美術館「えき」KYOTOのボウイ展がリターンズ!
鋤田がボウイ目線で約40年後の京都を撮影

デヴィッド・ボウイは、京都をこよなく愛したことで知られている。山科区に住居を持っていたという都市伝説もあるくらいだ。その発信源だといわれているのが、鋤田正義がボウイをまるで京都で暮らしているかのように撮影した一連のスナップなのだ。1980年3月、ボウイは宝酒造(伏見区)の焼酎「純」の広告の仕事で京都を訪れている。ロケ地はボウイが指定した正伝寺だった。ボウイは鋤田をアーティストとして尊敬していたから、広告撮影はあえて彼に依頼しなかったことが知られている。日本とは違い、欧米ではアーティストは自己表現を追求する人だと考えられており、めったに広告の仕事を行わないのだ。

(C)SUKITA

ボウイは仕事が終わった後に、鋤田を京都に招待して共にプライベートな時間を過ごしている。鋤田は自らの提案で、ロックのカリスマの鎧を脱いだ普段着のボウイを、京都の街並みを背景にドキュメント風に撮影した。数々の歴史的名作がこの時の撮影から生まれている。
名盤「ジギー・スターダスト」裏カヴァーのオマージュのテレフォン・ボックスでの電話通話、町屋の並ぶ路地の散策、古川町商店街での鰻の八幡巻きの買い物、阪急電車による移動、旅館での浴衣姿などの写真は、ボウイのファンなら見覚えがあるだろう。自然なたたずまいのボウイの姿を見た人が、彼が京都に暮らしていると思ったのも納得する。

(C)SUKITA

2019年から3回にわたり、鋤田はコロナ禍の京都で約40年前にボウイを撮影した場所を再訪する。彼はボウイの新旧の写真を通して悠久の都「京都」における、時間経過の可視化に挑戦した。“京都は変わってないと思っていたが、3回撮ってみたら、変わっていた……”と鋤田は語っている。(カタログから)
展覧会ディレクションは、プロデューサー立川直樹氏。カタログに掲載されている同氏のエッセーは、とても読み応えがある。

実は2021年4月3日に開幕した写真展「時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA」は新型コロナウイルス感染拡大により、5月の大型連休前に急遽中断となってしまった。大型連休に訪問予定だった多くのファンは、残念ながら同展を見ることができなかったのだ。その後アンコール開催の声が多数寄せられたことから、同展は「時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA リターンズ 鋤田正義写真展」として、再び開催されることになった。展覧会のフライヤー中央部には黄色の文字で「リターンズ」と追加記載がされている。今回はボウイの名盤「ジギー・スターダスト」誕生50年の年でもあることから、この時代の作品が前回よりも多数展示されているとのことだ。残念ながら、本展では鋤田正義のトークイベントやサイン会は予定されていない。しかし、会場では同展カタログの他に、昨年7月に刊行された「SUKITA:ETERNITY」のサイン本やプリント付き特装版が予約販売される予定だ。

京都ではちょうどアンビエント・ミュージックの第一人者で、ボウイのベルリン3部作の制作に関わったブライアン・イーノの音と光の展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」が8月21日まで、京都中央信用金庫 旧厚生センターで開催中だ。鋤田はイーノが手掛けたボウイの「Heroes」のカバーを撮影している。京都は鋤田に、ボウイ、イーノとの不思議な縁をもたらしている。

展覧会を見て回って時間があったら、ぜひボウイが訪れた、画材屋「彩雲堂」、老舗蕎麦屋「晦庵 河道屋」、正伝寺なども訪れたい。

時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA リターンズ
鋤田正義写真展
美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)
2022年6月25日(土)~7月24日(日)

【展示作品】
出展数:約200点
①1980年3月29日、京都で撮影したボウイ=39点
②2020~2021年 京都撮りおろし作品=115点
③ボウイとの仕事、ボウイゆかりの地など=22点
④ボウイ(タペストリープリント)=4枚

開催情報

マン・レイ名作が1千2百万ドルで落札!
写真のオークション史上最高落札額更新

2022年5月にニューヨークで開催された現代アート系オークションでは、写真系作品の高額落札が相次いだ。

アートフォトサイトで既報のように、5月14日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された「The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs」オークションではマン・レイの歴史的名作”Le Violon d’Ingres, 1924″の、極めて貴重なヴィンテージ作品が、写真作品のオークション最高落札額となる12,412,500ドル(@128/約15億8880万円)で落札された。
本作は、サイズ19 x 14 3⁄4 inch (48.5 x 37.5 cm)の1点ものの銀塩写真、落札予想価格は500万ドル~700万ドルだった。
これまでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたドイツ人現代アーティストのアンドレアス・グルスキーの”Rhein II”の4,338,599ドル。ちなみにいままでのマン・レイの最高額は、2017年11月9日にクリスティーズ・パリで開催された「Stripped Bare: Photographs from the Collection of Thomas Koerfer」に出品されたヴィンテージ作品“Noire et Blanche, 1926”で、2,688,750ユーロ(@135/約3.63億円)だった。今回の落札はもちろんマン・レイ作品のオークション最高落札額になる。

