展覧会レビュー
TOPコレクション
メメント・モリと写真
@東京都写真美術館

東京都写真美術館(TOP MUSEUM)は、約36000点にも及ぶ膨大な国内外の写真コレクションを誇っている。開館が写真の市場価格高騰前の90年代前半で、また当時の東京都の財政状況が良好で購入予算が豊富だったので、いまでは高額で購入が難しい作品を多数収蔵している。定期的に開催されるTOPコレクション展は優れた収蔵品を紹介する非常に質の高い展示になる。担当キュレーターの選んだ企画テーマによりコレクションを見せる方向性が決まってくる。
幅広い分野にまたがる作品をできるだけ自由に見せるには、大きなテーマを採用したほうが都合が良いだろう。今回のキーワードは「メメント・モリ」。死を思えということ。これは、人間はいつか死ぬという、すべての写真作品に当てはめ可能な、誰も文句が言えない大きなテーマとなる。今までのコレクション展では、テーマに引きずられて、多少無理のあるような作品や作家セレクションが見られた。今回の展示では、死を表現した作品が含まれるものの、膨大なコレクションから自由に有名写真家の珠玉の作品が紹介されている印象を持った。

今回の展示にはいくつかの見どころがある。
まず藤原新也(1944-)の「メメント・モリ」(情報センター出版局、1983年刊)からの12点の展示を上げたい。その中の1点となる、“ニンゲンは、犬に食われるほど自由だ、1973”は、1981年(昭和56年)12月4日号雑誌フォーカスに連載された「東京漂流」の第6回の掲載作品。編集部が掲載内容を変更したことで連載がその号で打ち切りになり、当時は大きな話題になった。その経緯は、「東京漂流」(情報センター出版局、1983年刊)に詳しく書かれている。

同作に込められていたのが、経済成長を続ける80年代日本のコマ―シャリズムやマスコミに対する写真家の違和感なのだ。「東京漂流」を読むと、それは生産の拡大と能率のために、無駄、邪魔と考えられる世界の構成要素を汚物畏敬として排除する性向を現代のコマーシャリズムは宿命として持っている、という藤原の認識だとわかる。コマ―シャリズムの発するメッセージは人間や事物の持つ明暗の「明」の部分のみを拡大し、生命や生存の全体像を欠落させている。「死の意味」に対する認識が希薄なのだ。藤原は「ニンゲンは、犬に食われるほど自由なんだ」というコピーと、ガンジス川で野犬が人に食いついている写真作品で「死の意味」をタブー化している日本社会に一撃を加えた。日本社会は、表層は自由な世の中のようだが、実際はここで取り上げられた「死の意味」以外にも様々なタブーが存在する。彼は、政治、大新聞、差別問題、天皇問題、コマ―シャル批判などが世間のタブーになっていることを指摘している。

40年以上経過した現在の日本でも、その状況はあまり変化していないのかもしれない。しかし、変化の兆しは地域の公共美術館による藤原新也の作品展示にあるのではないか。1944年生まれで、すでに1977年には第3回木村伊兵衛賞、81年に第23回毎日芸術賞を受賞している。美術館での大規模な回顧展が既に開催されていても全くおかしくない存在といえるだろう。今回の東京都写真美術館では、“ニンゲンは、犬に食われるほど自由だ、1973”を含む、「メメント・モリ」からの12点の展示。そして2022年9月10日からは北九州市立美術館で「祈りの軌跡 藤原新也展」が開催、11月には世田谷美術館に巡回する予定だ。80年代に藤原が感じた日本社会の違和感に共感する新しい世代が増加していると解釈したい。一連の美術館での作品展示が多様な価値観を持つ社会が訪れるきっかけになることを願いたい。

現代アメリカ写真の展示にも注目したい。ロバート・フランク(1924-2019)、ダイアン・アーバス(1923-1971)、リー・フリードランダー(1934-)などだ。彼らが表現しているのは、それ以前の雑誌「ライフ」のような、世界を記録するドキュメンタリー、そして「決定的瞬間」重視ではなく、写真家のパーソナルな視点で切り取られた普通の写真だ。そこにはマスコミが吹聴するアメリカンドリームの中に埋没している一般市民の日常生活が切り取られている。それは繁栄の裏にあるアメリカ社会のダークサイドであり、市民が抱くリアルな孤独や狂気なのだ。
ロバート・フランクは5点、ダイアン・アーバスは5点、リー・フリードランダーは6点を展示。
ダイアン・アーバスの“Identical twins, Roselle, N.J. 1966”は、彼女の没後の1972年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開催された回顧展のカタログ「Diane Arbus: An Aperture Monograph」の表紙作品。2018年にクリスティーズNYで開催されたオークションでは、アーバス本人が生前にプリントした極めて貴重な同作が73.2万ドル(@110円/約8052万円)で落札されている。展示作品は、本人によるプリントか、死後に制作されたエステートプリントかは不明だ。

