定型ファインアート写真の可能性
Zen Space Photographyの提案
第4回

私は定型ファインアート写真への取り組みは、自分探しに展開する可能性があると考えている。若いときは多くの人は自分を発見するために、思いつく範囲内で様々な行動に取り組んで経験してみる。例えば自分好みの音楽を求めて、多くのジャンルやミュージシャンの曲を聞いてみた経験は誰でも少なからずあるだろう。人によってそれは読書だったり、映画だったかもしれない。
しかし自分の個性で求めていたと感じたものは、案外人気ランキング上位で多くの人の好んでいる表現だったりする。
社会にでると、学生時代には知らなかった多種多様な価値観が存在することを知り、多くの人は迷路に迷い込む。選択肢の多さのなかで、自分自身がどのような個性をもった人間かわからずに、外界から浴びせられる様々な刺激に翻弄される。多くの人は社会で一般的に共有されている、会社での尊敬/評価や、お金持ちになるなどの私的幻想を作り上げ、社会の中で他人との共同化の競争を行う。
しかしこれが自分だと思ったものは、おおむね社会や組織での役割や関係性の中でしか存在しない。私たちが頭のなかで作り上げられた思い込みにすぎないのだ。それらが思い通りになるかどうかは偶然性が大きく左右しており、個人の努力では変えられない場合も多い。現代人の悩みや生きにくさは、この思い込みへの過度のこだわりから生じる。
ここまでは前回の主張を違う視点から繰り返して述べた。

ⓒ Shinichi Maruyama

さて私が提案している定型のファインアート写真のZen Space Photographyは実践自体を通して、思い込みにとらわれない生き方を提供してくれかもしれないのだ。まず頭に浮かんでくる思考/邪念を消しさり、無心状態で自然や世界と対峙して、心が動いて「はっ、ドキッ」とする瞬間を見つけようとする。この一連の行為は自分を発見する入り口になる可能性があるかもしれない。
まず最初のステップは、自分は何が得意で苦手で、どんな個性や興味を持つ人間かを知ることになる。表現や創作は自分がどのような意思を持った人間かを発見する行為。その中で写真が最も手軽に実践できる技術なのだ。言い方を変えると、ここで提案しているのは、定型ファインアート写真の制作を通して、思い込みにとらわれずに、自分発見に取り組み、その先に自分探しを行うことなのだ。

写真で作品制作といっても、どのような考えをもって、何を撮ってよいかわからない人が多いだろう。しかし、ここでは作品テーマやアイデアなどの枠が用意されているので、写真を撮る人はそれに従って創作に集中すればよい。写真では、撮影場所やカメラの選択など、自分一人で様々な判断を下す必要がある。そして現場では、カメラをどの方向に向けるか、なにを被写体に選び、どこでシャッターを押すかを決断する。これらの撮影プロセスにはすべて自分の意思が反映される。いまのデジタル写真時代では撮影後の編集作業も含まれる。また過去に撮影した写真を見直す一連の作業の中にも自分の意思が反映されるだろう。
ここで極めて重要なのは、アマチュア写真家のように、人にほめてもらう、承認欲求を満たすための写真でない点。それだと、自分の思い込みを他人に証明するような、また社会/組織の中での役割や関係性に依存する写真表現になってしまう。他人指向ではなく、自らを探求して作品の制作意図を再確認する自分志向の行為に意味があるのだ。

定型ファインアート写真を通して意識的に世界と対峙し、自分自身の特徴が把握できるようになれば、その先に思い込みにとらわれない、やりたいことや夢が見えてくるかもしれない。写真を通しての自分発見の行為はライフワークだと考えて取り組めばよい。もし写真を通じて社会に対して意識的になれるのなら、それはそれで充実した生き方ではないだろうか。

実のところ思い込みから自由になれば、案外自分の夢やその実現などにこだわらなくなり、肩の力が抜けた素直な写真が撮れるのだ。私はいつもそのような写真家と作品との出会いを待ちわびている。


ⓒ Shinichi Maruyama

実は次回展で約10年ぶりに紹介する丸山晋一の一連の写真作品は、無心状態で自然や世界と対峙して、心が動いて「はっ、ドキッ」とする瞬間を見つけようとする写真作品だ。継続した作品制作自体が作品テーマに展開している実例になっている。5月11日から「Shinichi Maruyama Photographs:2006-2021」を開催する予定だ。興味ある人は写真展のプレスリリースを参考にしてほしい。

定型ファインアート写真の可能性
Zen Space Photographyの提案
第3回

定型ファインアート写真について、今までその概要を披露してきた。おかげさまで、ギャラリー店頭でいろいろな感想や質問をもらっている。どうも方法論に多くの人の関心が集まっているという印象を持った。
私が最も伝えたいのは、写真を撮影する行為、つまり表現による自分探しの可能性なのだ。少しばかり小難しい話になるが、今回はこの点を説明したい。

人間は社会生活を送る中で、自分自身が成長し、表現することに喜びや幸福感を感じる。将来の夢を実現したいと考えるのだ。これは米国の心理学者アブラハム・マズローの提唱する「欲求5段階説」による。心理学を学んでなくても、最近はビジネス書でもよく引用されるので聞き覚えのある人も多いだろう。
マズローは人間の欲求には階層あり、それは生理的欲求、安全欲求、所属と愛情欲求、承認欲求、自己実現欲求の5段階に分かれていると提唱した。つまり社会が豊かになって、生存にかかわる低次の欲求が満たされるとより高次のものを求めるようになる。このうち最も高度で、同時に最も人間的な欲求が自己実現なのだ。これは説得力のあるわかりやすい理論なのだが、もちろん実際面では様々な批判も存在している。ここではとりあえずマズローの考えを参考にして私の考えを進めていく。

