静謐でミステリアスな風景
百瀬俊哉「Silent -scape」展

ブリッツ・ギャラリーは、5月16日(金)から、写真家 百瀬俊哉(1968-)の「Silent-scape(静寂の風景)」展を開催する。当ギャラリーでは、2013年に開催した「Silent Cityscapes」以来の個展で、本展はその続編となる。百瀬は東京都出身、九州産業大学大学院芸術研究科修了。90年代より世界の都市風景を撮影し、写真展や写真集で作品を発表している。作品は、清里フォトアートミュージアム、東京都写真美術館、九州産業大学美術館で収蔵。現在、九州産業大学芸術学部教授を務めている。

百瀬は、7月にソニーイメージングギャラリーで最新シリーズ「地の理 (Chinokotowari) セレニッシマ/ヴェネチア」の個展を開催する。ブリッツの展示は、彼の過去約14年の作品を振り返ることで、ヴェネチアの最新作へと展開していった創作の経緯を紹介する意味合いを持つ。また本展は、前回の写真展後に亡くなった、百瀬の写真集を数多く手がけた窓社の名編集者の西山俊一氏を追悼する写真展でもある。

百瀬の風景写真は、ただ感覚的に優雅で美しいシーンを探して撮影しているのではない。彼には、いま宇宙、自然界、また都市のストリートのどこかで、誰も気付かない見たことがない、心が「はっ、ドキッ」とする、美しく整っている奇跡的な瞬間が出現しているはずだという認識がある。「Silent-scape」シリーズは、そのような日常に出現した宇宙の神秘的シーンを発見し、その瞬間を撮影して集める行為なのだ。撮影時に、彼は自分をニュートラルな心理状態にして、一般的な良い写真を求めるエゴから自由になろうとする。あえて外国に行くのは、自分が生まれ育った日本だと、無意識のうちに様々な歴史文化や社会的な価値観の影響を受けてしまうから。彼は意識的に先入観が全くない外国の環境に身を置いて創作しているのだ。

そして撮影地に着いたら、市内地図を買って、撮影用の4×5インチサイズの大判カメラを持って、全ての通りをひたすら歩き観察を続ける。それは1日8時間にもおよぶこともあるそうだ。外国での撮影なので、時差と疲労により途中で睡魔が襲うこともあるだろう。このように自らを極限に近い状態に追い込んでの撮影では、湧き上がってくる様々な雑念やエゴは完全に消え去っている。撮影セッションは座禅や瞑想も近いような行為で、彼は宇宙もしくは自然のリズムと一体化し、過去にも未来にも囚われずに真に今という時間を生きて、心が「はっ、ドキッ」とする奇跡的な瞬間の訪れを待つのだ。

いま写真は広い意味で現代アートのひとつの表現法になっている。写真家は作品制作した理由をオーディエンスに説明する責任を負う。しかし自然や都市を撮影した写真はアート作品としてのテーマ性を提示するのが非常に難しいカテゴリーだと言われている。今回の百瀬の「Silent-scape」シリーズでは、地球環境問題が意識されている。21世紀のいま、化石燃料を消費して経済成長を続けていく近代の経済モデルは、それが原因で急激な気候変動や環境破壊を世界的に引き起こし、誰もが持続不可能だと感じている。彼は頭で思考するのではなく、自分の内面に向かい心で世界と対峙してこの問題に取り組んでいる。彼は心を落ち着かせて日常にある宇宙の神秘を世界中で探し求める。そして、まばゆい色彩の一種ミステリアスな静謐な風景を通して、逆説的にそのような美しいシーンが地球環境の変化により失われつつある事実を私たちに訴えている。いま地球温暖化によりツバルやベニスの海面水位が上昇しているとマスコミで盛んに報道されている。百瀬のこの地で撮影された風景写真を見て、それらの美しい地が水没の危機に瀕しているという事実に多くの人は気づくのではないだろうか。

また私たちは本作をきっかけにして、広大な宇宙に思いをはせることができるだろう。普段は忘れている宇宙の中の小さな自分の存在に気付かされ、忙しい日常生活を送るなかで、思い込みにとらわれている自分を客観視できるのだ。「Silent-scape」シリーズは、旅立ちから撮影までの一連の創作行為自体が作品の一部になっている。一見すると外国の美しい都市や風景の写真に見えるが、その背景には私たち人間が宇宙/自然の一部であることをもっと意識して行動しようという深淵な現代社会へのメッセージが込められているのだ。

本展では、2011~2024年までにノルウェー、アルゼンティン、エジプト・カイロ、ツバル、ウズベキスタン、イタリア・ベニスで撮影された作品が初公開される。全作品が本人制作によるピグメント・インクジェット・プリントで、漆喰のシート化技術を応用して開発された表現力豊かなフレスコジグレー・ペーパー(Fresco Giclee paper)が使用されている。

ぜひ世界中で撮影された、百瀬俊哉の心洗われる、ミステリアスで静謐な写真世界を堪能して欲しい。

百瀬俊哉 写真展「Silent-scape 静寂の風景」
2025年5月16日(金)~7月6日(日)

公式サイトでは展示作品画像などを公開中