2022年秋ニューヨーク写真オークションレビュー
外部環境悪化により市況が悪化

まず現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。
春以降、各国のインフレの勢いは全く衰えていない。ロシアのウクライナ侵攻でガスや食料品価格が高騰し、コロナ禍によるサプライチェーンの目詰まりも長期化した。米英では40年ぶり、ドイツでは70年ぶりのインフレの勢いだと報道されている。日本以外の、各国中央銀行は夏場にかけて一段と金融引き締めを行っている。さらに米国では11月にさらに0.75%の大幅利上げが行われるという警戒感が強まっている。9月末には米国の10年債利回りは12年ぶりに4%を超えた。値動きを示す10年の移動平均チャートでは、1980年代以降続いてきた金利低下の大きなトレンドがついに反転したと言われている。金利の急上昇は将来の景気後退につながるとの思惑から株安も進んだ。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、30,000ドルを割り込み、9月末には一時28,000ドル台まで下落、ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したものの、9月末には10,576ドルまで下落している。
また一時期ブームになって高額なデジタルアートも登場したNFT市場も取引量が急減。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。
金融市場の動向はアート・オークションの参加者に心理的な影響を与える。いまかなり厳しい状況が続いているといえるだろう。

2022年秋の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は10月上旬から10月中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによる合計5件が開催された。
クリスティーズは、10月1日に複数委託者による
“Photographs(Online)”を、サザビーズは、昨秋同様に10月7日に“Classic Photographs(Online)”と、“Contemporary Photographs(Online)”を開催した。フィリップスは、10月12日に複数委託者による“Photographs”、10月3~13日に“Drothea Lange:The Family collection(Online)”を開催している。
オークションハウスは新型コロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などの対応を行ってきた。今秋はほぼ通常通りの開催モードに戻った印象だ。

さてオークション結果だが、3社合計で683点が出品され、440点が落札。全体の落札率は約64.4%に悪化している。ちなみに2021年秋は出品922点で落札率70.9%%、2022年春は702点で落札率70.4%。総売り上げは、約1050万ドル(約15.25億円)で、今春の約978万ドルより微増。ただし昨秋の約1484万ドルから大きく減少している。落札作品1点の平均金額は約23,876ドルで、今春の約19,810ドルより上昇している。今春と比べると落札率が悪化する中で、総売り上げが増加したのはこれが理由だ。
業者別では、売り上げ1位は約484万ドルのフィリップス(落札率69%)、2位は約312万ドルでクリスティーズ(落札率64%)、3位は253万ドルでサザビース(落札率55%)だった。これは今春と同じ順位で、売り上げと落札率でサザビーズが苦戦している。

今シーズンの高額落札は、市場での資産価値が確かな20世紀の代表作家の貴重なクラシック作品が多くを占めていた。
最高額は、クリスティーズ“Photographs(Online)”に出品されたマン・レイによる「Lee Miller, c1930」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ37.8万ドル(約5481万円)で落札されている。

Christie’s NY, Man Ray “Lee Miller, c1930″ 

2位は、クリスティーズ“Photographs(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツによるプラチナプリント「From the Back Window-‘291’,1915」落札予想価格30万~50万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札された。

Christie’s NY, Alfred Stieglitz, “From the Back Window – ‘291’, 1915”

同額で2位は、サザビーズ“Classic Photographs(Online)”の、アンセル・アダムスの代表作「The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977」。落札予想価格15万~25万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札されている。

Sotheby’s NY, Ansel Adams “The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977”

4位はサザビーズ“Contemporary Photographs(Online)”のウォルフガング・ティルマンズの抽象作品「Freischwimmer 117,2007」。228×170.2cmの大判サイズ、エディション1、AP1の作品。落札予想価格15万~25万ドルのところ20.16万ドル(約2923万円)で落札されている。ニューヨーク近代美術館で行われている“Wolfgang Tillmans To look without fear”展の影響もあるだろう。

Sotheby’s NY, Wolfgang Tillmans, “Freischwimmer 117, 2007”

年間ベースでドルの売上を見比べると、現在の市場の状況が良く分かる。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つコレクターは売却を先延ばしにする傾向がある。つまり高く売れない可能性が高いと無理をしないのだ。結果的に全体の売上高が伸び悩む傾向になる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)で、新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでしまった。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。

年間の落札率も2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。コレクターは売買に慎重姿勢であることが良く分かる。今秋は、私が専門としているファッション写真分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。
相場の調整期は通常は良い作品が割安に購入できるチャンスになる。しかし日本のコレクターは、約1ドル/150円が近い為替レートと、作品の運送コストの高止まりが続く中では積極的には動きにくいだろう。
来年の春には、ウクライナ戦争の停戦合意や、インフレ見通しの改善など、市場環境の改善を期待したい。

(1ドル/145円で換算)

ブリッツ今秋の予定!
フォトフェア参加/ワイフェンバック展開催

〇日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022に参加

Norman Parkinson

ブリッツは、10月7日から10日にかけて開催される「日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022」に参加する。展示予定作品が揃ってきたのでお伝えしよう。

展示は、「ファッション写真のセレクション」と、取り扱い作家の、鋤田正義、テリ・ワイフェンバック、マイケル・ドウェックの作品展示となる。

ファッションでは、ジャンルー・シーフ、ノーマン・パーキンソン、ホルスト、フランク・ホーヴァット、デボラ・ターバヴィル、ピーター・リンドバーク、ハーマン・レナードなどを展示する。今回はすべてモノクロの銀塩写真の作品となった。非常に美しいプリントのクオリティーをぜひご堪能いただきたい。

