定型ファインアート写真について、今までその概要を披露してきた。おかげさまで、ギャラリー店頭でいろいろな感想や質問をもらっている。どうも方法論に多くの人の関心が集まっているという印象を持った。
私が最も伝えたいのは、写真を撮影する行為、つまり表現による自分探しの可能性なのだ。少しばかり小難しい話になるが、今回はこの点を説明したい。
人間は社会生活を送る中で、自分自身が成長し、表現することに喜びや幸福感を感じる。将来の夢を実現したいと考えるのだ。これは米国の心理学者アブラハム・マズローの提唱する「欲求5段階説」による。心理学を学んでなくても、最近はビジネス書でもよく引用されるので聞き覚えのある人も多いだろう。
マズローは人間の欲求には階層あり、それは生理的欲求、安全欲求、所属と愛情欲求、承認欲求、自己実現欲求の5段階に分かれていると提唱した。つまり社会が豊かになって、生存にかかわる低次の欲求が満たされるとより高次のものを求めるようになる。このうち最も高度で、同時に最も人間的な欲求が自己実現なのだ。これは説得力のあるわかりやすい理論なのだが、もちろん実際面では様々な批判も存在している。ここではとりあえずマズローの考えを参考にして私の考えを進めていく。
自己実現の前に、まず自分の内面の欲求である、将来の夢や理想の自分像が何かを見つけなければならない。何を社会で実現するかを知ることだ。
子供の時は社会にいろいろな職業が存在する事実は知っているが、スポーツや自分が実際に接したもの以外はその仕事内容は知る由もない。日本FP協会が2021年に実施した作文コンクールで、小学生が「将来なりたい職業」は、男子の1位は「サッカー選手・監督」、2位は「野球選手・監督」、女子の 1 位は「医師」で、2位は「看護師」だったという。また、「ユーチューバー」が初めて男子のトップ5入りを果たして話題になった。しかし、大人になってプロのスポーツ選手のように子供時代でも知っているような仕事に就くことは非常に困難だろう。一芸に秀でた才能がないほとんどの人は、受験や就職を通して自分探しを行い、その延長線上に自己実現をめざすことになる。
学生から社会人になってからの若者期(18~29歳)には、学生時代のクラブ活動、アルバイト、趣味、社会人になってからの新入社員時代に与えられた仕事を通していろいろな経験を積み、自分の得意分野や適職の候補が探すことになる。
具体的な自分探しはこのように始まり、しだいに自分にどのような可能性があるかを意識するようになる。これは最初のうちは私的な幻想であり、自分探しとはこれを社会で疑似現実化しようと悪戦苦闘する行為なのだ。しかし実際は、ごく一部の人だけが会社で立身出世し、転職や起業で成功する。
若いうちは誰にも可能性があると妄信するのだが、年齢を重ねると可能性がなくなっていく事実を意識するようになる。残念ながら多くの人は、自分探しがうまくいかず、何で自己実現してよいかがわからないのだ。色々なことに挑戦する中で、自己喪失状態に陥ってしまう。そして自分らしさや個性がわからないまま、ほろ苦さをかみしめながら日々の生活を送り、定年を迎え、年老いていくのだ。社会生活で実際に自己実現している人は本当に数少ないのだと思う。
前振りが少し長くなったが、だから写真を通しての自分探しのための表現の可能性を提案したい。
以下、次回第4回に続く。