自己実現の前に、まず自分の内面の欲求である、将来の夢や理想の自分像が何かを見つけなければならない。何を社会で実現するかを知ることだ。
子供の時は社会にいろいろな職業が存在する事実は知っているが、スポーツや自分が実際に接したもの以外はその仕事内容は知る由もない。日本FP協会が2021年に実施した作文コンクールで、小学生が「将来なりたい職業」は、男子の1位は「サッカー選手・監督」、2位は「野球選手・監督」、女子の 1 位は「医師」で、2位は「看護師」だったという。また、「ユーチューバー」が初めて男子のトップ5入りを果たして話題になった。しかし、大人になってプロのスポーツ選手のように子供時代でも知っているような仕事に就くことは非常に困難だろう。一芸に秀でた才能がないほとんどの人は、受験や就職を通して自分探しを行い、その延長線上に自己実現をめざすことになる。
学生から社会人になってからの若者期(18~29歳)には、学生時代のクラブ活動、アルバイト、趣味、社会人になってからの新入社員時代に与えられた仕事を通していろいろな経験を積み、自分の得意分野や適職の候補が探すことになる。
具体的な自分探しはこのように始まり、しだいに自分にどのような可能性があるかを意識するようになる。これは最初のうちは私的な幻想であり、自分探しとはこれを社会で疑似現実化しようと悪戦苦闘する行為なのだ。しかし実際は、ごく一部の人だけが会社で立身出世し、転職や起業で成功する。
若いうちは誰にも可能性があると妄信するのだが、年齢を重ねると可能性がなくなっていく事実を意識するようになる。残念ながら多くの人は、自分探しがうまくいかず、何で自己実現してよいかがわからないのだ。色々なことに挑戦する中で、自己喪失状態に陥ってしまう。そして自分らしさや個性がわからないまま、ほろ苦さをかみしめながら日々の生活を送り、定年を迎え、年老いていくのだ。社会生活で実際に自己実現している人は本当に数少ないのだと思う。

前振りが少し長くなったが、だから写真を通しての自分探しのための表現の可能性を提案したい。

以下、次回第4回に続く。

サザビーズ・ニューヨークで開催
ロバート・フランク写真の単独セール

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

2023年のファインアート写真のオークションがいよいよスタートした。
2月22日、サザビーズ・ニューヨークで20世紀写真を代表するスイス人写真家ロバート・フランク(1924-2019)の主要作品109点のセールが行われた。「オン・ザ・ロード(On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn)」と命名された同セールは、世界で最も大規模なロバート・フランク作品の個人コレクションのアーサー・ペン(Arthur S. Penn)コレクションからの出品。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

20世紀を代表する写真作品として知られる“Hoboken N. J.’ (Parade),1955”や、「The Americans」などの主要写真集に収録されている作品、コニーアイランド、ロンドンのビジネスマン、ウェールズの鉱夫のシリーズ、1950年代後半の映画的な「From the Bus」シリーズからの印象的な写真、そして家族の肖像写真まで、ロバート・フランクの輝かしい写真家キャリアを網羅する出品内容になっている。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

しかし今回のオークション、ロバート・フランクの質の高い作品が多い単独セールだったが、かなり厳しい落札結果だった。
109点のうち落札は53点で、落札率は50%割れの約48.6%。総売り上げは991,235ドル(約1.28億円)だった。最高額の落札が期待された注目作の“Hoboken N. J.’ (Parade), 1955”。1978年までにプリントされた20.6X31.1cmサイズ作品で、落札予想価格12万~15万ドルの評価だったが不落札だった。
1万ドル以下の低価格帯の落札率は60%台だったものの、1万~5万ドルの中間価格帯、5万ドル以上の高額価格帯の落札率が約50%程度と不調が目立った。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

最高額落札は2作品が同額の63,500ドル(約825万円)で並んだ。
“From the Bus NYC’ (Woman and Man on the Sidewalk), 1958”は、落札予想価格6万~9万ドル、もう一点の“Chicago (Car), 1956”は、落札予想価格4万~6万ドル。2点とも50年代から60年代にプリントされたヴィンテージ・プリントの可能性の高い作品だった。今回のサザビーズの企画は、市場の閑散期の活性化を狙った珠玉のロバート・フランク・コレクションの単独オークションだった。しかし開催時期がちょうど経済状況の先行きの不透明が強まったに時期と重なり、不運だったといえるだろう。

金融市場では、2月発表の米国の経済指標が予想よりもよく金利が上昇した。景気後退入りリスクが高まっているにもかかわらず、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが当初の予想以上に長引くとの観測からNYダウの株価も1月来の安値になっていた。このような金融市場の先行き不透明感がコレクターのセンチメントに悪影響を与えた可能性が高いだろう。特に貴重な代表作品のヴィンテージ・プリントでない限り、いくらロバート・フランク作品でも無理に急いでいま購入する必要はないという姿勢の表れだと思われる。4月になると定例のニューヨークでのPhotographsオークションが開催される。金融市場の状況をもう少し見極めたうえで判断するという、様子見を決め込んだコレクターが多かったのだ。

私は市場心理に悪い影響を与えたのは将来的な景気の後退予想だと考えている。景気が悪くなると、特に高額価格帯の作品の相場が悪化する傾向が強い。コレクターにとっては、今より安く購入できる可能性が将来的に訪れることを意味する。長期的な景気後退シナリオは、4月の定例オークションにも影響を与える可能性があるだろう。これからの各価格帯の相場動向を注視していきたい。

春の大手業者のニューヨークの「Photographs」オークションは、フィリップスが4月4日、サザビーズが3月29日~4月5日、クリスティーズ(Online)が3月31日~4月13日に予定されている。

(為替レート/1ドル130円で換算)