティーなのだ。なんとその中には、革命家のチェ・ゲバラ、フィデル・カストロの息子二人も含まれている。ドウィックは彼らの貴重なポートレートも撮影、それらは写真集に収録されている。
この分野の人材が育ったのは、1959年の革命以来、キューバ政府が文化振興に力を入れたという歴史的背景があるそうだ。この状況を的確に言い表しているのが、“キューバは経済的には貧乏だが、人材的には豊かだ” というキューバUNICEFの副代表Viviana Limpias氏のコメント(同名写真集に収録)。これは、お金がなくてもそれぞれが自分を磨いて魅力的になれば、周りに人が集まり幸せになれる、ということ。これこそは、過度にお金を追求し続ける現代アメリカ人に対しての、本作を通してのドウィックからのメッセージではないだろうか。
なお同写真展はハバナのFototeca de Cuba museumでも2012年に開催されている。これはキューバ革命後、アメリカ人写真家による初めての個展だったという。米国とキューバとの文化的な関係性を取り上げるとともに、オバマ政権下の2015年の国交再開を示唆した作品として注目された。

ⓒ Michael Dweck

会場では、写真集「Hbana Libre」(2011年Damiani刊)の限定100部のプリント付き、サイン入り特装版が限定数販売されている。彼のほとんどの作品は今やかなり高額になっている。この特装版は極めてお買い得といえるだろう!

ⓒ Michael Dweck

〇開催情報

「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29

映画「白いトリュフの宿る森」
公式サイト