ロバート・フランクの代表作“Trolley-New orleans, 1955”にも注目したい。本作は、1950年代のニューオーリンズに残るアメリカの人種隔離を提示した象徴的イメージ。フランクは、長期にわたる全米旅行で、大勢の人々が歩道に群がる賑やかなニューオーリンズのカナル・ストリートで通り過ぎるトローリーを撮影する。それは路面電車の乗客を囲むように窓が並んでいて、前方に白人、後方に黒人が乗っているイメージ。フランクは、ワークシャツを着た疲れた様子の黒人男性や、彼の目の前に座っている人種ごとに区分エリアを示す木製看板に手をかけている若い白人女性など、長方形の窓越しから外を見つめる個々の表情を捉えたのだ。1958年、フランクは「これらの写真で、私はアメリカの人々の断面を見せようと試みました。私が心がけたのは、それをシンプルに混乱なく表現することでした」と書いている。ニューオーリンズの路面電車とバスでは、1958年の裁判所の命令で人種差別撤廃が行われた。しかし1959年にアメリカで出版された写真集「The Americans」では、まだ差別が残っている事実を意識して、表紙にはあえて本作が採用している。アメリカにおける人種的正義のための継続的な戦いでは、本作のような写真の力が極めて重要な役割を果たしてきたのだ。
ちなみに、本作のヴィンテージ・プリントは、2021年4月フィリップスNYのオークションに出品されている。落札予想価格15万~25万ドルのところ40.32万ドル(@110円/約4435万円)で落札された。今回の展示作品のプリント年は不明。

そしてニューカラーの先駆者ウィリアム・エグルストン(1939-)の作品も必見だろう。エグルストン作品は米国南部の色彩豊かな情景をカラーとシャープ・フォーカスで表現しているのが特徴。画家エドワード・ホッパーの描いた風景画や、スーパー・リアリズムの絵画作品と対比して語られることも多い20世紀を代表する人気写真家。70年代のファインアート写真はモノクロが主流でカラーは広告分野での利用が中心だった。エグルストンは大判カメラと染料を転写してカラー画像を作り出すダイ・トランスファーという手法を使用して、レンズは絞りこんで、当時に流行していたスーパー・リアリズム絵画のようなカラー作品を制作した。1976年にニューヨーク近代美術館で開催された展覧会で華々しくデビューする。写真史では、同展が本格的カラー写真時代の到来のきっかけだとしている。エグルストンが好んで撮影したのは、出身地であるアメリカ南部の色彩豊かな何気ない日常生活や風景などだった。それはアメリカ人が無意識に持っているアメリカ原風景と重なるのだ。カラーを取り入れたことで、モノクロでは難しかった被写体表面の質感や色彩のコントラストの表現を可能にした。
本展では、高価なダイ・トランスファー・プリントによる6点を展示している。

同展では、ハンス・ホルバイン(子)、マリオ・ジャコメッリ、ロバート・キャパ、澤田教一、セバスチャン・サルガド、ウォーカー・エヴァンズ、W. ユージン・スミス、牛腸茂雄、荒木経惟、ウジェーヌ・アジェ、ヨゼフ・スデック、小島一郎、東松照明など、19世紀から現代を代表する写真約150点を4つのセクションで展示している。これだけの優れた多分野に渡る歴史的写真作品が一度に鑑賞できる機会は世界的にも珍しい。私はニューヨークで大手業者により開催される「Photographs」オークションに先立ち行われる、出品作品すべてを紹介する作品プレビュー会場のシーンを思い出した。ファインアート写真のコレクションに興味ある人、アーティストを目指す人、アマチュア写真家には必見の展覧会だ。

開催情報
TOPコレクション メメント・モリと写真 -死は何を照らし出すのか-
東京都写真美術館(恵比寿)
6月17日(金)~9月25日(日)
http://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4278.html