Deborah Turbeville

鋤田正義は約30年以上前に本人により手焼きされた1点ものの貴重なヴィンテージ作品の展示となる。デヴィッド・ボウイ、マーク・ボランなどの作品が含まれる。その他、彼の代表作や、昨年に出版された「SUKITA:ETERNITY」の特装版に付属する3種類のプリントの現物を紹介する。写真のコレクションを始めたいと考えている人の最初の1枚には最適の、極めてお買い得のオリジナルプリントだ。昨今の円安で、海外作品の輸入価格は軒並み急上昇している。鋤田作品は、主要な販売市場は欧米となるが、今回の特装版は円貨で販売価格が決められている。もしプリントの絵柄が好きならば、絶対に狙い目だといえるだろう。

テリ・ワイフェンバックは、彼女の近年の代表シリーズの「Between Maple and Chestnut」、「The May Sun」、「Des oiseaux」、「Saitama Notes 」、「Cloud Physics」からのセレクションとなる。

ⓒTerri Weifenbach

マイケル・ドウェックは、「The End : Montauk NY」からの作品を持っていくつもりだ。

フォトフェア開催中は、私はだいたい会場にいる予定だ。
いままでのコロナ禍の2年間では、ワークショップやセミナーが開催できなかった。今回のフェアでは、可能な限りコレクションに興味ある人に対応したい。「ファインアート写真の見方」に関する質問も大歓迎だ。会場で見かけたら遠慮なく声をかけてください!

日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022開催概要
■会 場: 日比谷OKUROJI G-13, G-14, G-15, H03近辺
東京都千代田区内幸町1-7-1
■会 期: 2022年10月7日(金)~ 2022年10月10日(月・祝)
10/7(金) 14:00〜18:00プレビュー 18:00〜20:00オープニング
10/8(土) 12:00〜19:00フェア開催
10/9(日) 12:00〜19:00フェア開催
10/10(月・祝) 12:00〜18:00フェア開催 
■入場料: 無料
公式サイト


〇テリ・ワイフェンバック「Saitama Notes」展開催

ⓒ Terri Weifenbach

ブリッツは、テリ・ワイフェンバックの写真展「Saitama Notes」を10月14日から開催する。ワイフェンバックは、2020年にさいたま市で開催された「さいたま国際芸術祭2020」に参加。総合ディレクターの映画監督の遠山昇司氏が芸術祭のテーマに選んだのは「花 / Flower」。遠山監督は2017年にIZU PHOTO MUSEUMで開催された「The May Sun」などを見て、ワイフェンバックの世界観に共感していた。招待作家として彼女に白羽の矢が立ったのだ。彼女は2019年春、ちょうど桜開花時期の前後にさいたま市を訪れ撮影を集中的に行った。
しかし2020年春に予定されていた芸術祭は新型コロナウイルスの感染拡大により開催が延期され、写真作品は2020年11月にメイン会場の旧大宮区役所で短い期間だけ展示された。コロナ禍の中、残念ながら多くの人は会場に足を運ぶことができなかった。
本展は、同作を改めて本格的に紹介する写真展。パート1では「Flowers & Trees」を、そしてパート2 では、桜の開花時期に合わせて「Cherry Blossoms」を開催する。

ワイフェンバックは2002年にイタリア北部の南チロル地方の自治体のラーナ(Lana)で撮影を行い、美しい写真集「Lana」(Nazraeli Press)を制作している。今回は撮影場所をさいたま市に移して、全く同様のスタイルと、被写体へのアプローチで同市内の各地を撮影した。タイトルの撮影地情報がなければ、見る側はイタリアやフランスのネイチャー・シーンだと勘違いするのではないだろうか。さいたま市の撮影場所は、市民の森・見沼グリーンセンター、深井家長屋門、氷川女體神社、井沼方公園、見沼通船堀、見沼代用水東縁、見沼代用水西縁、見沼氷川公園、見沼自然公園、見沼臨時グラウンド、武蔵第六天神社、尾島農園、さぎ山記念公園 青少年野外活動センター、芝川第一調節池、田島ケ原サクラソウ自生地など。今回の写真展をきっかけに、美しい自然を持つさいたま市が間違いなく再発見され、これらの地はワイフェンバックが撮影した聖地となり、自然を被写体にするアマチュア写真家が巡礼する場所になるかもしれない。本展では、「Saitama Notes」シリーズから、デジタル・アーカイヴァル・プリント作品による大小様々なサイズの約37点が2回のパートで展示される。一部の主要作品は2会期にわたって重複展示される。
会場では彼女が美術館の依頼でフランス・ジベルニーの庭の花や草木を撮影した最新写真集”GIVERNY, A YEAR AT THE GARDEN”(ATELER EXB,2022年刊)も販売予定。

「Saitama Notes」テリ・ワイフェンバック 写真展

Part 1「Flowers & Trees」
2022年 10月14日(金)~ 12月25日(日)

Part 2「Cherry Blossoms」
2023年 1月14日(土)~ 4月2日(日)

1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
Blitz Gallery

以上、たくさんの方のご来場をお待ちしています!