Christie’s NY, Man Ray “Le Violon d’Ingres, 1924”

“Le Violon d’Ingres, 1924”は、マン・レイの最も有名な写真作品。アートや写真に興味ない人でも一度は見たことがあるだろう。クリスティーズは、作品の興味深い解説を掲載している。一部を参考までに紹介しておこう。
本作は、モデルのアリス・プリン(通称キキ・ド・モンパルナス)の画像と、レイヨグラフ技法で制作されたバイオリン系の管楽器にある「F」の文字をかたどった開口部「Fホール(f-hole)」を組み合わせて作られた作品。マン・レイは、まず露光する感光紙の表面を覆う紙/ボードなどにFホールの穴を切り抜いた。そして引き伸ばし機の下に印画紙を置き、その上にFホールのテンプレートを置いて露光。すると両方のFホールの形がプリントに真っ黒に焼き付けられる。テンプレートを外した後、キキのネガを引き伸ばし機のネガホルダーに入れ、同じプリントで2回目の露光を行った。現像すると、キキの背中のイメージは、すでに印画紙に焼き付けられたFホールと魔法のように融合したのだ。
作品タイトルの“Le Violon d’Ingres, 1924”も非常に興味深い意味が含まれている。フランス語を直訳すると「アングルのバイオリン」という意味になる。これは19世紀のフランスの有名画家ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780-1867)にちなんでいるという。アングルは画家としての才能だけでなく、ヴァイオリンの腕前も世間に認められていたそうだ。しかしアングルは画家として優秀であったため、ヴァイオリンの演奏は単なる娯楽や趣味だと考えられていたそうだ。この言葉はいまでは定着し「アングルのバイオリン(Ingres’s violin)」はフランス語の慣用句で、喜びやくつろぎのために行う活動、つまり趣味を意味するという。
たぶんこのころの、マン・レイにとって写真は「アングルのバイオリン」だったと思われる。写真は、自分の仕事や友人の活動を記録するためのメディアであって、自分の芸術制作での表現方法ではないと考えていたのだ。彼は写真を、モデルでありミューズだったキキとのロマンチックな関係、そして画家アングルへの憧れを表現する手段として使用したのだ。

Christie’s NY, Helmut Newton “Big Nude III (Variation), Paris, 1980”

5月10日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「21st Century Evening」オークションで、唯一出品された写真作品のヘルムート・ニュートン(1920-2004)“Big Nude III (Variation), Paris, 1980”が、落札予想価格は80万ドル~120万ドルのところ2,340,000(@128/約2億9952万円)で落札された。196.2 x 110.8 cmサイズの大判作品で、記録上1点しか存在しないプリントで、1990年に写真家から著名なギャラリストのルドルフ・キッケン(Rudolf Kicken)に寄贈された作品とのこと。今回はニュートン作品のオークション最高落札額になる。ちなみにいままでのニュートン最高額は、2019年4月4日にフィリップス・ニューヨーク「Photographs」オークションに出品された“Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”。美術館などでの展示用の197.5X198.8cmと196.9X183.5cmサイズの巨大組作品で、落札予想価格60~80万ドルのところ182万ドル(@110/約2億円)で落札されている。

Christie’s NY, Richard Avedon “Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”

続いて5月13日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「Post-War and Contemporary Art Day Sales」オークションで、リチャード・アヴェドン(1923-2004)の「In The American West」シリーズの“Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”が、落札予想価格は25万ドル~35万ドルのところ378,000(@128/約4838万円)で落札されている。142.2 x 113 cmサイズの大判で、エディション6/6の作品。ちなみに2016年11月3日にフィリップス・ロンドンで161,000ポンド(@130/2093万円/@1.25/約201,250ドル)で落札された作品。手数料や保管管理を無視して複利で単純計算すると約6年間で11.08%程度で運用できたことになる。
同オークションでは、シンディー・シャーマン(1954-)のカラー作品“Untitled、1981”も、落札予想価格は40万ドル~60万ドルのところ882,000(@128/約1億1289万円)で落札されている。こちらは61 x 121.9 cmサイズで、エディション1/10の作品。

今回のオークションでは、有名アーティストの貴重なヴィンテージ作品の価値がアート市場で過小評価されていた事実が明らかになった。初めての1000万ドル越えは、高額セクターの写真作品相場の新たな基準になると思われる。また特にファインアート系ファッション/ポートレートの大判写真作品の、落札予想価格上限を超える落札は、それらは20世紀写真ではなく現代アート作品だという認識が定着してきた証だといえるだろう。他の現代アート作品と比べて割安だった有名写真家の作品。ここにきて特に数が少ない大判作品の再評価の兆しが感じられる。

クリスティーズ
https://www.christies.com/en/auction/the-surrealist-world-of-rosalind-gersten-jacobs-and-melvin-jacobs-29818/browse-lots